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No.4 待遇

「よく来たな。私がこの基地の最高責任者、リディア・ヴォルベットだ」

 事務机に座るその人物が、挨拶をした。慧慈と亨も頭を下げた後、それぞれの自己紹介を行う。

「龍神慧慈です。お目に掛かれた事を光栄に思います」

「宇奈月亨と申します。お招きいただき有難うございます」

「ははは、そうかしこまるな。それにしても災難だったな、私達がたまたま近くに居なければどうなっていた事か」

 高笑いするリディアを、慧慈はそれとなく観察した。鮮やかな赤髪を後ろで一つ結いし、非常に凛々しい表情を浮かべている。有体に言えば、彼女は美人であった。それ故に、慧慈は若干気後れしてしまうように感じた。

「いやはや、どうなる事かと思いましたよ。まさかいきなり戦場に飛ばされるとは……」

「飛ばされる?」

「あ、いや。こちらの話で……」慧慈が失言に気付き、無理矢理誤魔化そうとする。そこに、亨が助け舟を出した。

「ところで、先程そちらが撃退した『青洋連邦』とは一体どのような輩でしょうか」

 彼の質問に、リディアは即答した。

「私達の敵だ」

 それを受け、今度は慧慈が質問する。

「今自分達が居るのは『紅州帝国』の領土だと聞いた。ということは、少なくとも紅州帝国と青洋連邦は敵対関係にあると捉えてよろしいでしょうか」

「相違ない」今度も即答される。

「ならば、今一度両陣営について概要を説明していただけませんか?」

「それは構わないが、何故だ?帝国の民ならそれくらいは知っているはずだ」

 リディアの疑問を受けて、亨が返答する。

「念のためって奴です」

「何が念のためかは知らないが、いいだろう」

 目前の変な二人組に対して僅かに疑念の目を向けつつも、リディアが話し始めた。



 1890年、突如として現れた謎の兵器群により世界は混乱の渦に陥った。『それら』は当時の技術レベルをはるかに凌駕した高度なテクノロジーを由来とする様々な武装と、極めて先進的な戦略・戦術思想でもって既存の国家を次々と征服・支配していった。残った各国の内ある国家群は一致団結して抵抗し、また別の国家群は諦めて『それら』による統治を受け入れた。やがて前者は『それら』の鹵獲・接収を通じて急激な技術革新を成し遂げ、後者は逆に自らを『それら』と一体化させる方向で技術の発展を行った。数十年後、両国家群は『それら』と比肩、あるいは凌駕するほどの勢力を持つようになった。しかしそれは、全く相容れぬ三つの陣営による泥沼の抗争の始まりを意味していた。あくまで人間が主体となり巨大国家を形成した『紅州帝国』、肉体を機械化する事で大規模なネットワークを構築し、『それら』への反逆を開始した『青洋連邦』、そしてかつて世界を蹂躙し続けた『それら』改め『械域』。この三大勢力を中心とした世界構造は以後数百年も続き、そして今に至る。



「なるほど、実は三つの勢力が争っていたという訳ですね」

「とはいえ、現在は『械域』の脅威も弱まっている。実質我々と連邦側が主導を握っていると言っても過言ではないだろう」

(………………本当にそうなのか?)

 慧慈にはそれが不思議でならなかった。長年にわたり人類を苦しめたとされる『械域』がそう簡単に弱体化するとは思えない。いや、話を聞く限りでは技術的アドバンテージの縮小や他二勢力を相手にする分の悪さが要因と考えるべきだろうが、果たしてそれだけの理由でそこまで弱るのか。

