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08

 皆が寝静まった時間帯に、田中家の玄関がそろりとスライドされた。

 家の者達を起こさないように、ゆっくりかつ慎重に引かれる扉。

 少し開いた隙間から、携帯を手にした真希がそろりと顔をのぞかせて扉の外で佇む者を確かめると、彼女は更に扉を開いて顔を綻ばせた。


「おかえりなさい。マサキさん」


 出迎えて貰ったマサキも至極嬉しそうに目元を緩めて、小柄な愛妻をぎゅむと抱きしめた。

 

「はい。今帰りました」


 未だに抱きしめられるのに慣れていないのか、真希はマサキの腕の中で小さな悲鳴をあげて硬直した。そんな彼女の反応が面白くて、マサキは腕に力をこめて更に抱きしめると小さく笑った。

 そして彼女の耳朶に唇を寄せて、ここ最近の習慣になっている言葉を囁く。


「……そろそろマンションの方に帰れそうですか? もういいでしょう? 二週間たちましたよ」

「うっ……! ま、まだ魔窟に手を入れてない……です!」

 

 マサキの吐息が耳に吹きかけられ、顔を真っ赤にした真希はどもりながらも現在の状況をいつものように説明した。

 あの日、真希が玄関で羞恥プレイを皆に披露をしてマサキから実家に居てもいいという許可を貰って約二週間がたった。

 つい最近になって、花嫁修業と称した嫁ぎ後修行を黙々と続ける真希を不承不承ながら認めた母から、最終試験が言い渡された。

 それが真希の使っていた部屋(魔窟)の掃除であった。

 長年溜めこんだ雑多なモノ達は、一日二日で片付く量では無かった。そもそも、捨てられないモノ達がその部屋にあるのだ。とうぜん部屋に入った真希は懐かしのモノたちを手にしては想いを巡らせ、漫画を読みふけり時間が過ぎて行く日々が続いていた。


「まだ……手を入れてない……? この二週間、何をしていたんですか?! な に を !」

「ええと……。要らない本を捨てようと本棚に手を入れて(漫画を読んだり)、その後に、机の引き出しに行って(昔の写真を見たり)……。他には……」


 もごもごと言い訳を言いながら口ごもる真希の耳に口を近づけて、マサキはこの二週間どのように自分が寂しい日々を過ごしていたのかを切々と訴えた。その弁は次第に力が入り、それと連動するように腕にも力が入っていたようで、ぎりぎりと真希を締めつけた。

 妙な声をあげる真希を締めながら、マサキは目を細めて腕の中で悶える彼女に訊ねる。


「……真希さん。遊んでた訳ではないんですよね?」

「ないないっ! (多分)遊んでないから! (七割方は別の事に気をとられてたけど)必死にやってたんだから!」

「……本当に?」



 マサキが疑わしげに声を低くして真希の顔を覗き込むと、彼女はその追及から逃れようとすいと視線を逸らした。

 わかりやすい真希の態度に苦笑を洩らしたくなったが、マサキはぐっと我慢して、彼女を抱き締める腕に更に力をこめた。

 真希は月の様に細まったマサキの目を見ながら、彼の胸をばんばん叩きながら苦しいと訴える。


「――ふぐっ! ……ギ、ギブ! ごめんなさい。嘘つきました!」

「まったく……。一体いつになったら家に帰ってくるんですか。やっぱり今度の休みに俺が手伝いますよ」

「いやいや! 手伝いは無用です! 自分でやらなきゃ意味が無い! それにほら、誰だって人には見られたくないモノの一つや二つや百ぐらいは有るでしょう?」

「…………一つくらいならわからないでもないですが、百は多すぎると思う」


 盛大な溜息をつきながら、マサキは真希を締めていた腕を緩める。

 天を仰ぎながら眉間に入った皺を揉みこむと、マサキは、何かが閃いたような表情を浮かべ、直ぐに真希の肩をぐっと掴んだ。


「じゃあ、今度の休み前に俺がここに泊りこんで、真希さんがさぼらないように見ている事にします!」

「それって監視なんじゃ……?」

「違います! 真希さんを見ているんです! 手伝うんじゃないんだからいいですよね。そうでもしないと一緒の時間がとれないじゃないですか。想っているかこそ傍に居たいと思うんですよ」


