散歩
休日。電車を三本ほど乗り継ぎ、適当に名前も聞いた事のないような駅で降りる。
駅前の商店街を小一時間ぶらつき、小腹が空いたのでラーメン屋に入る。まあまあの味の醤油ラーメンで腹を満たした後、今度は商店街を抜けて、郊外に足を伸ばす。
テレビ番組でたまに見かける、街ぶら、散歩番組と言えば伝わるだろうか?
私は趣味で、そんな散歩番組の真似事をしている。もっとも、私の場合はテレビカメラが回ってる訳でもないので、無駄に店の店主に話かけたりはしないが…。中には私の事を、変わった寂しい奴と思う人もいるかもしれないが、私はそれでいいと思っているし、趣味とは大体その様なものだ。
人通りの少なくなった道を歩いていると、突然おばさんに声をかけられた。
「あら、あなたさっきも会ったわよね。」
「え?」
このおばさんに会うのも、この町に来るのも初めてなので、勿論そんなはずはない。私は言った。
「いや、お会いするのは初めてですが。」
「嘘よ、その緑色のTシャツに黒いリュック、間違いなくあなたよ、からかわないで。」
冗談と受け取られた様で、おばさんは笑いながら歩き去っていった。おばさんは、きっと私に似ている人間と見間違えたのだろう。同じ服装とリュックの人間など珍しくもない。
歩き疲れたので、喫茶店に入る。すると、店のマスターが笑顔で、
「あ、いらっしゃい。またいらしたんですか?」
と言ってきた。
「…また?」
さっきのおばさんと同じだ。私はこの喫茶店に来るのは初めてだ。マスターに言う。
「それは多分人違いですよ。私はこのお店に来るのは初めてなんで。」
「何言ってるんですか、五分ほど前に出ていかれたばかりじゃないですか。」
「五分前? そんなはずは…。」
何かがおかしい。何かが変だ。立て続けにこんな事が起こるものなのか?
ここまでくると、私は、私に似ている人間に俄然会ってみたくなった。マスターは五分前に店を後にしたと言っていた。走って追いかければ間に合うかもしれない。
注文もそこそこに、急いで喫茶店を出ると、マスターに教えてもらった、その人間が向かった方角に走った。
しばらく走ると、いた。黒いリュックに緑色のTシャツ。そいつの後ろ姿を視界に捉える。自分で言うのもなんだが、本当に似ていると思った。自分で自分を客観的に見たら、おそらくこんな感じなのではないだろうか?
その男まであと少しと迫った瞬間、車の急ブレーキ音と共に歩道にトラックが突っ込み、男が跳ねられた。
一瞬の出来事だった。
私は茫然と立ち尽くしていた。目の前で起こった事故に衝撃を受けているからではない。私は確かに見たのだ。トラックに跳ねられる直前の男の顔を…。
トラックが突っ込む直前、男はこちらを振り向いた。男の顔、それは紛れもない私だった…。
周りが何やら騒がしいのは、野次馬が集まってきたからだろう。ふと私は思った。
「自分の人生で一番最後に見るのは自分…。」
数分後の自分の身に起きる出来事を考えると、どうしてもそう思わずにはいられないのだった。