四話 聖痕の行方と責任の行方
「……は?」
あんぐりと口を開けた下北沢くん(仮)から発せられた、間の抜けた声がフロアに響く。
下北沢くん(仮)は、焦ったように手のひらを確認し「あれ!?」とか「おいぃ!?」などと声を上げながら、手のひらを叩いてみたり、ふうふうと息を吹きかけてみたりしている。
あ、今度は手のひらを擦り始めた。今にもレモン汁をかけて、火であぶり出しそうな勢いである。
「ぼ、僕にも聖痕がある!」
オドオドと、しかしはっきりとした声で、天彦が手を上げた。
下北沢くん(仮)に集まっていた視線が、一気に天彦へ移る。
天彦は緊張した顔で前に進み出ると、左手を前に出し、そこに描かれた紋様を王様達へ見せた。
そういや、コイツも左利きだったっけ……なんてどうでも良いことを思い出す。
なぜ俺がそんなことを知っているのかというと、天彦から「左利きだからハサミが使いづらい」とか「左利きだから字を書くときにはどうのこうの」と、左利きでツレぇわアピールを散々聞かされたからである。
「まさか、聖痕を持つものが三人も現れるとはっ。しかも特級聖具である聖杖に聖壁、それに特上級聖具の聖剣……! これなら〈生み出すモノ〉を打ち倒すことが出来るやもしれん!」
「あとは聖玉さえあれば完璧だったのだが……いや、これでも出来過ぎなくらいだろう」
俺がそんなクソほどにも約に立たない天彦情報を思い出している間も、王様達は頷き合いながら瞳を輝かせていた。
ん、今、聖玉って聞こえたか?
聖玉って、たしか落とした覚えのないスマホアプリの名前が聖玉だったよな……。
よっぽど嬉しい誤算だったのだろうか、希望に湧き上がる王様とその周囲。
しかしそこに、水を差すような声が鳴り響いた。
「テメェ、なにしやがった!? それは俺の印だろうが!!」
下北沢くん(仮)がすごい勢いで天彦へと詰め寄り、その胸倉を掴み上げた。
しかし、素早く反応した甲冑を着た兵士っぽい人達に、あっという間に取り押さえられてしまう。
「離せ! あいつが俺の印を、俺の聖痕を盗みやがったんだ!」
喚き散らし暴れる下北沢くん(仮)。
その様相に周囲の人間も息を呑み、その場はなんともいえない空気に包まれてしまった。
「……ふむ、召喚されたショックで取り乱してしまっているのやもしれんな。おい、別室で落ち着くまで休ませるように」
王の側近っぽいじいさんの言葉により、下北沢くん(仮)は、両脇を兵士(仮)に掴まれそのままドナドナされて行ってしまった。
「それでは、聖痕を持つ救世主たる方々は私達と共に来てもらおう。他の者は申し訳ないが、討伐が成功するまではこの城で過ごしてもらうことになる。出来る限り不自由なく生活出来るよう計らうので、どうか許して欲しい」
王達が扉に向かい、すぐにその後ろを紬生が、そして里見が続き、最後に天彦が頼りない足取りで追いかけていった。
残った生徒達も、王達と入れ替わりでやってきたメイドさんらしき人達に連れられ、おっかなびっくりこの部屋から移動し始めた。
そして、最後に俺だけがその場に残った。
部屋に誰もいなくなったことを見届けてから、俺はスマホを操作し〈聖玉〉と書かれたアプリを閉じる。
すると、周囲は石造りの部屋から元いた医療施設の白い部屋へと戻った。
やっぱり、さっきの光景はこのアプリが原因だったようだ。
しばし考えを巡らせたあと、俺は小さくつぶやいた。
「もしかして、やっちゃった?」
いやいや、まさかね。
そう思いながらも、先程起こったことを思い出す。
ニヤつく下北沢くん(仮)とは対照的に、顔面蒼白な天彦を居たたまれない気分で眺めていたら、突然手の中のスマホが震え出したのだ。
画面を確認すると、
「運命に介入し、聖痕の移動を行います。よろしいですか?」
という通知が表示されていた。
なんじゃこりゃ……と思いつつも、あまり意識もせずに「→はい」を選んでしまった。すると、
「改変の規模が大きすぎます。いくつかの機能が破損する恐れがあります。よろしいですか?」
と、再度通知がポップアップされた。
指が滑ったというか勢いというか、深く考えずに「→はい」を選択したら――下北沢くん(仮)の手から聖痕がスッと消えてしまったのだ。そんで、天彦が名乗りをあげた。
……これって、俺のせいじゃないよね?
と思いたい。思いたいが、どう考えても俺のせいだよね。
天彦の手のひらにあった聖痕の紋様、まんま下北沢くん(仮)にあったのと同じだったし……。
スマホの画面を睨むと、そこには変わらず〈聖玉〉という名のアプリが存在していた。
王って呼ばれてたじいさんが、聖玉がどうのって言ってたよな……。
これも聖具ってやつなんだろうか。
でも、俺の手のひらには印なんてないしなぁ。
というか、スマホアプリじゃん。聖なるスマホアプリってなんだよ、おかしいだろ。
俺はひとまずドクペを飲み、ポテチを摘んで心を落ち着ける。
すると丁度良いタイミングで、食事などが送られてくる搬入エレベータから到着を知らせる音が鳴り、中を確かめると頼んでいた絶版レア漫画が送られてきていた。
……さてと。
とりあえず、現実逃避だな。うん。
俺は全ての疑問を先延ばしにすることに決めベッドで横になり、さっそく漫画の一巻へと手を伸ばした。
聖痕を失っしまったりドナドナされたりと散々な目にあっている下北沢くん(仮)ですが、後ほど埋め合わせの描写を入れる予定です。