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You are the only one for me. 01

 息苦しさを感じて真希が目を開けると、胸の上には未だマサキの頭がのっていた。ベッド脇にある時計を見てみると、三十分ほどしか経っていない。

 少しの間うとうととしていたようだ。

 ぼぅ、とする頭で天井を見ていると、どこか違和感を感じた。

 この部屋には電気がついていないのに、どうして天井が見えるのだろう、と疑問がわく。そうだ、リビングの電気を消していなかった。

 気持ちの良い寝息を立てるマサキを起こさないように、そっと身を捩って彼の身体の下から抜け出すと、リビングの電気を消す。物音を立てないように寝室に戻ると、再びベッドにそろりともぐりこんだ。


 ごろりと寝ころび、マサキの顔をじっと見る。

 暫くは黒い影だった彼の輪郭が次第にはっきりしてきて、うっすら彼の顔を見る事ができる様になった。

 疲れきった彼の寝顔を見てると、先ほど言われた言葉の数々が思い浮かぶ。

(全部、わたしの誤解だった……?)

 盗み聞いた言葉をはっきりと否定した後に、帰りが遅いのも、服が黒いのも、理由があるのだと教えてくれた。服に関しては理解に苦しむけれど、そのほかは自分の思い込みだった。

 真希の指が、ゆっくりとマサキの顔を撫でる。

 ひっかき傷や眼の下の隈。額にもうっすらと瘤らしき痕。

(わたしが原因だ……)

 家事が出来なくても、なにをしても怒らない彼。倒れそうな程疲れていても、真っ先に自分の方へと目を向けてくれる。実際に過労で倒れても文句ひとつ言わない。

 でも、離婚と言う言葉にだけは怒りを垣間見せた。

(それだけ想ってくれている……?)

 見合いの時の彼が過ぎる。真っ直ぐにこちらを見て「ずっと想っていたから」と言ってくれた。嘘偽りのない真実だと、そう知らしめる程の真摯な眼をして。

 あの時は、気持ち悪さ半分、嬉しさ半分だったが今はどうだろう。

 頬を撫でおろすと、少し伸びたひげが指に当たる。あまり触れすぎると彼を起こしてしまうと思っていても、やめられない。

 指が顎の稜線をなぞり、彼の唇に触れる。 

(……わたしが、このままマサキさんを凄く好きになって、奥さんでいても迷惑にならない?)

 薄い唇を指の腹でなぞりながら、眠り続けるマサキに心で問う。

(少しでも変われるように努力するから、マサキさんの傍に居続けてもいい?)

 こんな面倒な女が傍にいて、優しい彼に負担を強いるのは避けたかった。彼が夏場に何度か倒れたのは、黒づくめで太陽に熱されて倒れたのではなく、家事が負担になっての過労からだと知っていた。

 だから離れたかった。



 今はまだ、彼の望む言葉を、起きている彼を前に口にする勇気が無い。

 でも、眠っている今なら言える。

 拘りなんて、その気持ち一つでどうでもいいものに変わる。

 今がそうじゃないか。

 普段は伝える事のできない特別な想いをこめて、軽く彼の唇を食んで囁いた。


真希(マサキ)さん。…………すき」



 そして、真希は再びベッドから降りると、先ほどマサキが着ていたスーツからスマホを取りだして、一つの操作をした。

 明日は休みだと言っていた。だから、明日こそは彼よりも早く起きよう。

 そして、「おはよう」と微笑んで見せるんだ。そう目標を立てて、真希はマサキの隣で眠りについた。




*****



「おはようございます」

「………………」


 寝ぼけ眼の真希が身を起こすと、すでにマサキが起きていた。いや、ゆらゆらと揺すって起こされた。

 扉の外からは卵焼きの良い香りが漂ってきている。

 昨夜の決心はどこへ行ったのやら、真希はまたもや寝過してしまった。マサキよりも先に起きる為に、わざわざ彼のスマホのアラームまで止めたというのに。

 思わず大きな溜息が洩れてしまう。

 

「…………おはようございます」

「今日は和洋折衷の朝食にしてみました」


 にこにこと眩しい笑顔を見せる顔が恨めしい。

 自分の携帯のアラームはどうした、と枕の下を漁る。―――が、あるはずの携帯が無い。


「探してるのは、これですか?」

 

 マサキの手には、何故か真希の携帯が握られていた。


「―――なっ、なんで?!」

「アラームを止めるついでに、充電しておきました。……また電池切れで連絡不能になると嫌なので」

「昨日、充電したばかりなのに……」

「面倒だなんて言わないで、毎日してくださいね?」


 

 マサキは有無を言わせない笑顔を真希に向けた。ヤの付く稼業が出来そうな程の怖面なのに、どこか柔和な部分を含んでいる。いつもと変わらない笑顔だ。

 それなのに、どこか違和感を感じる。

 真希は首を傾げながら、マサキに促されるまま身支度と朝食を済ませた。




 休日であるにもかかわらず、今日もマサキは見事な主夫っぷりだ。

 食洗機に使用済みの食器をセットすると、部屋に掃除機をかける。まだ洗浄中だと確認すると、直ぐに洗濯を干しにベランダへ。

 せかせかと忙しなく動く彼を横目に、真希はマサキに手渡された雑誌を読んでいたが、さすがに居た堪れなくなってきた。

(変わろうと努力しようって、決意したばかりじゃない!)

