No.2 驚愕!ここは別世界!?
「……おい、亨。これはどういうことだ」
「それはこっちも疑問に思っていた所だ。こんな場所に出口を作ったつもりは無いんだけどね」
「だが、事実として俺達はこのような場所に出て来た。それは受け入れるしかねぇ」
「それはどうだろうか?いっぺん顔をはたかれれば、これが事実かどうか分かるかもしれないよ」
「この21世紀にそんな古典的手段で夢から醒まさせようとするのはいささか時代遅れのような気がして仕方がないな」
モニター越しにあたりを見渡す。弾痕だらけのアスファルト。角の欠け、骨組みが露出したビル。割れたガラス。落ちたコンクリート片。そして、倒れ込んだ人々。間違いなく、ここは地獄だった。
「くそ、どうなってやがる」
絶え間なく銃声が聞こえる。それと同時に数え切れぬほどの悲鳴が耳を刺激した。
「酷いな、これは。まるで戦争をやってるようだ」亨が顔を引きつらせて呟く。
「……どうやら、その通りみたいだぜ」慧慈も、苦々しい表情をする。彼の視線の先には、戦闘機の編隊が見えた。
「とりあえず、オープンチャンネルで救助要請をかけてみるよ」亨は壁面からキーボードを呼び出し、戦闘機との交信を試みる。
「あぁ、頼む」その間、慧慈はなるべくエネルギーを使わないようにロボットの片膝を地面につけた。最悪の場合を想定し、無駄な電力の消費を抑える事にしたのだ。
「……こちら生命機関研究所所属、宇奈月亨並びに龍神慧慈。当方に救助をお願いしたい」
『……こちらは青洋連邦空軍第27航空隊<コバルトフォース>隊長、ディーゴ・サンダースだ。申し訳ないが、貴様らの依頼は聞き入れられない』
「それはなぜか」
『現在我々は紅州帝国攻略作戦に従事しており、同国への爆撃作戦に参加するために航行中である。よって、民間人の保護を行う余裕はない。ましてや、敵国の民間人ならなおさらである』
「そんな、バカな……!」亨の口ぶりと交信内容から考えるに、目論見は失敗したようだ。慧慈は体を乗り出して、交信に割り込んだ。
「あぁそうかよ、分かったよ。それじゃあ俺達は勝手に野垂れ死ねっていうのかよ。じゃあいいよ、あんたらには頼らねぇ」
『何……?』
「耳糞でも詰まってんのか?もう一度言ってやるから耳の穴かっぽじってよく聞きやがれ、俺達は自分の力でここを脱出してやるって言ったんだよ。もうういいよ亨、これ以上こんな奴と話してたら頭が腐っちまう」
そう言って、慧慈が後ろ手で回線を切るよう指示する。それに従った亨が困り顔で話しかけてくる。
「……やれやれ。いきなり何を言い出すかと思ったら……」
「亨。こいつには一切の武装がないんだったっけか」
「そうだけど……ケイジ、まさか!」
「そのまさかだ。こいつらを潰して危機を脱する!」
「いきなり、何でそこまで……」
「……後ろを見てみろ」
「後ろ?」後部席のミニウインドウには、十人程の市民が映っていた。
「そうだ。逃げ遅れた人たちが居るだろう?ここで俺達が引けば、あの戦闘機共は彼らを殺しにかかる」
「……なるほどね、僕たちが戦っている間に逃がそうって事か。どのみち芳しい返事は得られそうにないし……仕方ない、こうなれば一蓮托生だ」
「バーカ。死ぬつもりはねぇよ。それより、亨。もう一回回線を繋いでくれ。今度は宣戦布告だ」
ロボットを再び直立させ、正面を飛ぶ機影を睨む。正直何処までやれるのかは分からないが、慧慈にはある種の自信があった。
『……また貴様らか。一体何の要件だ』
「えー、先ほどは申し訳ございませんでした。どうしてもこちらにも引けない事情というものがありまして……」
「俺としても悪かったと思ってる。だから、お詫び代わりに……」
一息おいて、慧慈と亨は同時に宣言する。
『お前らを潰させていただく』
「……以上!では、お互い殺し合いましょう!」
『な、何を……!』
再び一方的に通信を切り、亨は早速ズボンポケットの中から超小型モバイルを取り出した。それを側壁から伸びたUSBケーブルに繋ぐ。
「さて、予想以上に早く出番が来ちゃったけど」
「なんだそりゃ」
「戦闘用AIさ。ほら、ロボットアニメだと偶にあるだろ?有人機のサポートを行うやつ」
S◯Tや◯Sみたいなものだと慧慈は理解した。
