02
恥を忍んでのラフ画公開第二弾。今回は真希さん。
マサキの前で猫を被る彼女の、本来の性格がそのまま出てます。手に持っている物騒なものとか(笑)
……バランス崩壊あり。色んな意味で閲覧注意です(>_<)
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彼に、酒癖が悪いと知られてしまった。
癇癪持ちだという事も。
彼と生活を共にしているということで、とんでもない迷惑をかけているというのに。
これでも嫁だと言うのに……全力で拒否ってしまった。酷い言葉も言ってしまった。
……ひとりで盛ってろとか。
(お酒の力って凄まじい。…………今日から禁酒しよう)
真希は、これからどんな顔をしてマサキに接して行けばいいのかと、溜息をつきながら眉尻を下げた。
(ここはやっぱり、全力で謝るしかないよね)
謝るにはどうしたらいいだろうか、と彼女は悩ましげに首を傾げた。
「ここはアレだ。マサキさんが帰宅したと同時に、土下座……? いやいや。絶対にひく。玄関開けて直ぐに嫁が土下座とか、わたしだったら確実にひく」
真希は無い知恵を絞って出した自らの考えに唸ると、その考えをできるだけ頭の隅っこに追いやった。
変な緊張感で唇が乾いてしまったようで、今の思考を切り替える為にも、マサキが作ってくれた味噌汁を啜る。
かつおだしの利いた濃い味噌汁を舌で転がして、その味を堪能していると、とある場面が彼女の脳裏に浮かんだ。
漫画に出てくる新婚家庭の定番中の定番である、アレだ。
(裸エプロンで出迎えて、帰宅と同時に『お帰りなさい。先にご飯にする? お風呂? それとも……わ、た、し?』)
考えただけで真希の背筋が寒くなった。心なしか、白い肌があわ立っている。そんな恥ずかしい行為をするなんて絶対に無理だと青ざめながら首を振って、その考えをない物とした。
やや冷めたみそ汁を一気に飲み干して部屋をぐるりと見回すと、彼の役に立ちそうな事を考えた。
「うぅーん……。とりあえずは、この部屋を片付けたら喜ぶかな? 疲れて帰ってきて、汚れた部屋って嫌だろうし」
普段は掃除なんてやらなくてもいいと言われているが、今日は特別だと思う。第一、この部屋をこんな状態にしたのは悪酔いした自分だ。
真希は昨夜の所業を思い出し、掃除道具を探すために重い腰を持ち上げた。
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「……妙にふらふらしとるが、大丈夫かね」
午前の診療を終えて、昼食を摂りに向かうマサキの後ろ姿に声がかかった。
目を眇めてふらりと幽鬼のように振り向くと、マサキよりも背の低い糸目の老人が、その瞳をほんのりと開けて、マサキの隈がかかった顔を覗き込んでいた。
「んんっ?! ……どうしたんだね、その顔は」
老人は、口髭を触りながらマサキの顔をのぞき込み、痣になった口元と頬のひっかき傷に視線を合わせた。それに気付いたマサキはハッとして佇まいを正すと、老人に笑顔を向けた。
「―――院長っ。……ああ、この傷ですか……? 昨夜ですね、局地的に吹き荒れた嵐に巻き込まれたんですよ」
「………………んん? 昨夜は雲一つない、絶好の月見日和だった気がするが? はて。記憶違いだったか」
「―――ああっ。俺の家の近所だけですよ。……たぶん」
「そうだったか……?」
含む笑顔を向けてくる老人―――マサキの勤める病院の院長―――がまだ何か言いたげにしているのを、マサキはしらを切って何とか誤魔化すと、咳払いをして用件を聞いた。
「珍しいですね。院長が外科医局にいらっしゃるとは。部長に御用でしょうか?」
「いや、君に用があるんだ。……君の恩師が主催する、循環器の講演会に行きたいと言っておっただろう? 昨夜、外科病棟で来週の勤務について変更があったそうじゃないか。その影響か、ちょうど講演会の前日と当日は連休になっていたようだし、行ってきてはどうだと思ってな」
「……はあ」
「聞けば、君が引き受けている系列病院の深夜救急も休みだと言うではないか。コール番も外れておるようだし、その連休を有意義に使ってみんかの? 確保していた講演会の席が余っておるのだよ」
連休と聞いて、マサキはそう言えば、と昨夜の事を反芻した。
昨夜、居酒屋でのんびりと過ごしながら、真希に色々と聞こうと思っていたのだ。彼女と楽しい時間を過ごして自分の悩みを解決した後に、あわよくば家で濃密な時間を過ごせたらという下心のもとの計画だったのに。それが後輩たちに邪魔をされてしまった。
腹いせに外科部長と、系列病院の人事に電話をして、来週の勤務を変えてやったんだった。もちろん、自分の代理は後輩たちだ。
昨夜の真希の態度を鑑みると、後輩たちにもう少し報復をしておくべきだったと後悔していたが、まさか連休になっていたとは嬉しい誤算だ。
マサキは自然と緩む口角を隠さずに、院長に満面の笑みで返事をした。