 雑誌を机に置くと、ベランダへと足を向ける。その足取りは、その決意が垣間見えるほどに力強い。


「マサキさん! わたしにも何か手伝いをさせてください!」


 力を入れすぎたのか、勢いよく開いた窓がガンと音をたてて揺れた。

 マサキが驚いたように、干しているタオルを手にしながら真希の方を振り向く。

 まるで、普段手伝いをしない子供が、いきなり手伝いを願い出たのを見た親の顔に近い。過去に真希自身が何度か親のそんな顔を見てきた。マサキは今、まさにその表情を浮かべていた。

 

「……は? …………どうして?」


 困惑気味にマサキが真希に問う。


「手伝いがしたいから! ……わたしはこれでも主婦なんです。家の事をやるのが仕事です。何か手伝いをください」


 当たり前の事を聞かないで欲しい。真希はその言葉を飲み込んで、片手を腰にあてて胸を張り、もう一方の手を、何かをくれと言う風にマサキに突き出した。

 マサキはタオルを干すために、真希に背を向けて話す。


「……講演会に行くついでに立ち寄る場所を決めて欲しいと頼みましたが?」

 

 そんなものは家事ではない。

 後ろ姿でも、彼が困惑しているのがわかる。微かに震えているマサキの声が、迷惑だと言っているように感じて、変わろうという決意がへし折れそうになった。

(いやいや、ここでへし折れたら女が廃る!)

 真希はフンと息を吐き出して、マサキの背に声をかけた。


「どうせなら一緒に選びたい。だから、仕事をください!」


 真希の言葉を聞き、マサキが強張った表情で振り向いた。

 口を引き結んでジッと見降ろしてくる彼の双眸が心なしか痛い。でも負けない。


「…………」


 なにも言わないマサキに向かって、真希は子供が何かをねだるみたいに、ひらひらと手の平を動かした。

 至って真面目に頼んだつもりだ。それなのに、マサキは何故か噴き出した。もう我慢できないと、籠から取りだした新たなタオルに顔を埋めて「グハッ」と。その眼にはうっすらと涙が浮かんでいた。



「―――戦いを挑むような顔をしているから何かと思えば……!」

「マサキさんっ! なんで笑うんですかぁ?!」

「あー、すみません。手伝いですよね? ……少しだけ待っててください」



  


 洗濯物を干し終えたマサキが、真希に三つの物を手渡した。

 雑巾二枚と窓用スプレー。

 

「手伝いってコレ……?」

「そうですが? これなら真希さんでもできるかなと思って。……あ、もしかして使い方がわからないとか?」

「―――知ってますっ!」


 どれだけわたしは子供なんだ。

 窓掃除もろくにできない人間だと思われているのだろうか。それとも、それの程度しかできない人間だとでも思われているのか。

 雑巾とスプレーを抱えて少しだけむくれた真希を見て、マサキは再び笑いながら洗面所の方へと歩いて行った。

 真希は椅子に乗り、窓ガラスの上辺に吹き付ける。

 汚れの浮いた泡を拭いとり、次にもう一枚の雑巾で磨けばでき上がりだ。

 最初はきちんとやっていたが、白い泡を見ているとちょっとした悪戯をしたくなった。

 しかし、見られると不味い。また子供扱いをされそうだ。

 先ほど噴き出した彼が、笑い泣きをしていたのを思い出す。あそこまで笑う事は無いだろう。

 真希は少し考えて、さっきの腹いせに、とある文字を書こうと椅子から降りてしゃがみ込み、スプレーを窓に向けた。



「…………そこで『バカ』とか書かないでくださいね」


 小さく『バ』まで書いた所で、少しだけ厚着をして腕を組んだマサキがのぞきこんできた。

 その顔は、にやにやとしている。


「………………くっ! 違います!」

「そうですか」



 考えを読まれて、真希は赤くなりながら雑巾で慌てて文字を消す。そんな彼女を微笑ましく見ながらマサキは窓に手をかけた。

 どうやら外側の窓掃除をやってくれるようで、手には雑巾を持っていた。

 お互いに無言で窓を拭いた。機械的に、黙々と。

 暫くそうしていると、おもむろにマサキが口を開いた。

 少しだけ空けてある窓の隙間から、冷たい風と共に彼の声が室内に入ってくる。



「……反対ですね。あの時と」

「反対……?」


 なにがだろう、と手を動かしながら視線でマサキの言葉を促す。

 マサキはその冷淡な表情を崩して、少しだけ恥ずかしそうな顔をした。


「扉の外に居たのは真希さんで、室内に居たのは俺」


 意味がわからない。

 真希は首を傾げた。そんな彼女を、マサキは柔らかな表情で見る。

 窓に当てられた真希の手に、マサキの大きなそれが重なるように置かれた。


「見合いの時に『ずっと想っていた』って伝えたでしょう? あの扉が透明なら、出会いだってもっと自然だったかもしれない」

「どこの扉ですか?」

「…………秘密です」


 きょとんとした真希を見て、マサキは悪戯っぽく微笑んだ。

 

 

 

You are the only one for me. 


日本語で意味を表すのは難しいのですが、ニュアンス的に『自分には、あなただけ』もしくは『あなたに首ったけ』←古い?!(-_-;)

あなたが必要です、と伝われば願ったりです☆

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