「僕とケイジだけで動かせるかどうかは不安だったからね。どうせなら戦闘向けの機能も追加しつつ準備していたんだ。ただ、予定していた武装は何一つ積んでないままだからエラーが起きるかもしれないけど……おっ、インストールが完了したよ。後は起動させるだけだ」
「なるべく早く出来るか?」
「大丈夫、パスワードはもう打ち込んだ。よし、『彼女』が目覚めるぞ」
すると、慧慈の右隣に人のような形をした光が現れだ。それはやがて少女の形をとり、同時に色彩を得る。数秒後、そこにはまるで本物と見間違うばかりの少女が立っていた。
「紹介するよ。僕の娘、『ユゥ』だ」
「よろしくね、ケイジ!」
美しい金色の髪を二つ結いにし、幼き顔立ちは笑みを浮かべている。どこぞの私立の小学校の制服みたいな服装で着飾った体は、まだ第二次性徴を迎えていないかのような雰囲気を持っている。
「あ。今あたしの事エッチな目で見てたでしょ」『ユゥ』と呼ばれた少女が何故かにやにやしながら慧慈を見てくる。
「見てねぇよ。それより亨、これはお前の趣味か」
「それは否定しないが、別の目的もある」
「いや、否定しろよ。っていうか別の目的ってなんだよ」慧慈が怪訝な顔で尋ねる。それを意に介さず、亨はその質問に答えた。
「お約束だよ。この手のAIと言えば女性的パーソナリティーを持つのが定番だろう?あとはビジュアルと性格をどうするか悩んだよ」
「……ユゥとか言ったか。お前の父さんはとんでもない変態だな」
「?お父さんは変態じゃないよ?例え変態だったとしても変態という名の紳士だよ」
「おいそこのメカオタク、自分の娘にどんな教育を施してんだコラ」
「……話は後だ。敵がそこまで迫ってる。ユゥ、僕たちを守ってくれるかい?」亨が急に真面目なトーンに戻った。確かに、先程は遠く飛んでいた敵機が今や肉眼で確認できるほどであった。
「うん!お父さんと、ついでにケイジも守ったげる!」
「俺はついでかよ」慧慈は苦笑した。しかし、次の瞬間には真顔に戻る。
「よし、どれだけやれるか分からんが、二人の命預かるぞ!」
ロボットを全力で走らせる。空を飛ぶ戦闘機に対抗するには、飛び道具が必要である。しかしこのロボットには何の武装も持たない。何かいいものは落ちてないか。慧慈は必死で周囲を見渡した。
「あれは戦車か……よし!」
履帯を損傷し乗り捨てられた戦車を見つけた慧慈は、ロボットの腕を操作してそれを掴んだ。
「ぶっ飛べぇ!!」
引き寄せていたレバーを精一杯押し込み、戦車を投げつけた。勢いよく飛び出したそれは、しかし目標の手前で撃ち落とされた。どうやら向こうのミサイルに迎撃されたようだ。
「ちっ、小癪な真似を!こうなりゃ根競べだ、手あたり次第投げつけてやる!」
目につくものを拾っては投げる。自家用車、バス、タンクローリー、小屋。有象無象の投擲を繰り返すも、その悉くが敵機に届く前に無力化される。まるでこちらをあざ笑うかのように。更にミサイルが発射され、慧慈達を狙ってくる。何とか逃げようとするも追尾ミサイルを避けきれず、やむを得ず左腕でガードするも衝撃を殺しきれない。おまけにミサイルで左腕が損壊してしまった。
『ハハハハハ、それが貴様らの全力か!』突然通信回線が開かれる。ゴードンだ。
「うるせぇ黙れクソ野郎。今すぐそのカトンボごとグロ死体に変えてやるから覚悟しとけ」
『威勢はいいが、それだけでは勝てんぞぉ!』
「いや、それだけじゃないさ」不敵に笑う亨。
『何?』
「別勢力の機体群接近!お父さん、言われたとおりにしたら来てくれたよ!」ユゥが嬉しそうに叫ぶ。
「良かったね、ケイジ。救世主たちの到着だ」
「……ふん」
南西の方角から別の機影が現れる。今度は人型の、しかも大群だ。
『我々は紅州帝国機動兵軍皇帝直属部隊<カーディナル>だ!そこの所属不明機、下がれ!後は我々が引き受ける!』
無線に割り込んできたその声の主は、恐らくあの群体の頭だろう。よく見ると、一機だけ明らかに外見が違う。周囲の機体が白と銀色を中心としたカラーリングなのに対し、その一機は鮮血のような赤に全身を包んでいた。
『連邦の犬共め!この私と<ブラッディア>が殲滅してくれる!!』
『くっ、<血塗れ>が来たか!全機退却だ!
