第5話 有太の適正
あの荘厳な部屋から移動し、ソファや机が置かれているレイル殿下の執務室で、向かい合って座っていた。
騎士のアルは、レイル殿下の後ろに控えるようにして立っている。
つい先程、メイドさんが入室してきて紅茶を2人分淹れた後、首を傾げながら退室していった。
まぁ、僕が見えていないからかなり不思議な光景ではあると思う。
いやそれよりも、メイドさんの所作につい魅入ってしまった。
一切無駄のない完璧な動きは、なるほど本物のメイドだと思わせられた。
僕がメイドさんが退室したドアを見ていると、レイル殿下が話しかけてきた。
「ハハ。やはり異界人だな。メイドに見惚れたか?」
「あ、えっと。ただ、綺麗だなと思って」
「それは見惚れたと言うんじゃないか?フッ、まぁいい。……ユウタにはやってもらいたい、というか、担ってもらいたい役割がある」
「役割…ですか?」
「ああ。ただその前に、いくつか説明をさせてくれ。この世界に喚ばれた理由は聞いているだろう?」
「はい。魔王軍に対抗するため…ですよね?」
「その通りだ。父である国王陛下は対抗というよりかは滅ぼすつもりみたいだがな。まぁ、それが分かっているなら今はいい。具体的な戦力や国内外の情勢等は追々話すから、今はユウタ自身の説明だな」
「僕自身の……」
「先程も話したが、ここ"アフィラス"とは違う世界からやってきた者を異界人と呼ぶ。違う世界ならば、当然言語形態も違う。これを見てみろ」
そう言って、近くに置いてあった一冊の本を見せてくる。
その本は、たしかに見たこともない文字で書かれているが、その文字列の上部には日本語の文字が浮いている。
……幻覚?
目をゴシゴシしてから再び見るも、やはり振り仮名のようにそれは浮いていた。
「これって………」
「驚いたか?女神様が与えてくださる固有能力には、この世界の一般的な言語に対応できるように〈言語理解〉という通有能力が付属されているんだ。不思議に思わなかったか?俺たちと普通に会話ができて」
「……別に思わなかったです。そういうものかと」
「ハハ、そうか。やはりお前は面白いな。だからこそ、うってつけだ」
「さっきの役割というやつですか?」
「ああ。だがそれは後で話す。まずは……これをやる」
レイル殿下は立ち上がって机の引き出しから何かを取り出すと、それを僕に手渡してきた。
10cm四方ぐらいの黒いガラスのような板だった。
「それは能力顕示板といって、血を垂らすと、自身の持つスキルが浮かび上がってくるという代物だ。結構値が張るから失くすなよ。じゃあ、この針でも………」
僕はさっそくとばかりに、指を噛んで血を垂らす。
能力顕示板に落ちた赤い斑点は、溶け込むようにして消える。
その後、プレート上に文字が浮かび上がってきた。
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佐伯有太 (16)
【unique】
《陰の支配者》
【normal】
〈言語理解・アイラス語〉
〈聴覚強化〉
〈肉体耐久力強化〉
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「まさか……なんの躊躇いもなく指を噛みきるとはな」
「これは、予想以上かもしれないですね」
ふたりが何かを驚いてる所悪いけど、この凄く中二病臭がする言葉について問いただしたい。
「あのー。この凄く恥ずかしい名前のスキルはなんですか?」
「おぉ、どれどれ。《陰の支配者》か。中々凄そうなスキルだな」
「いえ、あー、たしかに凄そうではあるんですけど。もっと、こう、他に……」
「ハハ、贅沢なやつだな。固有能力なんて、誰でも持ってるわけじゃないんだぞ?」
少しだけレイル殿下の目が鋭くなったので、これ以上は突っ込まないことにして、他の箇所について質問する。
「そ、そうなんですね。ごめんなさい。……このアイラス語っていうのが、この世界の一般的な言語なんですか?」
「ああ、そうだ。他にもいくつかあるが、アイラス語ならば大抵通じる。さて、しかし、鍛える前から通有能力が〈言語理解〉を含めて、みっつもあるのか」
