第7話 倉持結依
とある女子生徒視点です。
私は教室で友達と喋っていて、気付いたら草むらで寝転がっていた。
周りの喧騒が聞こえてきて、ゆっくり上体を起こした私の目に飛び込んできたのは、学校の教室とはかけはなれた大きい庭のような場所だった。
そこには、先生や生徒たちが戸惑った様子で話し合っていた。
現状が理解できないが、私は数秒前まで喋っていた友達の理沙を探した。
歩きながらキョロキョロ探すも、理沙は見つからない。
そして一通り探し回って、学校の全員がいるわけでもないことに気付いた。
「理沙?いないの?私まだ、友達理沙しかいないのに……」
そう呟いて途方に暮れていると、背後から話しかけてくれた人がいた。
「倉持さん、だよね?よかった、知ってる人がいて」
それは、同じクラスの宮越香凛という女子生徒だった。
まだ入学して数日しか経っていないけど、この子のことはよく覚えていた。
なんせ、お人形さんのように凄く可愛い顔をしていて、友達も既にたくさんいたから。
内気な私とは全然違って、羨ましいと感じたことを覚えてる。
でも、宮越さんの方が私のことを知っていてくれたのには驚いた。
「……宮越さん。どうして私のことを?」
そう尋ねてみると、宮越さんは少し驚いた表情を見せてから、ニッコリ笑って言った。
「そりゃあ、知ってるよ。倉持さん、可愛いし」
「か、可愛い?そ、そんなことないよ」
「謙遜しなくていいよー。結構倉持さんのこと狙ってる男子多いみたいだったし」
「え、う、嘘だよ。あまりからかわないで」
私が可愛い?
そんなこと家族以外で言われたのは初めてだった。
中学からの付き合いの理沙にも言われたことはなかった。
だから、友達構築の為の社交辞令みたいなものだと自分を納得させた。
内心、凄く嬉しかったのは間違いなかった。
「ふ~ん。まぁいいけどね。ねぇ、倉持さん。突然だけど、下の名前で呼んでもいい?私のことも香凛って呼んでいいよ」
「えっ!?それって……」
「さっきざっと見たんだけど、私たちのクラスの女子、私と倉持さんだけみたいなんだよね。まぁ、これはあんまり理由にならないかもだけどさ、友達にならない?」
「ぜひ!よろしくお願いします、えっと、香凛、さん」
「ふふ。香凛でいいよ。よろしくね、結依」
私は、みやこ……香凛の友達の誘いに即答していた。
これで、二人目の友達ができた。
高校入ってからでは、初めての友達が。
それで、内心舞い上がっていたのかもしれない。
以前、理沙からチラッと聞いていた香凛の噂についてはすっかり頭から抜けていた。
そしてそれを思い出すのは、4日後のことだった。
▲▼▲▼▲▼▲
この世界"アフィラス"へ来てから早4日。
私たち全員の前で、国王さんが魔王軍を滅ぼす手伝いをしてくれと言ってから、今日までずっと訓練漬けの日々を送っている。
訓練が完了するまで録に外には出してもらえず、一緒に転移したスマホも当然ネットや電話は使えない。
生徒たちが、徐々に苛立ちを募らせていくことは必然だった。
「あーくっそっ!いつまで続くんだよ、これ!もう魔王軍だって倒せんだろ!」
「そうだな。俺たちは強くなった。さっさと魔王を倒して元の世界へ帰りたいってのに、まだ許可が降りねぇしな」
「そもそもあのじじいが言ったことは本当なのかよ。本当は帰る方法なんてないのにあるっつってんじゃねぇのか?」
今日の訓練を終えた夜。食堂でイラついた様子の先輩たち。
その中心にいるのが、3年の影山陸先輩。
"女神の庭"で亡くなった人の親友だったと、香凛が教えてくれた。
傍で彼らの会話を聞いていたひとりの騎士が、おもむろに剣を抜いてその切っ先を向けた。
「私の前で国王陛下をじじい呼ばわりとは、死ぬ覚悟はできてるんだろうな?」
さっきまでガヤガヤ騒がしかった食堂が静まり返る。
皆の視線は、剣を抜いた騎士とひとりの生徒へ向けられ、一気に緊張感が増していた。
「フッ、騎士さんよぉ。異界人である俺にこんなことしていいのか?貴重な戦力を無闇に奪ったと、あんたが罰せられるぞ?」
影山先輩がそう言った次の瞬間、素早く騎士の背後に回った。
その動きを見て騎士も当然反応する。
しかし、体はそのままで困惑の表情を見せた。
「くっ、剣が……動かないっ」
「ハッハ、おいおい。俺たちの教育を受け持ってる騎士が、固有能力も把握してねぇのか?」
剣から手を離した騎士が、後ろを向くより一瞬早く、影山先輩の拳が騎士の背中を打った。
──ゴッ!!
