No.3 Transport
大分更新が遅れました。申し訳ございません。
輸送機の内部で、慧慈達はこれからどう動くべきかを相談した。亨は紅州帝国に取り入り、一度ロボットの修理を行いたいと言った。ユゥもそれに賛成するが、慧慈だけは今一つ乗り気ではなかった。
「うーん、俺はどちらでもいいけどな……」
「何でさ。まずは落ち着ける場所の確保が先決だろ?そのついでにこいつの改修も行えば一石二鳥だしね」
「まぁ、そこはお前に任せたよ。どうも俺は下手に出るのが苦手でな」
勿論、こんな状況で一人反対しても意味が無いとは慧慈も理解している。その上で、誰かに気に入られようとするのはあまり好きではないのであった。
「それにしても、信じられない話だよね。自分達の他に沢山のロボットが存在するなんて」
「それは同意する。確かに、昔の趣味がぶり返しそうだ」
「昔って、そんな前の話じゃないでしょ。僕と初めて会った時には、まだ現役だったろうに」
「……お恥ずかしい限りで」
そこに、戦闘終了後ノートパソコンに戻されたユゥが割り込む。
「あはは、ケイジ照れてる。ねぇ、何で恥ずかしいの?」
彼女の質問に、慧慈はばつが悪そうに答える。
「若気の至りだよ」
今から数か月前、慧慈は亨の元にメールを送った。彼はSNSを滅多に利用しない。必要以上に他人と関わる事を避け、また同時に即時的なレスポンスを求める人間を嫌った。逆に言えば、いつ返信してくれても構わないから急かす事のない人物であれば関わりを持つことはままあったし、それ故に電子メールなどの閉じたコミュニケーションメディアは彼にとっての『急ぎの用事』を伝えるのに最適だった。それはともかく、慧慈が送ったメールの内容は以下のものだ。
『もしお前の部屋に一定以上の空きがあるならば、俺の持っているグッズの一部を譲渡したいと思う。いいか?』
数日後、それを了承した亨に対して段ボール数十箱分のロボットアニメのグッズが送られてきた。その量に驚いた亨が理由を問うと、慧慈はこう答えた。
「そろそろ卒業しなきゃならんと思ってな。勿体ないし、亨にやるよ」
その証拠に、亨が後日彼の部屋を訪れた際には以前の間取りと大きく違っていた。具体的には、かつて部屋のあちこちに置かれていたプラモデルやフィギュアが殆ど無くなっており、代わりに書籍が並んでいた。
「親がうるさいんだよ、良い大学に入れってさ。どうも雑誌でその手の特集を見かけてしまったらしくてな、今やすっかり病気だよ。全く、俺には国立卒の肩書は分不相応だってのに」慧慈はぼやき、その上であ苦笑する。「まぁ、このまま穀潰しになってしまうのも傍から見れば面白いかもしれんが。そうなったら余計にモテなくなっちまうからなぁ。今までの自分の趣味を抑制し学生らしく勉学に励んでいるという姿勢を見せるためにも一度整理しておきたかったんだ」
その後、慧慈は学校の定期試験で校内トップをとり、親の機嫌もとった。しかし、「面倒臭いから全部やる」と預けていたものを亨に全て押し付けてしまったのだ。
「まぁ、嵩張るし金のかかる趣味だったからな。いっそすっぱりやめる事が出来たのは良くも悪くも俺の気質かね」
「ふーん。でも、さっきの戦闘だと楽しそうにしてたじゃない」
「そりゃ、やめたとはいえまだ血は抗えないんでな。ちなみに俺はどっちかというとキャラクターに注目するタイプだが、お前の親父さんは専らマシンが恋人でな。勿体ない事だ」
亨は男子にしてはやや背が低く、その上中性的な顔立ちだった。それ故か年上の女性を中心に人気が高く、科学者・研究者の間ではアイドルじみた扱いを受けていた。まるでかつて流行語となった『リケジョ』の男性版だが、あちらはその発祥となった人物が様々な疑惑を持たされたことで下火になっていったのに対し、彼の場合は純粋な実力をも身につけている。だからこそ、慧慈は彼に対して冗談こそ言うものの、嫉妬は無いのであった。
「うるさいなぁ。って、それはともかく。今はこいつの修理のためにもバックボーンが必要だ。ケイジ、頼むよ」後ろでロボットの損傷個所を診ていた亨が振り返って突っ込む。
「仕方ねぇ。とりあえず、この連中に世話になるしかないか」