「……さて、昔話はここまでにして。本題に入ろう。お前達は難民として帝国の庇護下に入りたいと聞かされたが、それは本当か?」

「……はい、本当です」亨が答えた。

「……いいだろう、受け入れを許可する」

「有難うございます。よかったね、ケイジ」

「そうだな。しかし、偉く決断が早いな」喜ぶ彼に対して慧慈が苦笑する。

「あぁ、忘れていた。受け入れについてだが……一つ条件がある」そんな二人を一瞥し、リディアが思い出す。

「一体何でしょうか」



「それはだな……お前達の持つ財産、例えば乗ってきた機動兵器をこちらが差し押さえるという事だ」



『………………え?』途端、慧慈達は凍り付いた。この女は一体何を言っているのだろうと。

「何だ?よく聞こえなかったか、ならばもう一度言おう。お前達の持つ財産をこちらで預からせていただくと……」

「……それは、俺達があくまで難民だからか?」

「その通りだ。あぁ、安心しろ。いずれ国外に出るとなった時にはそれらを全て返還する事を約束するし、預かった物品に応じて一定枚数の金券を給付する。暫くの間は生活に困らないだろう」

「そういう問題じゃない!あのロボットは、こいつの……」

「いや、それでいい」慧慈の発言を亨が遮った。

「何がいいんだよ!あれはお前の大切なモノなんだろうが!」

「それでも、戦場の真っただ中で死ぬよりはマシさ。それに命さえあればまた作れるしね」

「亨、お前って奴は……!」

 亨の気持ちもよく分かるし、難民にあんなデカブツは無用の長物だということも理解できる。しかし、そう簡単に引き下がれない。慧慈はそう思い、次の瞬間にはその思いを口にしていた。

「……確か、リディアとか言ったな。一つだけ前言撤回するぞ」

「おい、貴様!口の利き方に気を付けろ!」取り巻きの軍人に注意されるが、それも気にしない。

「いいか。俺達は難民じゃない、志願兵としてここに来たんだ。持参品として自前のロボットに乗ってなぁ!」

 突然の啖呵に、亨は呆気に取られた。その後、正気に戻って慧慈を揺する。

「な、何を言ってるんだ!?ここはあのまま要件を飲めば丸く収まったろ!?」

「はっ、久しぶりに狼狽えたな」

「そういう問題じゃない!こんな風に焚き付けたら……」

「ははははは、これは予想外だ!まさか、兵士になりたいと言ってきたとはな!」リディアは大笑し、慧慈を指差した。「その言葉に二言はないな?」

「ないね。なんなら血判状でも持ってこい。刺青も入れてやるぞ」

「え、偉くいかつい覚悟の示し方だね……」亨が呆れ返るのと対照的に、リディアは寧ろ盛り上がっている。

「その意気やよし、ならば入隊試験を行う!]

リディアの発言に、周囲がにわかに騒めいた。近くにいた副官らしき女性軍人が焦ったように突っ込む。

「ま、待ってください!こんな連中を独断で軍に編入するなど……」

「何、案ずることは無い。今の私達には通常の軍体系から外れた権限が与えられている。それに、まだ彼らが私達と共に戦えるだけの力量があると証明されている訳ではないだろう?」

「それはそうですが……」

「だろう?それにだ、久しぶりに私が試験してやろうと思ってな」

 そこまで言って、リディアは慧慈達の方を向き直った。

「よし、試験の内容は決まったぞ!私との一騎打ちだ」

「えぇっ!?本気でやると言うんですか!?」

「軍人に二言はないさ。どうする、受けるか?」

 彼女の視線は、慧慈を捉えていた。その視線に気づいた慧慈も、迷いなく答える。

「当然。ただしこちらからいくつか要望がある。まず一つ、こちらが使う機体は持参してきたものを使用させてもらう。無論、修理が間に合わなければそちらの機体を貸してもらいたい。二つ目、武器は格闘戦用のものだけにして欲しい。そして三つ目、試験終了までこいつにパソコンを返してもらいたい」

