第2話 女神フランディーテ
自称女神様の姿と言葉で、皆呆気にとられていた。
まぁ、中には空気を読まないで喜んでいるアホもいるみたいだけど。
自称女神様は少し間をおいてから、また話し出した。
『あなた方がいた世界"アースクエイク"とは別の世界"アフィラス"の住人が、あなた方をお呼びしたのです。理由は、近年活発化してきている魔王の軍団に対抗するためです』
そこでまた一回話しを切る自称女神様。
突然の状況変化に混乱している皆の頭に刷り込ませるような、ゆっくり穏やかな話し方だった。
「よっしゃーー!異世界転移だー!ひゃっほー!」
「まじかよ!これで俺もハーレムか!?」
「ぐふふ。スキルとかどんなのがあるんだ?」
そんな状況にあっても、煩い集団がいる。
僕はあまり詳しくはないのだけど、いわゆるオタクグループというやつだと思う。
あっ、今日の卵焼き、ちょっとしょっぱいかも。
「うるさい!!」
その集団に向かって大声で活を飛ばした男がいた。
たしか、僕のクラスで数学を教えている先生だ。
名前は、、、忘れた。
オタクグループが静かになったのを見届けた先生は、自称女神様に向き直ると、挙手をしながら話しかけた。
「では、えぇ、女神、さん?いくつか質問があるんですが」
『はい。なんでしょう?』
「ごほん。まず、ここは一体どこなんですか?」
『"女神の庭"と呼ばれている場所です。それ以上ここについて詳しく話す理由はありません』
「で、では、あなたがおっしゃった事が本当だとしましょう。魔王の軍団と対抗するために私たちを呼んだと」
『はい』
「しかしながら、私たちは地球、アースクエイクでしたっけ?そこで平和に暮らしている善良な一般人にすぎません。とても戦う術など持ちません」
『ごもっともですね』
「ならば、なぜ私たちを呼んだのですか?元いた場所に帰していただきたい!」
中々格好よく、帰還を迫る数学の先生。
だが、自称女神様は飄々とした態度で受け流し。
『それはできませんねぇ。あなた方に取れる選択はふたつしかありませんよ』
「ふたつ?」
てっきり異世界に渡って魔王の軍団を倒す使命を帯びる以外にないと思っていたところに、もうひとつの選択があると言われたのだ。
皆、それはなんだ?──と耳を傾けるのは当然であった。
僕に関しては、帰る以外の選択がないのならあまり興味もなかったのだが、自称女神様の口から出た言葉を聞いて、さすがに驚いた。
『ここで死ぬか。"アフィラス"へ行くか。ふたつにひとつです』
──そう言ったのだから。
「……し、死ぬ?」
「死ぬってどういうこと?」
「あんたが殺すってことか!?」
また、生徒たちが騒ぎ出した。
『はい。やる気がない方を送っても仕方がありませんから、わたくしが直々に殺してあげます。でも、"アフィラス"へ行けば帰る手掛かりがあるかもしれませんよ?』
ある生徒の疑問に回答を出し、異世界へ行くしか帰る方法がないように上手いこと誘導する。
この言い方では、もう"アフィラス"へ行くとしか言えなくなる。
そもそもそれ以外の選択を取れば、この女神様が殺すと言っているのだから、初めから自分たちに選ぶ権利などない。
そう。普通に考えればこういう結論が出るわけだけど、これだけ高校生が集まれば、バカもいるわけで──。
「へぇ。そんな男を誘惑するしか脳がなさそうな身体で、どうやって殺すってんだ?ハハハ」
そう言ったのは、下だけ制服でTシャツを着ている背の高い生徒だった。
こちらは、いわゆる不良グループのひとりだと思われる。
そして対照的なのが、先程までバカ騒ぎをしていたオタクグループである。
それが今は、全員口を閉じてゆっくりと自称女神様から距離をとっていた。
有太は知らないことだが、彼らは十全に理解しているのだ。
蓄積されているラノベの知識から、召還されたての人間が神と冠する者に逆らった際の末路を──。
『………今、なんと言いましたか?』
「ふっ。だからぁ~。そんなエロい身イ──」
突如、生徒たちの間隙を縫って、一条の閃光が迸った。
