RED「SAMURAI」
ユニと僕で剣術場の近くへ着いたが、そこは凄まじい熱気と炎に包まれていた。用具入れの小さな小屋が燃えていた。幸い今は鎮火していて、大きな建物は燃えていない。
「そこにいるのは誰だ?」
と、揺らめく炎の先から声が聞こえてきた。若い男の声だ。
「この騒ぎはお前の仕業か?」
怯まずに問うと。
「まず名乗らんか!」
「はい?」
何だこいつは?いきなり怒られた。
「俺の名は火河緋鷹だ」
名乗りながら炎の中から現れた姿は、刀を持ち袴のような服で赤髪を後ろで一本結いにしていた。
「お前らの名は?」
「――ヴァリー=アウェイだ」
「そっちの銀髪のお嬢さんは?」
「ユニス=フォラント」
ユニもすごく嫌そうな顔で名乗る。
「うむ、まず初対面の相手には挨拶だ!覚えておけ」
「は、はぁ・・・」
なんだこいつ。
「で、これは貴方がやったのかって訊いたんの!」
ユニは半ギレで聞き返す。
「そうだと言ったら?」
「職員室に突き出す!!」
言った後少し考えたような仕草をして。
「とりあえずボッコボコにしてからから職員室に突き出す!!!」
わぁ・・・言い直したよ。ていうか目が怖いよ。目が。
「い、いやユニ。ちょっと落ち着こう」
どうどうとなだめる。
「とりあえず怪我した人がいないか見てきて」
ユニは緋鷹を睨みつけながら怪我人がいないかを探しに行った。
「で、素直に連れていかれは・・・しないよな」
「職員室を探していたから丁度いい―――」
言いかけた言葉を切って、待てよとか独り言を言い出した。
「いや、連れていかれる訳にはいかんな」
言って僕に刀を向ける。
「得物を出せ。何かしらの武器は持っているのだろう?」
なんだろう、この流れ。戦うかんじなのだろうか?
「何なのかな?もう・・・」
渋々腰に装備した武器のうちから、小剣を取り出し構える。
「まあ、やるからには本気でだな」
刃先を横向きに、徒手の左手は強く握りこむ。
緋鷹も手に持っていた日本刀を構えた。両手で握った刀の剣先は右下に、低く腰を落とした構えだ。
剣術場前が緊張感に支配されていく。
視界の端で揺らめく炎が鬱陶しく思えるくらい、相手を正面に見据えて集中する。
「ほう・・・」
何か感心した様子を見せたが、もう興味はない。
「では・・・参る!!」
刀を構え突進してくる。さっきのレジスタほどの速さはないが威圧感は段違いだ。
「はっ」
ぶぅん
ガキッ
右手からの横薙ぎの一閃を小剣と体で受け流して
「でやぁぁ!!」
その勢いで火河に左拳を叩き込む。
だが。
「見えてるぞ!」
あろうことか更に踏み込んできた。僕はバランスを崩し、その隙に奴は弾かれた方向からもう一度切り込もうとしている。
「くそっ」
緋鷹を蹴飛ばし、無理矢理飛び退いた。
一瞬怯んだ様子だったがすぐに立て直し、切り込もうとしていた刀に炎を纏わせていく。
「灯火刀――――――燕!」
目の前に炎刃が迫ってくる。
「くそっ!」
着地と同時に右に転がりギリギリで躱すが、立ち上がり向き直った瞬間に、再び距離を詰めてくる。
袈裟切りを躱して次の横薙ぎを小剣で受け止める。
「重っ」
なんとか受け止めた刀を横に流して回し蹴りも撃とうとするが、それも後ろに下がって躱される。
剣術場に小剣と刀が弾ける音が止めどなく響く。
何度も剣戟を全身で流し続けるが、正直いっぱいいっぱいだ。流石にまともに打ち合うのは不利だな。
「・・・よし」
ほんの少しだけ考えた後、今度はこっちから距離を詰める。
そして目の前で体を低くしながら右へ急激にステップする。
緋鷹の一閃は空を切る。
「ふっ!」
低い姿勢のまま左アッパーを放つ。拳は顎をとらえ、緋鷹の頭を跳ね上げる。右の小剣で追い打ちをかけようとするが。
―――ぞわっっ
悪寒に襲われとっさに引く。
「良い勘だ。これなら少しだけ本気を出せそうだ。」
首をゴキゴキと鳴らしながら構えなおしている。その姿にはさっきとは比べ物にならない気迫が宿っている。
「行くぞ」
こちらも構えなおして―――
「え?」
構えた直後、すでに緋鷹は目の前だった。さっきまでとは比べ物にならない速度だ。
横薙ぎを小剣で受け止めるが、そのまま体ごと弾き飛ばされてしまう。速度だけではなく威力も一段階上がっていた。
「手を抜いていて悪かったな!少しだけ本気を出すぞ。お前もまだこんなもんじゃないだろ」
「っ・・・」
無茶言うなっての。
でもこれは・・・仕方がないか。あいつ相手に流剣型は無理そうだしな。
拳襲型でちょっと痛い目にあってもらおうか!