 マサキは怖面を綻ばせて、「ね?」と真希に同意を求める。

 その怖面を綻ばせたマサキの期待に満ちた瞳を拒否できなくて、真希は脱力しつつ頷いた。


「よかった。これで今度の休みはずっと一緒にいれますね」


 再びぎゅむと真希を抱き締めて、彼女の柔らかい唇に軽く口づけると満足した様子で車に乗り込み、田中家を後にした。

 去っていく車を見送りながら、真希は自らの唇に指を当てて、ここ最近のマサキの行動に想いを巡らせた。

 朝昼晩のメールと電話は欠かさないのは以前とかわりが無いが、ここ最近は仕事帰りで疲れているにもかかわらず田中家に寄って、真希の帰宅を促すようになった。

(無理をさせたい訳じゃないのに、無理をさせてるよね……)

 結婚した当初、真っ青な顔で倒れたマサキの姿が脳裏によみがえる。当時は、夏真っ盛りの時期に黒い服を着て熱射病にでもなったのかと考えていたが、今は違うとわかる。仕事と家事で無理をした結果だったからだ。

 その時の事を思い出し、手で胸の部分の服を握りながら俯き少し考えた後、真希は決意を固めたように前を向いた。


「やろうって思ってるだけじゃ駄目だ」


 意思のこもった彼女の声は、誰に拾われることもなく夜の闇に融けて消えた。けれどもその心には小さな闘志の炎が灯った。

 蝋燭の様な小さな灯だが、熱い炎。

 着火剤があればその炎は業火にもなるだろう。

 本当に真面目にやっていたのならば、魔窟と化している真希の部屋は一日で片付く。死に物狂いになれば半日で片付くはずなのだ。

  

 

「よし。期限を決めよう」

 

 できるだけ早い期限をと考えて、それまでに達成するには何か目標が必要だと考えに至った。

 そこで真希は、篠田に頼みごとをしていたことを思い出す。

(いつやってもらおうかは決めて無かったけれど、アレを実行してもらおう!)








 




 次の日、魔窟の片づけの合間に篠田に連絡をとった真希は、マサキが病院に出勤している時間を見計らってマンションに帰った。

 久しぶりに入る我が家に懐かしさと埃っぽさを感じつつ、隠しておいた目的の物を手にして足早に実家へと戻ると、真希は玄関まで出迎えてくれた母を真っ直ぐと見て宣言をした。


「明後日にはマンションに帰るから!」


 鼻息荒く宣言をする娘を前に、真希の母は素っ頓狂な声で返す。


「……はぁ?」

 

 主語が抜け落ちたお間抜けな娘に、母は帰るのは魔窟が片付いてからではないのかとそっとたしなめた。

 腕を組んであがりから見降ろしている母を真っ直ぐ見ながら、真希は紳士服ブランドの紙袋をぎゅうと抱き締めて言いなおした。


「今日明日で魔窟を片づけて、明後日にはマンションに帰るから!」

「ものすごく急ねぇ。昨日マサキさんと何かあったの?」


 首を傾げながら母が放った言葉を耳にした瞬間、真希の時間が凍りついた。

 夜の逢瀬は誰にも言ってないし、気付かれていないと思っていたからだ。

 深夜にかかってくるマサキの電話はバイブにして、声も最小でひそひそと話しながら周囲には神経を張り巡らせていたというのに、どうやら筒抜けだったらしい。

 ピキリと固まった真希を見降ろしながら、真希の母が意地悪く笑う。


「壁が薄いし廊下は軋むから、真希が電話で誰かと話した後で外に出てるのは知ってたわよ。誰かって言ったら、マサキ君しかいないでしょう?」


 それに――――、と真希の母は言葉を続ける。


「一週間くらい前だったかな。マサキ君に『早く真希の尻を叩かないと一生そっちに帰れないけどいいの?』って伝えたのお母さんだし」



 母の言葉を聞いて、ここ最近になって実家に毎日顔を出すようになったマサキの行動に、真希はどこか合点がいったように顔を引きつらせた。

 深夜まで病院で勤務してくたくたになってるのに、実家に通ってくるようになった原因が此処に――――!

