十話 教育的指導
タマちゃんからの呼び出しを受けて俺は今、城の訓練場へと来ていた。
しかしなぜだろう、分からない。
不思議なことに、到着するなりタマちゃんに命じられ、地面に正座させられているのだ。
「……あのさ、タマちゃん? なんで俺は正座させられてるんだ?」
「ジメイ、我々の目的は分かっていますね?」
「ああ、天彦の恋を成就させることだろ。流石に忘れてないよ」
「本当ですか? では聞かせてもらいましょう。具体的に、あなたはどうやってアマヒコさんの恋を成就させる気でいるのか」
なんだよ、どんな話をされるのかと思ったらそんなことか。
ふぅ、身構えて損したぜ。
俺だってそこは、ちゃんと考えてるよ。
「どうやってってそりゃ、簡単なことじゃん。〈交信〉さえ使えるようになりゃコミュニケーション取れるようになるんだからさ、紬生清夏に事情を説明して『アリスレンティアを救うために、天彦と付き合ってくれ』って頼めばいいだけだろ?」
「…………」
……あれ?
自身満々で答えたのにタマちゃんからの返事がないぞ。
それから気のせいか、スマホ画面で揺れる聖痕の光が若干陰ったような。
「……アホなのですかあなたは? そんなやり方で人の恋を成就させると? 偽りの愛で、天彦さんの気持ちがきちんと発露し続けると思っているのですか?」
いやーどうだろ、天彦だしなぁ。
すんなり騙され続けてくれそうな気もするんだが。
そう思ったものの、空気を読んで口に出すのは止めておく。
「それに、もしそのアホな作戦をキヨカさんが拒否したらどうするつもりなのですか?」
おかしい、さっきからタマちゃんが辛辣なんだけど気のせいだろうか。
さては、俺の作戦に穴がないかと心配してるのか?
だが安心して欲しい、ちゃんと拒否された場合のことも想定してあるからさ。
「拒否されたらってそりゃ、あらかじめ〈ログ〉機能を使って紬生を観察しておいてだな、なんか適当に弱みでも握って――」
「念のため確認しておきますが、それはもちろんギャグで言っているのですよね? ジメイ?」
ゾクリとした。
いつもと変わらぬ機械音声なのに、なんか声色に宿った威圧感がすごい。
スマホ画面の中でも、聖痕の光が黒々と燃え盛っている。
うん、これ間違いなく怒ってるよね。
「もちろんギャグに決まってるじゃーん」
身の危険を感じたので、そう答えておくことにする。
「ジメイが人の道から外れたゴミ畜生ではないようで安心しました。では改めてお聞きしましょうか。どうやってアマヒコさんの恋を成就させるつもりなのかを」
「それは、えっと……」
「……ジメイ?」
「「……」」
俺は深呼吸をして姿勢を正し、俺に出来る精一杯さわやかな微笑みを浮かべたあとで、
「すいません考えてませんでした許してくださいッ!」
両手をついて、謝り倒すことしか出来なかった。
◆◇◆◇◆◇◆
「……はぁ、やはりロクなことを考えていなかったのですね。方針に同意したわりにはアマヒコさん達を見る目に、情報を得ようという気配を感じなかったのでおかしいと思っていました」
タマちゃんは呆れたように言葉を続ける。
「いいですか、ジメイ。恋路を応援するという方針は変わりませんが、強制はいけません。愛情とは強制されるものではなく、お互いが惹かれ合うことで育まれるものなのです」
なるほど……と、神妙な顔で頷く俺。
いや、だって今日のタマちゃん怖いんだもん。
「恋愛経験の乏しいジメイには酷な話かも知れませんが、もっとしっかり向き合ってもらわないと」
「おいおい、俺の恋愛経験が乏しいって決めつけは良くないんじゃ――」
「アドレス帳からメール系アプリの友だち人数まで、一通り把握したうえでの推測なのですが間違っていますか?」
「……いえ、間違ってません」
ほんと、タマちゃんは出来るアプリだなコンチクショウ。
「そもそもジメイは他者にもっと意識を向けるべきです。恋愛感情や距離感といった人間関係の機微を読み取れるように、しっかり救世主達を注視して下さい。特にアマヒコさん以外の二人について」
うっわー、なにそれすんごい難易度高そうなんだけど。
そんなん簡単に出来るなら、とっくに友達百人突破してるわ。
「うーん、そうは言ってもなぁ。失敗出来ないミッションなわけだしさ、過去ログを使って、せめてヒントを集めるくらいは……」
「友人の想い人のプライベートを覗き見ると?」
「……友人かどうかはひとまず置いておくとしてだな、異世界にいるクラスメイト達を救うためだって考えたら、多少の犠牲は止む終えないんじゃないか? ほら、人命には変えられないだろ?」
俺だって辛いんだよ、わかってくれないか?(キリッ)
そんな表情を作ってタマちゃんに問いかける。
「……そうですか、仕方がないですね。確かに人命には変えられません」
おおお、言ってみるもんだなー。俺の言い分が通ったみたいだ。
「――ただし、キヨカさんだけが一方的にプライバシーを侵害されるというのは不公平でしょう。ジメイの『といったーの裏アカウント』をキヨカさんに……と言いたいところですが現状では不可能ですので、代替案としてご両親に送信することで等価交換ということにしましょうか」
「……え、ちょっと――」
「あなたのメガネに対する偏執的な想いがご両親に露見するくらい、クラスメイト達の命に比べれば大したことじゃない。そうですよね、ジメイ?」
「うん止めとこ。人様のプライバシーを覗き見るとかゲスの所業だと思う」
俺はキッパリとそう告げた。
◆◇◆◇◆◇◆
「それでは改めて、正攻法で恋が実る方法を考え応援していく。そういう方針でよろしいですね?」
「……よろしいです」
「明日からは恋愛というものにしっかりと向き合うように。いいですね?」
「……はい」
「大丈夫です、ジメイには私が付いていますから。私と一緒に取り組めば、恋愛マスターになることだって夢ではありません!」
「……いや、恋愛マスターとか全くなりたくないんだけど」
「なにか言いましたか、ジメイ?」
「……なんでもありません」
「それでは早速、現状の確認から――」
◆◇◆◇◆◇◆
そんなこんなで朝が来て、救世主達にとっての険しい救世の旅の始まる日。
それがなぜか、タマちゃんから指南を受けつつ、恋愛感情や人間関係について学ぶ日々の始まりになってしまったのだった。
前話、今話と描写不足を補う回にするつもりだったのですが、結果ただの蛇足回に……。
救世の旅は次回から。救世主三人の描写も増やしていく予定です。