『逃がすか!』
赤い機体<ブラッディア>は驚異的な加速で戦闘機の群れに迫ると、右手に所持した大型銃を発砲した。赤色の光線が戦闘機の内の一機を焼き尽くす。やがて爆発が起こり、攻撃を受けた戦闘機はパイロット諸共跡形もなく爆散した。
『お、おのれ!よくも部下を!』
『ふん、そんなものは知った事か!戦場に出たからには殺される覚悟をもって相対せねばならない!』
その後も<ブラッディア>による敵の蹂躙は続いた。ある者はビームキャノンで、またある者はレーザーサーベルで。一機、二機となすすべなく撃墜されていく敵機に目もくれず、次の獲物を探す。
「凄いな、ありゃ」
「まさしく世界が違うって感じだね。それにしても……」
「それにしても?」
「素晴らしいなぁ。これ、ホントに夢じゃないんだよね?」
「……まぁ、気持ちは分からんでもない」
自分達のはるか上空で繰り広げられる激戦を眺めつつ、慧慈と亨はしみじみと思う。
(なんてとんでもない世界に来てしまったんだ!!)
もしかしたら自分達が生きてる内には味わえなかったかもしれない、まるでアニメのような世界だ。空を飛ぶ戦闘用二足歩行ロボットが存在するというだけなのに、彼らのテンションは一気に上がった。
「お父さん達、楽しそう。なんで?」ユゥが疑問を口にする。それに対し、慧慈と亨が揃って返事をした。
『男のロマン!!』
数分後、慧慈達の近くに白いロボットがやって来た。
『お待たせいたしました。早速救助活動に移ります』
「ありがとうございます。そこで申し訳ございませんが、一つリクエストがあります」と、亨が提案した。
『それは一体なんでしょうか?』
「僕達が乗っているこのロボットも、一緒に搬送して欲しいのです」
『………………』
「実は、このロボットは僕の大切なものなんです。だから、出来る事なら一緒に保護して頂ければありがたいと……」
『……分かりました。そちらの輸送艇にお乗りください』
「……そうだ!この辺に逃げ遅れた人々が居たんだけど、そいつらは無事か!?」今度は慧慈が質問する。
『ご心配なく。近くのシェルターにて、十数人の追加収容が確認されたとの報が出ています』
「それは良かった。ありがとう、あんたらのおかげで助かったよ」
そんな会話を繰り広げていた慧慈の下に、先程の赤い機体が降り立ってきた。
『すまない。私としたことが逃がしてしまった。しかし、お前達が無事で良かった』
女の声だ。どうやら戦闘が終わったらしい。
『それにしても、この機体はどこから出て来た?我々とも連邦側とも違うシルエット……開発者は何者だ?」
「それについては、後々説明いたします。まずは安全地帯までご案内いただけますか?」
『心得た。ただ、まだお前たちを前面に信用している訳ではない。そこで、機体ごと我々の本拠地に搬送し、そちらで詳しく話を聞こう』
女の提案を3人は承諾した。今はこの場所から抜け出すのが先だと判断したためである。
かくて慧慈達は、戦場を脱する事になった。しかし、これは彼らを待ち受ける試練の内の一つに過ぎなかった……。