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an arranged marriage 01

ご覧いただき、誠にありがとうございます!(^^)!



 年がら年中、黒い服を着こんだ人をどう思いますか?

 服だけではなく、下着や靴下まで黒いものを身につけているのです。

 冬場ならまだしも、太陽が照りつける真夏も変わらず黒い服を着ているのです。

 夏場の太陽の照りつけに耐えれなくて、倒れたのは数え切れないほど。

 それでも黒い服を着るのを止めようとしないのです。

 ……えっ。そんな変な人いない?

 いえいえ、いるのですよ。私の旦那様なのです。

 


****



「真希さん、それでは行ってきます。今日は早く帰れると思うので、夕食をお願いしますね」

「はいっ。いってらっしゃい、マサキさん」


 玄関で真っ黒の通勤かばんを受けとりながら、やや光沢のある黒のスーツを着込んで微笑む旦那様。カッターも黒。ネクタイも黒基調でグレーの柄入り。靴だって艶艶の黒。今日も葬式の様な黒一色だ、と思いながら真希は手を振ってマサキを送りだした。

 真希の一日は忙しいとは程遠い。普通の主婦は、掃除洗濯に食事作り、買い物、と言う風に一日が過ぎて行くだろう。しかし、この家の掃除はマサキがする。洗濯も早起きのマサキがやってしまうのだ。早起きが苦手な真希が起床した時には、すでに朝食はおろか掃除洗濯まで済ませてある。ピカピカに磨かれたシンクが目にしみる。

 専業主婦の真希がする仕事と言えば、買い物に食事作りしかない。そう、やる事が無いのだ。

 お陰で午前中はごろごろ過ごし、お昼御飯をぱぱっと済ませると洗濯をとりこむ。畳むのもマサキがやると言っているので畳んだ事は無い。そして、午後三時ごろまで再びごろごろと過ごした後に買い物に出かける。帰ってからゆっくりと時間をかけて夕食を作る。作り終わったら、先にお風呂に入るのだ。

 これがマサキが帰ってくるまでの真希の日常である。

 マサキと結婚して三カ月。怠惰な生活の所為で、真希は三キロ太った。ひと月に一キロ増な計算だ。このまま行けば、結婚一周年を迎えると同時に十二キロ増になってしまうかもしれない。それを避ける為に、毎晩一時間かけての入浴と、入浴後の体重測定は欠かせない。

 

 入浴を終えてリビングで寛いでいると、不意に携帯が震えた。

 携帯を開いて確認すると、マサキからのメールだった。


『すみませんが、急患が入りました。遅くなるので、夕飯は先に食べておいてください』


 マサキの仕事は医師だ。大病院とは言わないが、それなりの病院で外科医をしている。午前中に家を出て、帰ってくるのが夜中というのは日常だ。ひどい時には三日後の夕方に帰宅する時もあった。それなのに掃除洗濯を率先してやってくれる彼は、自分には勿体ないと真希は常々そう思っていた。

 特に、ここ最近は帰りが遅い。いつも真希が寝てから帰ってきているのだ。たまに連絡なしで連勤してくることもあるほど。ハードな日常を過ごす彼の体調が心配だが、最近になってそれとは別の心配事が友人によってもたらされた。

 マサキに対しての、こんな嫁でごめんなさいという申し訳なさと、最近になって抱える事になった心配事に、真希は悩んでいた。

 友人曰く、「外科医ってモテルのよねぇ。一切家事をやらないアンタに辟易して、美人な看護師と浮気でもしてんじゃないの? 毎日着てる黒い服だって、結婚という墓に足を突っ込んだって意味じゃないの?」らしい。

 普通の奥さん(新婚三カ月)ならば、そんな話は一蹴できるが真希は違った。



 ―――ううっ! あり得るかもっ。

 確かに、マサキさんに甘えて掃除洗濯やってないし。

 やってもトイレ掃除だけだし。

 マサキさんに起こしてもらってるし。

 怠惰な生活で太ったし。

 何より……、恋愛抜きの見合い結婚だったしっ!

 墓場……。的を射てるのかもしれない。



「うわぁ、わたしって最悪の奥さんじゃん。怠惰な奥さんに辟易して、本当にしてそう……」



 友人の言葉を思い出してモヤモヤした心をぶつけるように、マサキからのメールに向かって話しかけた。

 返信を打たなければと指を伸ばしたが、打とうとした指が止まる。

(差し入れを名目に、ちょっと見に行ってみようかな)

 もしも浮気をしているというのなら、少し前から決めていた事を実行しようと考え、真希は夕飯に用意していた肉じゃがをタッパーに詰めて、ウインナーと卵焼きも追加して、本日のメインだった五目御飯をおにぎりにして、お弁当を完成させた。

 ほんの軽い気持ちで、「ドッキリ浮気チェックだ」と呟きながら、真希は自宅を後にした。

 車の免許を持っていない彼女は、自宅のマンションから五分にある最寄りの駅でタクシーに乗り、マサキの勤める病院へと向かった。

 ふと、タクシーの中でメールを返して無い事に気がついた。

 メールを打とうと携帯を開くが、今からそちらに行くよ、とメールを打つと浮気現場が見れないかもしれない。少し考えてから、当たり障りのない、女性にしてはシンプルすぎる返信を打った。