体は、まだどこも痛まない。全力で行けそうだ。
「よし」
小剣を腰に戻して、ブラス・ナックルを装備して構え直す。
今度は右手を前に置いた構えではなく、拳を顔顎の前近くに置いて脇を締める。所謂ファイティング・ポーズだ。 その隙に足払いをかける。
「行くぞっ!」
さっきと同じ構えで突進してくる。
突きを首だけで避ける。そしてそのまま回り込んで左の裏拳を放つが、体を反らして避けられる。
続けて右からのワン・ツー。これは顔面にヒットする。
「シッ―――」
止めに右ストレートを放つが、突然緋鷹の姿が消える。
「うおっ」
直後、腕を取られて投げ飛ばされる。そう、文字通り投げ”飛ばされた”。
「ウソだろ」
何とか緋鷹の方に向き直るが、すでに刀を構えなおし、
「『灯火刀』――――――」
またあの炎刃を放とうとする。
あ、まずい空中でこの体制じゃガードも間に合わない。
そう思い覚悟を決めた瞬間。
「あぁぁやっと見つけた」
声が聞こえ、攻撃が止まった。
「あいたっ」
ドサッ
受け身も取れずに地面に落ちてしまう。
「着いたらすぐに事務室に来るように言っておいたじゃないですか」
声の主は戦技教官のフェアル=ヴァレンスさんだ。肩ぐらいまでのウェーブのかかったグレーの髪に眼鏡に白衣と、科学者かなんかのような格好をしている。
いつも眠そうにしている。
「おぉ、そうでした!道場を見つけて、つい相手をしていていました」
はっはっはと笑うこの男には全く戦う意志が見えない。
「えーと…どういうことです?」
さっぱり状況が分からない。混乱する頭で訊いてみた。
「君は、えーと……そう、ヴァリー君だね」
「はい」
「へぇ~火河君と戦ってまだ立ってられるなんて凄いねぇ」
僕の様子を見て言った。
「まあ、ほんの少しだけですけど……」
後半は全く歯が立たなかったけど。
「いやいや、そんな事はないよ」
「いや、まあそれは良いんですけど、誰なんです?この人」
「ああ、この人は・・・まあ名前は知ってるみたいだね」
先生の態度からして侵入者とかではないみたいだけど。
「来週からここで戦技教官をやってもらうんだよ」
そうか、戦技教官の人だったかぁー・・・
はい?え?え?
「ええぇぇぇぇぇぇ!?」
「うわっ!」
口に出てくる位驚いた。
「びっくりしたなぁ。そんなに驚くことかな?」
いやいや、周り見てないのこの人。
「?」
先生が周りを見渡して、ようやくこの惨状に気がついたらしい。
「――火河君?」
ビクゥと緋鷹が震える。
「何ですか?これは」
顔を向けずに訊いてくる。
「い、いやなこの男と試合をしていたのだ。それでこの有様だ」
あまりの迫力に火河はしどろもどろになっている。
――ゴゴゴゴゴ
どこからかそんな擬音が聞こえる。ような気がする。
目が笑ってない笑顔が恐ろしい。
「まあ、生徒の指導中にこうなってしまったのなら仕方ありませんかねー」
そんな様子で言っても怖いだけなんですけど。と思ったが、胸の中にしまっておいた。
「修理費用は給料から差し引かせてもらいますので、そのつもりで」
「うぅ・・・」
「それではヴァリー君。また戦技指導の時に会いましょう」
フェアル先生は手を振りながら去っていく。それと入れ違いにグリフィーがやって来た。
「ヴァリー!どうなった?」
心配してくれるのかと思いきや。
「どうした?アホみたいな顔して」
「誰がアホだよ!!」
何だよ、まったく。
「まぁ、哀れだなぁと思ってさ―――」
真っ赤だった髪が真っ白になってる。気がする。
「自業自得だね」
戻ってきたユニが止めを刺した。
バタッ
あ、死んだ。
――――キーンコーンカーンコーン
終業のチャイムが鳴った。
「帰るか」
「――そうだな」
真っ白になった男を横目に家へ帰るのだった。
「ところでグリフィー」
「どうした?」
「レジスタはどうしたの?」
「あぁ、あの後審判が呼び出されて後日の試合になって終わった」
「そうなんだ」
「俺としては決着をつけたかったがな」
残念そうに言った。
――――――――――――――――――――
次の週。
「新しく戦技教官をやることになった火河緋鷹だ。宜しく」
剣術場で赤いジャージ姿に竹刀の火河が挨拶した。
どうもこの人相手に敬語を使う気になれない。初対面があれだからかな?
まあ、どうでもいいや。
「ヴァリー、早くしろ」
「行くよー」
二人が呼んでる。
「ああ今行くよ」
何にせよ、騒がしくなりそうだな・・・。
次章へ続く