「いえ。今回は見送りたいと思います。連休は、妻と出かけようと思っていますので。篠田も行きたがっていましたから、講演会は彼女に譲りますよ」
めくるめく連休の計画を、マサキは一瞬で脳内で考えてしまった。嬉しすぎて、切れ長のはずの目尻は下がり、語尾にきらりと光るものが付いているような話し方になってしまっている。彼からは、ピンクのオーラが駄々漏れているのか、周囲が病院にはあるまじきピンクな雰囲気になってしまった。
普段クールな彼の、珍しいともいえる姿を見た院長は、ごほん、とわざとらしく咳払いをして、ピンクに染まり始めた空気を正常に戻そうと試みた。
「……ならば、奥さんも一緒に行ってみてはどうだろう。車で行くのならば、ドライブにもなるだろう」
「妻は講演会には全く興味がありませんので、恐らく寝てしまうかと。……でも、ドライブもいいですね。そうしようかな……」
「そうか! 行ってきてくれるか。……実は、席を確保したはいいが、こちらから行く人間がおらなんで、困っておったんだ。講演会は常に何人かは寝とるもんだ。儂の講演もかなり寝とるもんがおるでな」
マサキが伝えたかった事は伝わらなかったようだ。
院長は、かかかと笑いながらマサキの肩をぽんぽん叩き、頼んだぞとその場を離れようとした。咄嗟にマサキは目の前にある、白衣に包まれた古木のような硬く細い肩を掴んだ。真希とのめくるめく時間を死守すべく、必死な形相を浮かべて。
「……いや、行くのはドライブで……」
「ふむ。たしか、君は大学の奨学金を借りとったな。若い身で、返済をしながら所帯を持つとは大変だろう。君も知っていると思うが、君の恩師は儂の友人だ。友人の講演を応援するためにも、今回に限って席を埋める為に出席した者に、交通費と特別手当を出そうとも考えとるんだが……?」
糸目の院長の片方の目が光った。普段閉じているのか開いているのか不明な瞳が開眼すると、破壊力が半端ない。しかも、老人の口から放たれた最後の一言は、今のマサキにはとても魅力的な言葉だった。
マサキは院長の白衣から手を放し、何かに負けたように顔を顰めた。
「―――ク……ッ。その手できましたか。教授は院長になっても、人の弱みを見つけるのがうまいですね。……行きます。妻を連れて出席したく存じます」
マサキが敗北感を背負いながら外科医局の扉を開けると、藤堂がマサキの席の隣の椅子で、紫煙をくゆらせながらマサキの卓上の写真を見ながら寛いでいた。
藤堂はマサキに気付くと、「おう」と手を挙げた。
マサキは憂鬱さを感じさせる重い息を吐き出すと、藤堂の手から写真を取り上げ、手に持っていたカルテ類をばさりと机に置いた。机に凭れて腕を組み、携帯灰皿に煙草を押しつけている藤堂を、嫌そうに視界に入れた。
「……今日は何の用件こんな所まで? くだらない用なら他に行ってくれ。昼を摂ったら仮眠する予定なんだ」
「いやぁ、お前が悲惨な姿してるって耳にしてさ。ホント悲惨な姿だなー。それのどこが『局地的な嵐』だよ。殴り合いしたみてぇになってんぞ」
「……家に吹き荒れたんだよ。嵐が! お陰で家が汚く……あっ! 片づけなくていいって言うのを忘れた!」
「―――はぁっ?!」
マサキは急いでロッカーに向かうと、黒い鞄からスマホを取り出した。
真希にメールを送ろうとして、スマホが普段とは違う様相になっているのに気付いた。マサキのスマホは、真希からメールや着信があれば、他とは違う表示をするように設定してあるのだ。
出勤後と昼休み、帰る直前と、一日三回ほど真希にメールを送っているが、今日はまだ何も連絡をしていない。こんな事は初めてだった。
何の連絡もしていないのに、真希からのメール着信があるなんて。
マサキは歓喜で震える指で、スマホをタップした。
表示された画面を見た瞬間頭が真っ白になり、マサキは手の平のスマホを滑り落としそうになった。
『昨晩はごめんなさい。さっき思い出しました。今日も遅くなりそうですか? そうなら、夜にお弁当を持って行こうと思っています』
真希からのメールを見た途端、ぱぁ、とマサキの周囲がピンクの何かに包まれた。疲労感満載で、今にも倒れてしまいそうだった姿が、そのメールを見た瞬間に、魔法でもかけたように生気がみなぎっている姿に変わったのだ。
マサキはそのピンクの後光を背負って、藤堂に、この上ない嬉しさを表現した表情を向けた。
いきなりそんな緩んだ顔を見せられた藤堂は、ぎょっと目を剥いた。そんなにいい事が書いてあったのだろうか。
不思議そうな視線を向けられていることに気付かないマサキは、至極機嫌がいいと誰もがわかる声音で、藤堂に話しかけた。
「藤堂っ。お前今日も準夜勤だったよな? 俺も手伝うわ。早速、彼女にメールを……ああ、部長に許可取るのが先か」
スマホを机に置き、マサキは人事権を握る部長の元へ走った。真希のお手製弁当が食べたいがために。




