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ゆうしゃとめがみとまおうのはなし

作者: わたり

「後藤さん、取り皿こっち寄越して」

「はいどうぞ。ナナさーん、ご飯ですよぉ」

「少し待て、今良いところだ」

 炬燵から身を乗り出し、平原樹はコンロの上に置かれた土鍋の蓋を開けた。鍋から湯気が立ち上る。

「樹さん、わたくしのお皿にはお豆腐入れてくださる?」

 長い髪を無造作にまとめ上げた後藤が、台所から飲み物を乗せた盆を運びながら注文を入れた。


 樹からは便宜上「後藤さん」と呼ばれてはいるが、本名ではない。こう見えても、かつては正真正銘の女神であったらしい。

 初めて出会って名を聞いたら「わたくしの名は人の身には理解できなくてよ」と言われ、本当に発音が理解できなかったので、「god」からなぞらえて後藤と呼ぶことにした。「女神ならgoddessじゃないかしら?」と笑われたが、特別に文句はないらしい。


 壁に寄りかかり携帯ゲーム機をいじっていたナナが切り上げてやって来たのを見計らって、鍋から人数分の具を取り分ける。

「ナナ、野菜もちゃんと食べろ。成長に悪いぞ」

「別に良い」

 つまらなそうに返ってきた言葉を無視してたっぷり野菜をよそってやる。


 見かけは7~8才くらいの少年に見えるが、彼の実際の年齢は樹も後藤も知らない。以前は魔王と呼ばれる存在だったという。正確には、元・魔王だが。

 本当の名は長すぎて自分でも覚えてないから名無しで良い、と言われ、それからナナと呼んでいる。後藤は可愛い呼び名ねと評し、本人は小さくフンと鼻を鳴らしただけだった。


 和風だしの鍋が香り、樹の食欲を刺激する。人間ではない後藤とナナは食事は必要としないが、かといって食べられないわけでもないらしいので、夕飯にはこうして食卓を囲むのが常となっていた。

 水を一口飲んでから、リモコンでテレビの電源を入れる。

「ナナ、アニメでも観るか?」

「興味ない」

 ナナは画面に顔も向けず、行儀悪く箸で白菜を八つ裂きにしながらそう応えた。それはそうか、と樹は笑う。その外見から、ついつい子ども扱いしてしまう。


 横から手を伸ばして樹の持つリモコンを取り上げ、後藤は好き勝手にチャンネルを変えた。

「ゾンビを撃ちまくってスカッとするような番組ってありませんの?」

「…いや、家族団欒の時間帯にそういう内容は期待できないんじゃないかな」

 それを聞いて、元女神は残念そうにリモコンを返してきた。

「あんた本当に女神やってたの」

 呆れたような樹の問いに、後藤はつんと顎をあげる。

「そんなのとっくに廃業ですわ。それと、他人に向かって『あんた』呼ばわりは失礼ですことよ」

 そう言って立ち上がると、冷蔵庫から冷えたビールを取り出してきてその場でプルタブを開けた。ぷしゅっと軽い音がする。


 ビールの缶を揺らしながら炬燵へと戻り、後藤は小さくため息をつく。

「わたくしね、あちらの世界では可愛い人の子たちのためにあれやこれやと一生懸命手を尽くしましたのよ?悪魔の侵略が始まれば危機を乗り越える知恵を与え、運命の迷い子たちに正しい道を示し。でも、最後にあの子たちはわたくしに剣を向けて『貴女の玩具として管理されるのはもうまっぴらだ』ですって。ご丁寧に厳重に別の世界へ封印までしてくれて…わたくしのしてきたことは一体何だったのかしら」

 そう言って、手の中で弄んでいたビールを一口飲んだ。


 彼女の独白を聞きながら樹は黙って鍋からおかわりを入れ、ナナは無残にもばらばらになった白菜をいたずらに箸で弄んでいた。

「人の心変わりは早いものね。ねえナナさん、そう思わない?」

「別に」

 ナナはその外見に不似合いなほど冷たい口調で言った。

「魔王の座など俺は興味もなかったし、しがみつくような価値もない。ただ、宰相はそうは思わなかったのだろう。だから目障りだった俺をあの世界から放逐した、それだけだ」

 冷淡な言葉のどこまでが彼なりのプライドなのか、あるいは全て心からのものなのかは、樹もよくわからない。


「…後藤さんは、人間たちを恨んでるのか?」

 樹の問いに、後藤はしばし沈黙する。そして遠い世界に想いを馳せるように、アクアマリン色の瞳を伏せた。

「そりゃあ、腹は立ちますけれど。あの子たちに恨みを抱いているわけではないのよ。そうね、例えるなら反抗期を迎えた子に対する親のような思いかしら。本当は愛しい子らの独り立ちを、喜ぶべきなのかも知れないわね」

 そう言って再びビールに口をつけ、樹へと顔を向けた。

「貴方はどうなの、勇者さま」

「元、な」

 肉団子を口に放り込みながら訂正する。


 そう、かつて樹は別の世界で「勇者」と呼ばれ称えられたことがあった。

 勝手に名づけられた望んでなどいない称号。勝手に連れてこられ、勝手に旅立たされ、勝手に苦難を強いられ、たくさんのものを犠牲にして使命を果たし戻ってみれば、表面だけの賛辞と、早々に元の世界へ帰る道を示された。平和さえ戻ってくれればもう「勇者」などに用はないのだと、その世界へと呼び出した彼らの表情が言外に告げていた。


 そうして別々の世界でお払い箱になった者同士、この世界で鍋をつついている。


「女神と勇者と魔王が、こうして出会ってお食事しているなんて不思議ねえ」

「女神廃業したんじゃなかったの」

 後藤の言葉をそう茶化すと、細かいことは良いの、と唇を尖らせた。少し酔っているのかもしれない。

「そう言うお前は、勇者に戻りたいのか」

 ふいにナナからそう問われ、樹は口に運びかけた箸をぴたりと止めた。


 かつて仲間だった者たちの顔を思い浮かべる。決して望んで引き受けた辛苦の道ではなかったが、旅を通して共に過ごせば情も湧き、掛け替えのない仲間だと言ったことも、言われたこともある。

 それでも、最後は一人元の世界へと繋がる扉へ向かう樹の背を、誰も引き止めようとはしなかった。

 先ほどの後藤の台詞を思い出す。きっと自分も、そんな彼らを恨んではいないと思う。


「…同じ非日常っていうんなら、俺はこっちの方が良いかな」

 そうして示した先のテレビ画面では、人気の大型テーマパークが紹介されている。

「この世界の人間たちの娯楽か」

「あら、良いわね。明日は樹もお休みでしょう、皆で行きましょうよ。ゾンビを撃てる出し物もあるかしら」

「残念だけど、多分ないと思うよ」

 切り替わった天気予報で明日は快晴だと告げている。きっと混むだろうな、と思いながら、樹は少し笑んだ。

12/30、キャラの名前をちょっとだけ変更しました。こっちの方が自然かなと思いつつ、なんだか一層シュールになった気がします。

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