それは、口を開いていた不良グループの男の頭部に直撃し、パァーーン!!という音を響かせ爆散する。
首から上が弾けとんだ男の身体は、赤い液を撒き散らしピクピク痙攣するとゆっくり地に伏した。
数秒だが長く感じる程の沈黙────からの。
「きゃあああああああぁぁぁぁぁ」
「うぅっ!おえぇぇ」
「いやああああぁぁぁぁ」
「う、うそだろ……。玄斗ーーーー!」
「た、助けてええぇぇ!死にたくないぃぃぃ」
──絶叫の嵐。
今の出来事で、、女神フランディーテにとっては児戯にも等しい今の一瞬で、彼らは否応なく理解させられたのだ。
自分たちの理解を越えた人間ならざる存在の力を。
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あれから十分近く経過していた。
小川で吐瀉物を吐き出し抱きしめ合っている女生徒や、地面に蹲って現実逃避する生徒たち。
悲惨な死体を直視しないように手を合わせている先生もいる。
今は皆、それぞれ広範囲に散らばって頭を整理しながら落ち着こうとしているのだろう。
自称女神様は、眼下のその様子を薄く微笑みながら、なにをするでもなくただ見下ろしていた。
そんな中にあって、僕だけが少しずつイラつき始めていた。
お弁当も食べ終わって、いい加減送るなら送ってほしい、と。
僕の座右の銘は、"時間は有限"。
元の世界に帰してくれる可能性がない以上、こんな所でグズグズしている暇はないはずなのだ。
僕がそう思いつつも、ポケットに入れてあった単語帳を捲っていると、その願いが通じたのかひとりの先生が自称女神様へ近付いていった。
それは、先程も質問をしていた数学の先生であった。
なんかもう皆の代表者みたいな扱いになってる感は否めない。
その先生は、自称女神様の真下まで行き、上を見上げて口を開いた。
いや、そこまで行ったら首疲れるでしょ、と思わなくもなかったが、僕が普通の声量でツッこんでも気付かれないので傍観するしかない。
「わかりました。"アフィラス"という世界へ行きます。ただ、先程私が言った答えをもらっていません」
『あぁ。あなた方を選んだ理由でしたね?人間には誰しも運命値という物があります。この数値が高ければ、自分の運命を自力で切り開けることができたりします。要するに、目的を達成できる人物程、この数値は高いということです。そして、この運命値が高い人間が最も集まっていた区画から無作為に100人お呼びしました。それが、あなた方というわけです』
「運命値……現実感が伴わない」
『フフフ。別に夢の中だと思ってもらってもかまいませんよ?さっきの方のように早死にするだけですから』
無作為ということは、その数値が低い人間もいるということに他ならない。
生徒たちが、自然とこの運命値が高そうな人物を目で追うのは、仕方ないことではあった。
そうやって、いつの間にかいくつかのグループが形成されていく。
それは、人間の集団行動において、最初に必ず発生するイベントである。
『さて、少しゆっくりしすぎましたね。では、あなた方をあちらに送る前に、ひとりひとつずつ特殊な力を授けます。これで、簡単に死ぬということはないでしょう。上手く使えれば、戦う力もつきますから』
そう言った自称女神様は、手のひらを眼下にいる者たちに向けて、力を行使する。
それは、青白い輝きを放ち、彼らの体も同様に光始める。
夜空を飛ぶホタルのように神秘的に輝くその様を見て、一切光らない僕に焦りに似た孤独感を与えてくる。
そう、僕だけがなぜか光を発していないのだ。
やがて、辺りを照らしていた青白い光が唐突に消え去った。
元の色を取り戻した"女神の庭"に残ったのは──。
終始微笑を湛えていた整った顔を、無表情へ変え、不快感を露にする自称女神様。
そして、単語帳を指でクルクル回しながら、まさかと思う僕だけであった。
「女神様にすら認識されないの!?」
僕の悲しいツッコミが、静まり返る女神の庭に響いた。