 一息に言って、亨を指差す。

「そんなところでとうだ、亨」

「まぁ、異論はないね。どうせやり合う流れは避けられないみたいだし」

「という訳だ。どれくらいなら飲んでくれるか?」

 話を振られたリディアは、特に悩むこともなく即答した。

「構わないぞ。よし、それで行こう」

「感謝する。それじゃ早速作戦会議だ、まずはお前のパソコンを返してもらおうぜ」

「そう急かさなくても……そうだ、試験はいつ開始しますか?」肩を組まれた亨が、振り向きつつ疑問を口にする。

「そうだな……明日の午前9時と言ったところか」

「お答えありがとうございます。それでは、明日」

 首だけで会釈し、慧慈と一緒に部屋を出た。



「さて、どうするか」

 格納庫に移動し、慧慈・亨・ユゥが会合する。この基地では情報伝達がスムーズに行われているらしく、貴重品の一時返還も大きなトラブルなくなされた。

「まずは修繕が最優先だね。といっても完治は難しいか」

「マニピュレーター中心で頼む、武器が握れなきゃ話にならねぇ」

「あたしとしては電装系にも重点を置いて欲しいんだけど」

「ってもカメラやモニターに異常はないはずだろ。後回しでいい」

「同感だね。ごめんねユゥ、ちゃんと後で直すから」

 一応の方針が決まり、次いで具体的な方法を議論する。

「資材と人員は自由に使ってもいいみたいだね。これは朗報だ」

「ただ、俺達はアウェイだ。単なる修理なら問題なく協力してくれなくはなさそうだが、そこから先は怪しいもんだな」

「僕としても、そう簡単に他人には触らせないつもりだよ。まだ所属するかも分からない連中にはね」

「あの女だけは信頼しても良いかも知れんが、他は判断材料に欠けるな」

「へぇ、女の人がここを仕切ってるんだね」

「お前も本物を見たら分かる、少なくとも悪意は見られなかった」

「あれ、案外惚れてたりする?」

「茶化すな。とはいえアレを正攻法で捩じ伏せるのはかなり難しいんじゃないか?」

 慧慈の発言に、他の二人も同意する。

「なるほどね、逆に言えば『正攻法じゃなければ』倒せるって魂胆か」

「そうだ。相手の予測を超えれば、あるいは……」

「そう言うことなら話が早いな、こっちで色々用意しておくよ。勿論、内密にね」

「頼んだぞ、俺は万が一のためにここの機体の操縦系統を習っておくから」

「あたしは独自で情報を分析するよ」

「よし、これでやるべきことは粗方決まった。それじゃ晩にまた会おう」

「了解」

 それから後は、三者がそれぞれの目的を果たすための努力をした。気がつけば、既に日は暮れていた。再びロボットの格納庫を訪れた慧慈は、その姿に驚いた。

「おお、かなり変わったな」

「変わったのは見た目だけじゃないけどね。後でマニュアルを渡しておくよ」

「なんだ、これなら俺のやったことは無駄だったか?」

「そうじゃないさ、こちらの世界におけるロボットについて知ることも大切な行為だよ。で、その結果は?」

「聞いて驚け、シミュレーターは裏難度含めてオールクリアだ」

「ふふ、それは頼もしいな」

「しかももうひとつ嬉しい誤算があったぜ、シミュレーターのラスボスは誰だと思う?」不敵に笑いながら問題を出す慧慈。

「もしかして、《ブラッディア》?」

「ご名答!流石にノーコンティニューじゃ無かったが、最後らへんは勝率10割だ」

「……!それなら、下手すれば僕の方が足を引っ張ったりしなけりゃ問題ないね」

 亨の冗談を真に受けたかのように、軽い調子で返す。

「明日も本気で頼むぜ、天才さんよ」

「善処するよ」

「お父さん、ケイジ!もう21時だよ、早く晩御飯食べないと」ロボットから伸びたケーブルで繋がれたパソコンから、ユゥが注意する。彼女に言われて、亨が苦笑する。

「それじゃあ、御飯処に突撃しますか」

「隣じゃないけどな」

 亨がパソコンを閉じ、ケーブルを外して手提げ鞄に収めたのを見て、

慧慈が突っ込んだ。

「あ、お前は先に部屋帰ってシャワー浴びろ」

「何でさ」

「汚れてるから」

 亨は油まみれだった。

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