 真希は母にひとこと言ってやろうと口を開いた。


「おか――――」

「もう少ししたら二人の記念日があるってマサキ君が言ってたのよねぇ。だから、それまでには帰ってきて欲しいみたいよ?」


 被せるように放たれた真希の母の言葉に疑問が浮かび、真希はそれまでの怒気がしおしおと萎んでいくのを感じた。

 記念日といっても、真希とマサキが見合いしてまだ一年は経っていない。

 一体何の記念日だろう、と尋ねるも、母も知らない様子だった。

 真希は記念日に頭を捻らせながら紙袋肩にかけ、ゴミ袋と段ボール箱を抱えて魔窟と化した部屋へと足を向けた。

 部屋の扉をそっと開けると、そこには、幾分かは片付いたが、本棚に入りきらない書籍がそここに山となって置いてあった。

 枯れた観葉植物や、使わないけれど綺麗だったからとっておいた香水瓶。鞄や服。雑多なモノたちを目にした瞬間、あまりの多さに頭がくらりと揺れ、真希の意思が削がれそうになる。

 しかし、肩にかけた紙袋の中身を思い出して、口をきゅっと引き結び魔窟へと足を踏み入れた。

(この一歩が大切なんだ)

 紙袋を部屋の隅に置くと、まずは滞りすえた匂いが漂う部屋の空気を入れ替える為に窓を全開にした。小雨が降りつつも、外の空気は気分が良くなる。

 新鮮な空気が入ると共に出て行く悪い空気。一瞬だけマンションでの埃っぽい空気を思い出す。

 あの家では彼は一人なのだ。

 誰もいない空間に帰って一人で過ごす。それがどれだけ空しいか。それもあって実家まで来ていたのではないだろうか……。

 出迎えて欲しかったと言っていたマサキを思い出し、真希の胸がチクリと痛んだ。

 同時に、二度目のプロポーズも小雨が降る中だったと思いだす。

 あの日、手作り弁当が食べたいと頼んできたマサキに、不承不承ながらも早起きして必死に作ったのだった。

 遠出をして広い動物公園でお弁当を食べることになっていたが、当日はあいにくの雨。雨天のしかも平日のその場所には他にはおらず、二人で屋根のある場所で弁当を広げることになった。

 卵焼きは焦げて形も崩れていた上に副菜として入れたブロッコリーは半分生で、煮物ですら汁けを切らずに入れたから、食べる頃には散々な弁当になっていた。オマケにおにぎりは綺麗な三角にならず、コメが潰れてべちゃりとした不格好なものだった。しかも、具を入れ忘れている事に気付いたのは時遅く、それはすでにマサキが半分ほど食べてからだった。

 どうしてこうも自分は不器用なのだろう。

 チラリと盗み見た彼の顔は、具の入っていないおにぎりを食い入るように見つめている。表情も、いつもよりも厳めしい。

 そんな彼を見て、情けなくなり俯いて泣きそうになっていた。

 しかしその時、彼はその表情と反して、頬をうっすら赤に染めて嬉しそうに言ったのだ。

「真希さんらしい。俺の為に必死になってくれたんでしょう? これ以上食べるのが勿体ないです。……でも、ずっと食べ続けていたいくらいに美味しい」

 そんなはずは無いだろうと見上げた真希の前でおにぎりを口に放り込んで咀嚼すると、彼女の華奢な手をとって口づけた。

「今、泣きそうになっているのは俺の為ですよね。俺の為に、ずっと作り続けてくれませんか?」

 それはまさかの二度目のプロポーズだった。

 いきなり言われて、真希の中での時間が止まる。

 マサキは更に言葉を重ねた。

「俺の前で真希さんが泣ける場所にさせてください。その涙を拭く権利をください。一緒に泣かせてください。一緒に居させてください!」

 一息に言い放つと、スーツのポケットから見覚えのあるビロードの箱をとりだして真希の左手の薬指に再び口づけた。

「今日が駄目だったら男らしく諦めます。最後に言わせてください。――――この指輪を、ここに付けてもらえませんか?」

 最後と聞いて、胸が軋む程に痛んだ。

 不思議と真希の目尻から涙が一粒だけ零れる。

 気付いたら真希は、涙を拭ってくれているマサキに頷いていた。

 

 

 思えば、二度目のプロポーズの時には既にマサキの事を好きだったのだろう。

 そうでなければ、必死になって料理を覚えたりしなかった。

 マサキと築いてきた少ないながらも甘い記憶を掘り起こすと、不意にマサキに会いたくなった。

(早く帰りたい……) 

 現金なものだが、そう考えてどこか納得する。

 想っているからこそ傍にいたい。

 昨晩、彼も言っていたではないか。

 自分の想いを自覚した途端、真希の思考がカチリと切り替わった。

 溢れる想いに急かされるように、早く帰りたいという想いに突き動かされて、今やゴミと化した雑多なモノたちを勢いよくゴミ袋へと放り投げた。まるで、今までの自分と決別するかのように。

