二話 白い部屋と石造りの部屋
防護服っていうのかな、有毒ガス発生のニュースとかのときによく写ってるような服。
なんか白くてゴツくて、顔にマスク付きのでかいヘルメットみたいなんが付いてるやつ。シュコーッシュコーって呼吸音出しそうなやつね。
ちょっと、宇宙服っぽくも見えるあれ、わかるだろうか。
その白いのを着た集団が家へと押しかけてきたと思ったら、寝間着のまま黒塗りのワゴンに押し込められて、あっという間に連れ去られた。
「今から君を国の医療施設に移送する。質問は向こうに到着してから受け付けるので、大人しくしているように」
防護服の下から聞こえるくぐもった声色の中に、ギャグやドッキリの類ではありえないような緊張感が漂っていたので、俺はおとなしく従うことにした。
というか、いきなり防護服の人間に囲まれるという非日常さに圧倒されて、逆らうなんて選択肢は思い浮かびもしなかった。普通にビビるよね。
しばらく車に揺られ、到着するやいなやこの真っ白な壁にかこまれた殺風景な部屋へと案内され、現在に至る。
ちなみに着ていた寝間着は無理やり脱がされ、シンプルな病衣へと着替えさせられた。
おずおずと「その服どうするんですか?」と聞いてみたら、そっけなく焼却処分するとのお返事だった。
病原菌扱いである。
これはやっぱ、そういうことなんだろうか。
マジでバイオハザード、起こっちゃってたんだろうか……。
このただっ広い部屋は、殺風景だがベッドはあり、温度調節もされてるのか不快感は感じない。
一箇所だけある出入り口が見たこともないくらいの分厚さで、こちら側からは開けられないようノブも取っ手もついてないという、絶対に出してやらんぞという強い意思を感じる仕様だってことを除けばだけども。
さて、そんな部屋の中で今俺は、防護服を着た男性?(顔もよく見えないし声も篭ってるので多分でしかないが)からこの状況についての説明を受けている。
「……つまり、うちのクラスは俺を除いて、全員失踪してしまったということですか?」
「そういうことになる」
まじか……。
ずけーなうちのクラスの奴ら。集団で家出とか青春映画か。
まあ、俺はそれにハブられてるわけだけどさ。クソが。
全員補導されてしまえばいいのに。そして内申が下がって二年後に後悔してしまえばいいのに。
というか、天彦でさえ参加してるっぽいのに自分だけハブられてるとか、かなりハートに刺さるものがあるんだけど。
「これはただの失踪事件ではなく……」
おっと、傷ついてる場合じゃなかった。
話に集中しないとね。
「最近はセキュリティに力を入れたマンションが増えてきていて、監視カメラがしっかり張り巡らされたマンションなどというのも珍しくなくなってきてるんだが……」
そんな、監視カメラの死角がないようなマンションに住んでいたヤツも、同様に失踪してしまったらしい。
監視カメラに帰宅する姿は写っていたのに、いつの間にかいなくなってしまったそうだ。
そして部屋から出る様子は、カメラに写っていない。
高層階なので、ベランダから出るようなことも不可能だろうとのこと。
ソイツだけでなく、どのクラスメイトも。
周辺のコンビニやコインパーキング等の監視カメラを含めて、全く失踪の痕跡が見つからない。
現金の持ち出しなど、事前になにか準備した形跡さえないとのこと。もちろんこれも全員が、である。
メッセージアプリなどにも、失踪につながるような書き込みはなし。
失踪というよりは、文字通り「消えてしまった」という状態らしい。
行方がわからなくなったタイミングには時間差があるらしいが、そこに法則性のようなものは見いだせていないんだとか。
バイオハザードかと思ってたら、なんか都市伝説みたいな話になってきたな。
どっちがマシかといえば、どっちも勘弁してもらいたいところだけど。
そんな冗談みたいな状況の中で、俺だけが消えていない。
だから保護したとのこと。
唯一の手がかり? というか見いだせる共通点としては、何人かがいなくなる前に熱を出していたということくらいらしい。
えっと、俺はとくに熱とか出してないよな。
スマホがバグって熱くなってたのは関係ないだろうし……。
思いつくのは、わざわざアラームかけてまで起きたってのに天彦が時限イベントをすっぽかして、怒りで体がホットになったことくらいだけど……まあ恐らく、こっちも関係ないだろう。
とにかく、この防護服の人いわく、なんらかのウィルスや細菌兵器、テロの可能性が濃厚だとのこと。
人間をドロドロに溶かして、そのまま気化させてしまうような、未知のウィルスが原因である可能性だってゼロじゃないらしい。グロいわ。
そういうことだから保護のため。
そして万一俺が溶けて消えてしまうとしても、なんらかの手がかりを得るためにここに連れて来られたらしい。
え、俺っていきなりドロドロになる可能性あんの……?
怖すぎるんだけど。
説明が終わった後は、休む間もなく血を抜かれたりなんか注入されたり、変なデカい機械の中に入れられたり等々、バカみたいな数の検査をさせられて、やっとこさ落ち着いたのはそれから三日も後のことだった。
「不便はさせないから協力して欲しい。学校は出席扱いになっているし、欲しいモノがあれば出来る限り用意する……なんて言われてもなぁ」
防護服の人に言われたことを思い出しながら、独りごちる。
試しにドクペとポテチを頼んでみたらあっさり用意して貰えたし、夕食にA5等級のフィレステーキなんてものをリクエストしてみても、これもあっさりと了承された。
思い切ってすでに絶版になったプレミアがついてる漫画を頼んでみたら、すぐには無理だが今日中には用意するとのこと。
至れり尽くせりである。
ポテチをドクペで流し込みながら、どうしたもんかと考える。
しっかし、クラスメイトが自分以外全員消えたってマジで言ってるのか?
ネトゲの限定イベントに天彦が来なかったのも、消えてしまったからなんだろうか。
そうか、天彦消えたのか……。
うん、あらためて思い直してみても、特に感傷的になったりはしないな。
他のクラスメイトにしても、特に親しい間柄の人間が居なかったことが幸いして、気が滅入るほどの悲しみに包まれることもない。
ぼっち大勝利である。虚しい。
そんなとりとめないことを考えていたとき、ふとベッドの脇のスマホが目に止まった。
……そういや、返却されたんだっけ。
衣類は着替えさせられ、その後焼却処分されてしまったらしいが、幸いスマホは処分まではされなかったようだ。
なんか「滅菌済み」てシールが貼られてるけど。
大丈夫だよな、壊れてたりしないよな。
電源は……入る。良かった。
壊れてたら新品を用意してもらえるんだろうけど、今のスマホには愛着がある。
それになんだ、あれな画像とかさ、ゲフンゲフンなゲフンゲフンがゲフってしまうからさ。
そういえば、うちのクラスの謎の失踪の件はニュースになってたりするんだろうか。
スマホを手に取り、ニュースアプリを起動しようとして――ん?
見覚えのないアプリアイコンが眼に止まった。
「聖玉? こんなアプリ、落としたっけ」
見覚えのない名前に、やはり記憶にない、紋様のようなものが描かれたアイコン。
なんとなく引っ掛かりを覚え、軽い気持ちで起動してみたら――アプリが開く際に出るエフェクトが、画面の中からそのまま画面外にまで広がっていく。
「うぇっ!?」
そしてさらに、視界全体を覆い隠したと思ったら――。
俺は、薄暗い石造りの部屋の中央に突っ立っていた。