鈍い音がして、机を破壊しながら吹き飛んでいく騎士。
それを見て、影山先輩はスッキリしたように頷いた。
「あーちょっとスッキリしたわ。これでもまだ訓練が必要って言うんかね?」
そこには、不思議なことに剣が空中を浮いて静止していた。
その後に騒ぎを聞きつけて、騎士が数名やってきた。
騎士たちは、倒れている騎士を担ぐと、影山先輩たちに恨みがましい視線を向けつつ、食堂を後にした。
担がれて運ばれていく騎士の背中には、めり込んだと思われる拳の形で鎧が凹んでいた。
▲▼▲▼▲▼▲
食堂で一騒動あった後の自室への帰り道、香凛が話があるということで、彼女の部屋へ向かった。
一体どんな話しだろうかと、少し緊張しながらも香凛の部屋に入っていくと──。
「おぉ、きたきた。まってたよー結依ちゃん」
「うおっ、マジで可愛いじゃん。1年にこんな子いたのかよ」
「いいねぇ。唾つけてた女子皆いなくて、ずっと溜まってたんだよ。俺に奉仕してくれや」
3人の飢えた獣がいた。
私はこの現状に一瞬フリーズしてしまった。
香凛の部屋に、年上だと思われる男子生徒がギラギラした怖い目で自分を見ているのだ。
誰でも、怯えて萎縮してしまうであろう。
だが、それがいけなかった。
直ぐに反転し逃げ出して入れば、逃げれたかもしれない。
結依は、あっという間に獣たちに組み敷かれてしまった。
それで我に帰り、抵抗するももう遅い。
ひとりでもキツいのに、3人に押さえられて逃げるなど不可能に近かった。
「おい。本当にヤっちゃっていんだよな?」
「いいですよ。結依の可愛い顔を絶望に塗り替えてあげてください」
そこには、腕を組んで怨みの籠った目で見下ろす香凛がいた。
今の状況では香凛に裏切られたということは、猿でもわかる。
「ど、どうして……」
「どうして!?そんなの、あんたが私より可愛いからに決まってるでしょ?そんなほとんどすっぴんに近い顔で、どうしてそんなにッ!おまけに、自分の容姿に超無頓着!自分の容姿に自信があって偉そうな女もいけ好かないけど、あんたみたいな女が一番むかつくわ!気にしてないみたいな顔してさっ!じゃあ、その顔を私に頂戴よ!いらないならさぁ!」
荒い息遣いで、そう一気に捲し立てる香凛。
少し涙目にもなっている。
その必死さを見ていたら、以前に理沙から聞いた香凛についての噂を思い出した。
それは、自分よりも可愛いと思う女子生徒を罠に嵌めて、転校或いは停学まで追い込んだというものだった。
それを聞いた時は、そんなデマを流されたことに同情していたけど、一気に真実味を帯びていた。
しかし、私の口から出たのは、謝るような言葉だった。
「香凛、ごめんね。気付いてあげれなくて。私は、香凛のこと凄く可愛いと思ってたよ」
私は、こんな目に会わされても、彼女を責めるようなことは言えなかった。
もし気付いていれば、相談してもらえるチャンスはあったから。
上着を強引に脱がされ、シャツも捲り上げられていく。
獣たちの荒い鼻息が結依の恐怖心をさらに煽り、耐えきれずにギュッと目を瞑って、届くことのない心のSOSを放った時だった──。
「はぁ、はぁ、はぁ、はアガッ──」
「ん?どうしウグッ──」
「凄ぇ、すべすべガハッッ!」
───バコンッ!!
2人の獣が呻き声を漏らし、ベッドに伏して。
結依の素肌に触れていた獣は、突然吹っ飛び壁に激突した。
恐る恐る瞼を開けた結依の目には、呆然としている香凛が映っていた。
「い、いったい何が……」
その様子に、一瞬香凛が助けてくれたと思った考えを捨てた。
すると、どこからともなく声が聞こえた。
「さすがに女子には手を上げられないよね」
それは、間違いなく男子の声だった。