「これは凄い逸材ですね。それに、固有能力も恐らく見事にフィットしているかと」
「そうだな」
ふたりは驚いたり、納得したりと忙しそうだ。
そろそろ肝心の所を教えてほしいのだけど──。
「ああ、悪い悪い。つい説明そっちのけで興奮してしまったな。まずは───」
そこからのレイル殿下の説明が凄く長かったので、簡単にまとめると。
・固有能力は、その人にしか発現しない特殊なスキル。ふたつと同じスキル持ちはいない。
・固有能力を自力で発現できるのは、ほんの一握りの天才のみ。
・固有能力を女神様より与えられた段階では、スキルの種と呼ばれ、少し経ってからその人物の特性や好きな物に沿って発現する。
・通有能力は、誰でも会得できる可能性を秘めたスキル。会得難易度や能力の強さはピンキリ。
・召還したての異界人が、〈言語理解〉意外の通有能力を持っているのは稀。
・固有能力と通有能力に共通しているのが、感覚やイメージで扱うということ。使ったことがなく、どういうスキルかもわからない場合、自分に問いかけてみれば答えが出る(嘘くさい)。
以上。
「さて、スキルに関する説明はこんなところか。あとは訓練でしっかり物に出来れば問題ない」
「わかりました。じゃあ、役割というのを」
僕がそう言うと、レイル殿下は待ってましたとばかりに話し出した。
「ユウタには裏の仕事を頼みたい。正面から魔王軍と対峙するのは他の異界人に任せて、臨機応変に対応してもらいたいのだ。こういうことの方が、ユウタ向きだと思うがどうだろう?他の者たちと連携して魔王軍と戦うというような、チームプレーは苦手ではないかと感じたんだが。まぁ、本音を言えば、その性格と体質、固有能力が、暗躍向きだということだな」
なるほど。
たしかに、そういったことが適任だという自覚はある。
「……具体的にはどういうことをするんですか?」
「そうだな。主に情報収集がメインだな。ユウタのその影の薄さをたっぷり発揮できると思うぞ」
「はは、この世界では取り柄になるんですね。まるで忍者ですね」
「ニンジャ?なんだそれは?」
「えっと、元いた世界で、主君の命で隠密系の仕事を担っている者のことです」
「なるほど、隠密か。言い得て妙だな。……わかった。ユウタ、お前には私の直属の"隠密"として働いてもらう」
「わかりました。お受けします」
「そうか…。受けてくれるか。では、明日からその方向で訓練をつけさせてもらう。もちろん、自由な時間も多く取るので心配しないでくれ」
「………………」
最後にどうしても聞いておかなければいけないことがある。
だが、もしないと言われたら……。
「ん?どうかしたか?……何か他に聞きたいことがあるなら遠慮なく言ってくれ」
レイル殿下がそう言うので、思いきって聞いてみる。
「……元の世界に帰る方法はあるんでしょうか?」
それを聞いたレイル殿下は、「あぁ、そのことか」と呟くと。
「残念ながらこの国にはない。だが、安心してくれ。"ラスバーグ神聖国"という国には存在する。細かい条件が必要なようだが、帰還を果たした異界人も過去には多くいる。ユウタのお仲間たちも、そのことを聞いて少しやる気になったみたいだったな」
「そうですか。ありがとうございます」
ホッと息を吐くと、ペコリと頭を下げた。
レイル殿下との話が終わった僕は、騎士のアルに、僕に割り当てられた部屋へ案内してもらった。
「夕食はとりあえず今日のところは、ここに持ってきますね。明日以降は、王宮内の食堂を使ってもいいし、街に出て食べてきても構わないですよ。明日、簡単な案内もしますから」
爽やかな笑顔でイケメンで優しい金髪の騎士アルは、その言葉を残すと爽やかに立ち去った。
あまりにも爽やかすぎて2回言ってしまった……。
5時間後──。
アルと食事を持ったメイドが部屋へやってきて。
「申し訳ないね。遅くなって」
「申し訳ありません!アル様には頼まれていたのに、私が失念していまして……」
……絶望的に影が薄い僕は、この世界でも難儀しそうです。