三話 引っ叩くんだったと、選ばれし者
「……は?」
思わず、間の抜けた声が出てしまった。
わけがわからない。一体なにがどうなってるんだ?
さっきまで居たはずの真っ白い部屋とは似ても似つかない、文明や清潔感といったものをほとんど感じさせない、無骨な石造りの部屋に俺は……て、あれ?
人がいるじゃないか。それも結構な数の。
なんとなく予感がして、目を凝らす。すると、見覚えのある顔が周囲に並んでいた。
やっぱりそうだ。そこに居たのは、失踪したと聞かされていたクラスメイト達。
みんな不安そうな顔をして、所在無げに肩を寄せ合っている。
その服装は様々で、制服を着ているモノもいれば、明らかに部屋着といった格好のやつもいる。
突然身に覚えのない場所にいて、そこには行方不明のクラスメイト達の姿。
あかん、わけがわからんし次々と疑問が沸き上がってくる。
とりあえず今一番の疑問は、この状況に驚いているのが俺だけで、クラスメイト達はこちらに見向きもしていないってことだろうか。
向こうからしたら、俺がいきなり現れたみたいなもんじゃないの?
パニックになりそうな心を抑え、必死に周囲を見渡していた俺の目が一人の男子を捉えた。
……ん? あれ、天彦じゃないか。
クラスメイト達の中に天彦を見つけた。向こうはこっちに気づいていない。
というか、なんかニヒルな感じで突っ立ってるのはなんなのか。
余裕感を出そうとしてるのか、不敵な笑みを浮かべようとして失敗していて、口の端がヒクヒクと不自然に痙攣してる。素直にダサかった。
それに、なんかブツブツ言ってる気がする。
うん、なんか和んだ。
そして顔を見てたら、ネトゲの時限イベントすっぽかされたことを思い出した。
そうだった。天彦を引っ叩くんだった。
俺はずんずんと近づいて行き手を振り上げる。そして頭頂部を引っ叩こうと振り下ろしたところで――俺の手は、天彦の体をすり抜けた。
ッ!?
人の体をすり抜けたことで沸き上がってくる怖気に動揺してしまい、思わず後ろへと飛び退く。
その拍子に、手からスマホがすっぽ抜けた。
スマホが手から離れると同時に、景色が石造りの部屋から一変し、元いた白い部屋へと変わってしまった。
「……へ? 戻った?」
なんだ、これ。
さっきのは一体なんだったんだ? 幻覚?
俺の脳がおかしくなったとかでないなら、考えられる原因は……。
さっき放り投げてしまったスマホだろうか。
そう当たりをつけて、恐る恐る放り出されたままのスマホに手を伸ばす。
拾い上げると――また視界が変化し、石造りの部屋になった。
クラスメイト達もさっきと同じ位置にいる。
再度スマホを下に置くと元の部屋へと戻り、手にすることでまた石造りの部屋になる。
……やっぱり、このスマホが原因だよな。
というよりは、落とした見覚えのない〈聖玉〉とかいうアプリか? あのアプリを立ち上げるまでは異常はなかったし。
夢じゃないよな。一体どこなんだここ。
もしかして、俺もコイツらも消滅してしまって、あの世に来てしまったなんてことはないだろうな……。
天彦をまじまじと見つめてみる。
全くこちらに気づく気配が感じられないので、目の前に移動してみるも、視線が俺を捉えていなかった。
もう一度慎重に、今度は天彦の鼻の穴めがけて指を突っ込んでみる。しかしやっぱり、俺の指はその体をすり抜けてしまった。
別の男子も、女子も。肩に手をかけようとしても貫通してしまう。
「天彦のー! 好きな相手はー! このクラスにいるーっ」
試しに大きく声を出してみたが、やはり天彦からも他の生徒達からも反応はなかった。
うーん、これは……。
あまりにも俺がクラスで存在感がなかったから、ついに相手をすり抜けるほどにまで存在が薄く……うん、ないな。
そこまで考えたとき、ギィッと扉が開くような音がして、複数の人間が部屋へと入ってきた。
初老の男二人と、あとは……いわゆる甲冑をつけた男達がその周囲を守るようにして立っている。
「そなた達は、我が国の魔術師によって召喚された。勝手なこととは分かっているが、どうかこの世界を救って欲しい」
初老の男の一人が一歩前に出て、こちらを見渡すと話を始めた。
この世界は滅亡の危機に瀕していて、それを回避するためにうちのクラスの人間が召喚された。
危機が回避されたら、元の世界に送り返すことを約束する。
手を貸すのは数人でよく、残りはこの城で、世界が救われるのを待ってもらうことになる、などなど。
要約すると、こんな感じだろうか。
かなり衝撃的な内容で、みんな動揺しているようだ。
「き、危機って、魔王を倒すとかなんですか?」
「魔王? というのは分からんが、大陸の北端へと行き〈生み出すモノ〉を消し去ることが世界を救うこととなる」
クラスメイトの何某くん(名前忘れた)がじいさんに問いかけている最中に、じいさんの前まで出てみたが、クラスメイト達のときと同じで全く気にもされてない。
試しに鼻の穴に指を入れてみるも、予想通り貫通したし、じいさんが話を止めることはなかった。もちろん鼻くそもつかなかった。
ついでに壁際まで移動して手を伸ばしてみるが、俺の手は壁をすり抜けてしまい、なんの感触も感じられなかった。
……なるほど。
俺、この場にいないのかも知れないな。なんか幽体離脱的な?