 少しの不安と、奥さん失格な自分がマサキを疑っているという罪悪感で胸の中が重たいのか、真希は携帯を握りながら胸元を押さえた。

 鉛でも入っている様な気分だとタクシーの後部席で自嘲しながら、真希は携帯を鞄にしまった。そして、胸中の重たい空気を吐きだすかの如く、長い息を吐きながら流れる外の風景を見た。



 マサキと真希は見合い結婚だ。

 見合い好きの二人の母が社交ダンスサークルで知り合い、お互いの子供がなかなか結婚をしないという話が発端だった。歳も近いという事で急遽セッティングされた見合いの席。そこで初めて、マサキと真希の二人は出会ったのだ。

 どんな会話をしたのかも印象に残っていない程に、淡々とした見合いだった。急患が入ったとかで呼び出された為に、二人で会話をしたのも三十分程度である。

 マサキは将来を有望視されている外科医の出世株で、切れ長の一重が印象的な知的青年。冷酷さを感じさせる容姿に反して、物腰は穏やかだった。対する真希は、会計専門学校卒でパチンコ店の総務をする事務員。サービス業だから身だしなみには気を付けているが、元々が十人並みの顔立ちの為あまり美人とも言えない。年齢もマサキよりも二つ上だし家事も得意とは言えない。意地っ張りだと周囲からも言われるほどの性格だ。

 褒められる部分が少ない真希が相手では、この縁談も流れるだろうと彼女は考えていたし、事実そうなって欲しかった。そのために、見合いの席では彼に微笑みの一つもおくらなかったのだ。

 しかし、真希の予想に反して、何故かその縁談は纏まってしまったのだ。

 なぜ、どうして、どこが気に入ったんだ?! と疑問符しか浮かばない真希を置いてきぼりにして、結婚へのカウントダウンは進んで行った。

 見合いをした日から、医者というハードな仕事を持つ彼と休みが不定休な真希は、共通の休みが合わなくてデートなんて片手で数えるほどしかしてなかった。しかも、結婚式の打ち合わせのついでにというデートだ。

 出会いから結婚まで半年のスピード婚だったから恋愛なんて皆無とも言える。マサキの人柄に対して、心をくすぐる何かが芽生えた程度だった。

 マサキはこまめな性格なのか、結婚前から夜遅くに帰宅する真希を案じるメールを送り、結婚した今でも朝昼夜のメールは欠かしていない。本当によく出来た旦那さまだ、自分には勿体なさ過ぎる、と真希は思う。

 


「……さん? お客さん?」


 真希が考え込んでいる内に、マサキの勤める病院に着いたようだ。初老のタクシーの運転手が真希を見ていた。

 いつの間にか俯いて鞄を握りしめていた真希を、急患で運ばれた人の家族と勘違いしたのだろう。その瞳は心配気に細められている。

 お金を渡して車外に出る時に励ましの言葉を貰った真希は、そこまでひどい顔をしてたのだろうかと幾分か困った気分になりながら、マサキのいるであろう外科病棟に足を進めた。

 ナースセンター付近に着くと、時間は十九時になっていた。

 勢いで来てみたが、マサキのいる場所がわからない。真希はナースセンターに居た若い看護師の一人に、妻であると伝えてマサキの居場所を聞いた。

 

「先生の奥さん?! ……先生なら医局の方に詰めてみえますよ。お呼びしましょうか?」

「いえいえっ。お弁当を持ってきただけなので、場所を教えてもらえれば自分で行きますから」


 呼んでもらったら、ドッキリ浮気チェックが出来ないではないかと考え、ぶんぶんと音が出そうなほどに首を振り、まだ若い看護師に道程を教えてもらった。

 医師の詰め所は関係者以外立ち入り禁止の場所にあり、あまりに長い説明だったので紙に書いてもらい、それの通りに進む。薄暗くて人影が全く無い廊下を恐る恐る進み、いくつかの角を曲がり、いくつかの扉の前を通り過ぎてようやく目的地に着く事が出来た。

 扉に掛かる名前を見て、部屋を確認する。ノックをしようと思い腕を持ち上げたその時、部屋の中から話声が聞こえる事に気付いた。来客中ならば邪魔してはいけないと思い、お弁当が入ったカバンを抱えて壁に寄り掛かって待つことにした。



「……そういえば、マサキ先生、いくら………だからって、奥さん泣いちゃいますよぉ?」

「いいんだよ。…………だから」

「……私が奥さんだったら、……………ですけどねぇ」

「そうかな」



 クスクスと笑う女性の声が、不意に真希の耳に入ってきた。途切れ途切れにしか聞こえないが、彼の名前を呼ぶほどに親しげに交わされる会話と、女性が発した「私が奥さんだったら」の言葉に、真希の足が震えた。

 この扉の中がどうなっているかはわからない。単なる会話なだけかもしれないが、もしかしたら抱き合っているのかもしれない。そう思うと扉に手をかける勇気が湧かなかった。

 半分冗談だったドッキリ浮気チェックのはずが、これではリアル浮気チェックになってしまった。こんな事を冗談でもするのではなかったと後悔が真希を襲った。

 真希は抱えていた鞄を持ったまま、来た道を引き返した。まるで、その場から逃げるように。


 

 

an arranged marriage =お見合い結婚。

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