彼らが居る輸送機は、本来は大型建機や大量の資源などの搬送に使われるものであった。救援の要請時に亨が今すぐ呼べる限りで最も大きいものをリクエストした結果、これがやって来た。
「全く、お前の拘りには呆れるしかねぇよ。まさかロボットにスパコンを積むなんて」
「スーパーコンピューターと言っても、十年以上は前のマシンスペックのものだからね。現在の技術なら大幅な小型化も可能だし、人型兵器に積んでも重量的には問題はないくらいだ。それでも一般用のマシンとは比べ物にならない程性能差は歴然さ」
「日本じゃ個人レベルでの兵器製造は違法だしな。まぁ、電子戦に強いというのも十分な利点か」
亨はハードウェアだけでなく、ソフトウェア方面にも明るかった。彼の話によると、ユゥは大学時代に作成した簡易型AIを独自発展させたものらしい。あらゆる点で技術力の差を見せつけられる慧慈であったが、彼が勝っている点も存在する。その最たるものが……。
「っても、この世界では大したアドバンテージにはなりにくいかもしれない。そうなると後は俺が頑張るしかないな」
「……頼むから無理な動きはしないでくれよ?幾ら内部の技術が発達しても、ガワの強度は簡単に強化できないんだから」
「そこはお前に任せた。俺は単純に体を動かす方が好きなんでね」
学業の成績が基本的に平凡な慧慈だが、唯一高評価を貰う教科がある。それは体育である。あくまで授業内ではあるが、昨年県内2位のサッカー部の正GKを相手に一人で5点をもぎ取る、100m走で10秒を切るなどなどの身体能力を見せている。但し座学は壊滅的な成績のため、最終評価は芳しくないのが実情ではあるのだが。
「はいはい。っと、連絡が入った。もうすぐ基地へ到着するみたいだよ」
「了解、了解。さて、どう立ち回るかね……」
小窓から外を見る。不気味なほどに白いビル街が地上の一面を覆っていた。やがて輸送機は高度を下げ、滑走路に着陸する。この瞬間、慧慈達はその命を他者に託すことになったのである。
「よし、全員無事だな。それじゃ難民の受け入れ手続きを行うから、そこの二人は一緒についてきてくれ」
輸送機から降りて最初に出会ったのは、緑の軍服を着た壮年の男性だった。
「分かりました。それじゃあユゥ、生きてたらまたね」
「うん」
亨はノートパソコンを閉じて、隣のカウンターに載せた。慧慈もスマホの電源を切ってカゴに入れる。その他電子機器も同様にして係員に渡し、案内役の軍人に連れられ奥に進む。途中金属製のゲートを通るが、慧慈達は特に止められることもなく広い基地内を言われるがままに歩き続ける。やがて大きな建物の前に到着し、その扉の前で立ち止まる。
「よし、お前達は少しここで待っていろ。最終確認を行う」先導する軍人が一旦建物内に入った。周囲には何人かの兵士が小銃を提げて立っており、逃げ出そうとするならすぐにでも撃ってきそうな雰囲気であった。
「緊張するね。まさかこんなことになるとは予想してなかったなぁ」亨がつぶやいた。
「呑気だな、何をされるかも分からんっつうのに」それに対して慧慈が呆れたように返す。
「そう乱暴にはしないはずだよ、少なくとも彼らは信用に値する」
「ま、お前がそう言うなら信じておこうか」
そうこうしていると、目の前の扉から先ほどの軍人が現れた。
「この扉の奥にはここで一番偉い方が居る。くれぐれも失礼の無いように。まぁ、命が惜しくなければ話は別だがな」
そう言って、彼は扉を目いっぱい開ける。慧慈と亨は互いに目を合わせた後、半ば諦めるようにして内部に入る事にした。
屋内は高い吹き抜けをもった広間と、その先へと延びる廊下と繋がる各部屋で構成されている。入口から正面に見えるのは階段であり、慧慈達はこの階段を上らされた。最上階まで上った後、今度は突き当たりから左右に伸びる廊下を右に曲がり、その突き当たりまで歩かされる。今まで目の前を通った部屋の扉よりも最も立派な鉄扉の前で、軍人の男性が備え付けのインターフォンで内部の人間と合図を取る。
「ヴォルベット大佐、避難者をお連れしました」
「よし、入れろ」
「はっ」
扉が開き、奥に通される慧慈と亨。その視線の先には……。