もしかしたら過去の光景を見てるとか、白昼夢っていう可能性もあるか。
「それで、我々の救世主たる方々の特徴についてだが、その者達はどちらかの手のひらに聖痕が刻まれているはず。どうか聖痕のあるものは、進み出てほしい」
その言葉に全員が、一斉に自分の手のひらを見た。
聖痕のある人間は聖具に選ばれた特別な人間であり、聖具は非常に協力な武具らしい。また、印の描かれ方でどんな聖具を持つのかが判別出来るんだそうな。
俺も念のため確認してみたが、いたって普通の手のひらだった。生命線が気持ち短いのが玉にキズな感じも、いつも通りである。
周囲のクラスメイト達も、手のひらに聖痕がないことを確認して安堵の表情を浮かべている。
と、そんな空気の中で一人がすっと前へ進み出た。続いてもう一人。
この雰囲気の中で躊躇なく前に出るとか、すごいハートの強さだなと思って顔を見てみたら、なんと一人は天彦の片思いの相手である紬生清夏だった。
もう一人は紬生といつも一緒に行動している……たしか里見優羽? だったはず。髪は短めでどちらかというと地味な見た目
だが、そこそこ気は強そうに見える。
二人がじいさんに手のひらを向けると、そこには複雑な紋様が描かれていた。
「おおおお、この印は!! 聖剣に、聖杖だと……!?」
じいさんは大興奮で「王、これならば……!」などともう一人のじいさんと頷き合っている。奥のじいさん、王様だったのね。
それにしても、よりによって紬生清夏とは。
天彦のほうへと視線をやると、やはりというかなんというか、愕然とした表情で凍りついていた。
俺は近づいて天彦の手のひらを確認してみるが、そこに印は刻まれていない。
何度も自分の手のひらを確認しては、唇を噛み締めている天彦。
……まあ、想い人が命を掛けて世界を救う旅に出るとか、悪夢以外のなにものでもないよな。しかも、自分はその場にいることすら叶わないっていうね。
ちなみに、幸い? 俺はこのクラスに気になる異性はいない。
このクラスにはなぜか、眼鏡をかけた女子がいないのだからしょうがない。
強いて上げるなら国語教師の……いや、今はどうでもいいか。
俺は二人の他に、印のあるやつはいないか探してみる。
ついてない、ついてない……ついてない。
ついてない、コイツもついてな……いた。
て、このイマドキ珍しいくらいにチャラいアピールの激しいセンター分けロングヘアーは、紬生に良くちょっかいをかけてたチャラくてエロい下北沢くん(仮)じゃないか。
うわー、紬生のほうをチラ見しながら、めちゃくちゃ顔がニヤけてる。
世界を救う英雄的な自分を幻視してるんだろうか。
いやこの顔は、世界を救うための道中でいろいろと……なんて妄想まで膨らんでるのかも知れないぞ。
まあ、狙っていた女子を含む二人の女子との旅路だなんて、テンション上がっちゃうのも分かるよ。
ただし、その旅路に危険がなかったらの話だけど。
万が一道中でいろいろあるとしても、世界を救う旅なんて難易度も危険度も激高だろうし、絶対ワリに合わないと思うけどな。
まあ、下北沢くん(仮)はそんな深く考えるタイプではないか。
ふと、もう一度天彦へと視線をやると――目端に涙を浮かべ、唇を噛み締め、拳をギュっと握りしめていた。
その姿は、俺がげんなりしてしまうほどに痛々しかった。
「一応最後の確認だか、他に聖痕の刻まれた者は――」
「俺の手にもあんぜ!」
自信満々のドヤ顔で、下北沢くん(仮)が手をあげる。
前に出ると得意げに、手のひらを王に向けた。
じいさん達がザワつき、目をみはる。
紬生と里見が、露骨に嫌そうな顔したのを俺は見逃さなかったよ。うん、やっぱ脈ねーわ。
ザワめきが収まったあと、王がゆっくりと口を開いた。
「……そなたの手には、聖痕がないようだが?」