 今までにないほどに熱心に取り組み、冬場だと言うのに汗が真希の首を伝う。肩までの髪が汗で張り付き、それが邪魔になり一つの束に纏めあげる。

 額に浮き出た汗を服の袖で拭い、部屋の隅に置かれた袋を見て想う。

 渡したい物がある。

 伝えたい言葉もある。

 変わりたいと願うばかりでは無く、ちゃんと自らも動かなくてはいけない。

 真希は、今がその時だと誰に聞かせるともなく呟くと、頬を叩いて気合いを入れて魔窟に転がるモノ達と向き合った。

  



 マサキからの帰宅連絡があり、真希は夜の庭にそっと出た。

 冬のひんやりとした空気は、魔窟掃除で熱くなった身体をさましてくれる。

 玄関前の石階段に座り、マサキの到着を今かと待ちわびた。

 

「……初めてかもしれない。こんなにマサキさんの到着が待ち遠しいなんて」



 そわそわしながら暫く夜の星空を見上げて待っていると、駐車スペースにマサキの車がゆっくりと入ってきた。

 エンジンが止まり、中から彼の長い足が覗くのを見るや否や、真希はマサキに駆け寄り抱きついた。今までの想いをぶつけるように。



「マサキさん……! お帰りなさいっ」

「――――はっ?! わぁ……っ!」



 車を出るやいきなりタックルをかまされた格好のマサキは、再び車に押し込まれるように倒れ込む。反動で車のハンドルに手が当たったのか、夜の闇にクラクションの音が短く響いた。

 自分の上に乗っかっている飛び込んできた者の姿を認めると、マサキは片眉をあげて真希を見上げ、少し抑えめの声で彼女注意をする。

 

「真希さん?! 何で飛び込んでくるんですか! 危ないじゃないですか!」

「……ごめんなさい。早くマサキさんに会いたいと思ってたから嬉しくて。……あ、もしかして、どこか打ちつけた?」


 しゅんとした様子で謝る真希を見て、マサキは違うと首を振る。真希の頬に手を当てて、困ったように笑った。


「俺じゃなくて、真希さんが怪我をするんじゃないかと慌てたんですよ。……それで? 何かいい事でもあったんですか?」

「わかりますか?」

「……抱きついてくるなんて珍しいから。そこにある桜の木が、今、咲いてもおかしくは無い程の珍事だ」


 マサキが窓から見える桜の木に視線を移すと、真希は、冬咲きの桜じゃありませんと頬を膨らませた。

 まるで小さな子どもの様な表情を浮かべる彼女を見て、マサキはおかしそうに笑い、再び真希に尋ねる。

 

「頬がこんなに冷たくなるまで俺を待つほど、言いたい事があるんでしょう?」


 温めるようにマサキの手が真希の頬を包む。同時に、ぐいっと引かれ真希の鼻がすれすれな所まで、彼の顔が迫った。

 何かを期待しているような視線が真希に向けられ、篠田を巻き込んでまで計画していること全部が見透かされているような気分になり、少し恥ずかしそうに表情を歪めると、もごもごと口を開いた。


「終わったの。……帰ってもいい……ですか?」


 最初、マサキは何を言われたのか理解できなかったようで、きょとんとした表情を浮かべた。


「あれ? 昨日はまだだって言ってなかったですか?」

「……わたしでも、本気出してやればできるってことなんです!」


 真希の照れた表情を見て、じわりじわりとマサキの胸に嬉しさがこみ上げる。

 その歓喜の波にのまれるままにマサキは真希をぎゅうと抱き締めると、彼女の髪に顔をうずめながら囁いた。


「もちろんです。帰りましょう。今すぐに」

「はい……って――――今じゃなくて、明日の夕方にしてください!」


 マサキの胸に手を置いてがばりと身を起こして彼を見降ろす。視線が交わると、マサキは困ったふうに口元に手を当てて考える仕草をした。

 

「……あ~。すみませんが、明日の夕方はちょっと予定が……」

「大学病院ですよね? 知ってます。実はその日を狙っていたんです。だから、明日はわたしが迎えに行きます」


 まさかの真希の返事に、マサキは目を剥いた。

 驚いた彼を見て、真希はしてやったりと悪戯が成功したように口元を緩めてニヤリと笑った。

 マサキは驚きつつも平静を装いながら真希に問う。


「……俺、話しましたっけ?」

「篠田さんに聞きました。わたしに内緒でバイトなんてしてたんですね」

「…………そうです。ちょっと入り用があるので」


 隠し事をしていた後ろめたさから、マサキは顔をふいっと横に向けた。真希はそんな彼の頬に手を当てて挟みこむと、まだ聞きたい事があるのだと言わんばかりにぐいっと自らの方へと向ける。

