世界:もしも世界が変わったなら
初めまして、そしてよろしくお願いします。
頑張っていきます。
人界歴3842年、6月22日。
その日も、三槍統矢はいつもと変わらず学校に向かっていた。
学生という「学」ぶために「生」きる、人権もクソもない理不尽極まりない立場において、「やれ」と言われればさらにやりたくなくなるという怪奇現象は例外なく彼にも働いており、つまり何が言いたいかというと、彼の鞄はすっからかんに近かった。
ダラダラと惰性で続く毎日。なんだか納得できないほど、普通の日常。
彼は、突然そこから救われることになった。
やや、いや、かなり乱暴に。
「……はぁ」
彼、三槍統矢がその時何を思っていたかというと、
「暇だ……」
だった。
ずっと前から彼は、時たま、何かが違う、という感覚を味わっていた。
この日常が……どこか間違っているような。
「……科学」
それは、彼にとって、未だに新鮮さが残る響きだった。
まあ、そんな人間は、この魔術がはびこる世界の中で、彼だけではないかもしれないが。
ここは、魔法の世界。
人類史において、原初、というと、どの部分か分かりづらいだろう。
正確には、人類が火を手に入れたあたり。
その時に、人類は二つの選択肢を突き付けられたという。
「魔法」を選ぶか、「科学」を選ぶか。
2つのうち、1つを極めねば、片方を選ばねば、生物として強くなれない。
人類は、そう悟った。
まだ知りえない概念二つ、どちらを選ぶかは完全にランダムだったと言っていい。
果たして、人類は「魔法」を選んだ。
話を戻そう。
統矢にとって、科学は憧れだった。
この暇で退屈でつまらない日常を、変えてくれるかもしれない。
もちろん、本当にそう思っているわけでわない。
断わっておくが、彼は、夢見がちな無能な少年ではないのだ。いや、むしろ彼はかなり現実的な考え方をする、堅実な少年と言っていいだろう。
そんな彼だが、しかし、科学の存在だけは何故か否定しない。肯定するわけでもないが。つまり、半信半疑、だろうか。
否定しない理由は、本人にも分からないのだが。
まあ、とにかく彼は、
「暇……」
なのだ。
「科学の鎧を着た少女が無理やり俺を戦場に連れ出して……とか、さぁ」
ありえないと、思う。
そんな奴がいれば、ニュースとかにもなるだろうに。
常識的に考えて、良識的に考えて、ありえないのに。
なぜ認められないのだろう。
そんなことを考えるうちに、統矢は目的地にたどり着いた。
そこには、何もなかった。
それはそうだ。人類は既に、建造物の三次元展開を果たしていたのだから。
統矢は上を見上げる。そこには、人類の作り上げたジャングルが広がっている。
統矢の通う学校も、その中にある。
「さて……行きますか」
ふわり、と統矢の体が浮かび上がる。
人類が身に付けた、一番最初か、それに限りなく近いといわる魔術。
飛行。
それは、全身に魔力を循環させることにより、重力から解き放たれることができる魔術。
この魔術のおかげで、人類は圧倒的に他の生物より優位に立ったといっていい。外敵から身を守るのも、またそれを滅ぼすのにも、それは完全に生かすことができた。
が、そんな素晴らしい魔術も、彼ら現代人にとっては、所詮は1つの交通手段のようなものとなっていた。
統矢は、もうそんなものには、慣れきってしまったのだ。
「飛べても、いいことなんてなぁ……休日は混むし、はっきり言って憂鬱と言うか……」
ため息を1つついて、
「科学が進歩すればなぁ……もっと楽しい世界になっただろうに」
そうつぶやいた時、
「おーい、統矢ー!」
後方ならぬ、下方から声が届いた。
統矢は、魔力を制御し体を翻して、今まさに飛んでくる声の主を発見した。
「おーい、義人~!」
「すまんすまん、いろいろ準備していたら遅れてな」
隣まで飛んで並ぶ少年は、統矢の唯一無二の親友だった。
その名は、片葉義人と言う。
「お前、普段は真面目なのに珍しいな。遅刻するかもだぞ」
「いや、ホントごめん、俺もまさか送れるとは思わなかったよ」
「遅刻したら皆そう言うよな」
「そう言うなよ」
ハハハ、義人と気さくな笑みを浮かべる。
「それよりか、ちょっといいか?」
「どうした?」
「うーん……ちょっと用があるんだが……とりあえず、できれば何も聞かずついて来てくれ」
ゴッ、という音とともに、義人は飛び去っていく。
「どこに行く気だ……?あいつ、学校は……?」
統矢は訝しげに呟いたが、しかし彼は、何も聞くなと言われたら聞かないくらいには、親友を信じていた。
「まったく……遅刻は確定だな」
そう言って統矢は自らの親友を追いかける。
「おーい、どこに行くんだー?」
その問いにも答えず、義人は飛んでいく。
そして、ビルの隙間、路地裏に入っていった。
「……? あいつ……本当にどこに?」
もう十何年も慣れ親しんだ魔術だ。完全にマスターしているし、だからこそ飛ぶことが目的というわけでは絶対にないだろう。
では、何故……、と、その疑問はしかし、路地裏に飛び込んだ瞬間に吹っ飛んだ。
そこには、義人の姿はなかった。
「な……義人、どこに……」
その時、ちらりと彼の視線を何かが掠めた。
しかし、彼がそれを見ることは叶わなかった。
次の瞬間、彼の意識は、刈り取られた。