 

「記念日に関係があるんですか?」

「は? 何でそれも知ってるんですか?!」


 マサキはまたもや驚きに目を瞠ったが、直ぐに情報の出どころに考え至り、眉間に皺を寄せた。

 記念日の事を知っている人間はほんのわずかだ。かつ、目の前の愛妻と接点がある者は限られる。


「――――また篠田ですか! あいつ……余計な事を!」

「いいえ。母から聞きました」


 間髪いれずに言葉を被せた真希は、それまで浮かべていた表情を曇らせた。

 マサキの発した言葉で疎外感を感じたのだ。自分に対してはいつも敬語なのに、彼女に対してはいつも――――。それに、記念日だって自分は知らなかった。

 いつもは飲み込んでいた感情だけれど、今日の真希は違った。


「マサキさんは随分と篠田さんと親しいんですね」

「それはいとこだから……」

「いとこだから何でも知ってるんですね」


 いとこだから親しいのは当たり前だ。これは単なる嫉妬。自分にだけ敬語を使われて、どこかで線引きされている様な疎外感を感じた嫉妬だ。それはわかっている。

 本当はこんな展開にしたかったんじゃない。

 しかし、真希の考えとは裏腹に、口を突いて出てくるのは今まで必死に隠していた想い。


「記念日やバイトの事、わたしは知らなかった」

「……篠田経由じゃないと頼めなかったのと、サプライズで驚かそうと思って隠してました」

「非常階段の事だってそう。わたしの知らない事ばかり彼女は知ってるし、わたしの知らないマサキさんを見てきてる。今だってそうでしょう? どうしていつまでも他人行儀なの?! わたしにも篠田さんみたいに普通に接してよ!」



 一気に言い切って肩で息をする真希を見上げながら、マサキは恐る恐る問いかけた。

 

「……いいんですか? 普通にしても?」

「――――――なんでいちいち聞くの?! だからそれが他人行儀なのよ……!わたしはマサキさんに普通に接してもらいたいの! ちゃんと夫婦になりたいの!」

「いや、ほら。見合いの時に……」

「あの時の事は忘れてくださいっ!」 


 見合いの時の所業を思い出し、真希は顔を赤らめた。

 当時は断る気満々で受けた見合い。ちゃぶ台返しを図ろうとしたが、マサキに反対側を持たれて茶卓運びをしてしまった。他にも酷い事を散々言った気がする。

 黒歴史――――否、超絶暗黒史だ。

 


「……ところで、いつまで俺の上に跨っている気なんですか?」


 真希が過去に思いを馳せていると、マサキの困った声音が車内に響いた。

 そこで自分が今、どのような体勢をとっているのか気付く。

 運転席から助手席にかけて倒れ込んだマサキの上に乗っていたのだ。しかも、彼の身体を脚に挟みこむような感じで。

 

「――――せっ、狭いんだからしょうがないでしょう?! マサキさんが倒れ込むからわたしも一緒に倒れちゃっただけで……!」


 慌てて車から降りようとしたその時、真希の後頭部に手が回され、ぐいっとマサキの胸に顔を押しつけられた。

 彼の胸からは早く力強く拍動を刻む鼓動が聞こえる。

 

「わかりますか? 俺はずっと真希さんが欲しくて欲しくてたまらなくて、必死で我慢してるのに真希さんは篠田なんかに嫉妬するなんて可愛い事をするし、ちゃんと夫婦になりたいってプロポーズみたいな事を言ってくれるしそれってこの前の離婚宣言撤回って事ですよね?」

「そ、そうですが?」


 一気に捲し立てたマサキの雰囲気に押されながら、真希は緊張が混じった声を返した。真希の返事を聞いたマサキの鼓動が更に早くなる。耳に響く彼の鼓動に反応してか、真希のそれも早くなる。

 マサキは真希の身体を抱きながら、上体を起こして彼女と目線を合わせた。



「……じゃあ、今日はコレだけで我慢するから。明日はちゃんと家に帰ってきて」



 言うや否や、マサキは真希に口づけた。

 その気持ちを伝えるように、深く甘く。執拗とも言える程に。


 


 


 


 

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