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境界線食堂  作者: 珠諳


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13/16

閑話 口コミ欄より抜粋

閉店後の境界線食堂は、少しだけ静かになる。


客席の椅子は整えられ、テーブルの上には水差しだけが残っている。厨房の火も落とされ、オーブンも今日はもう赤く光っていない。


店員は、カウンターの端に置かれた小さな帳面を開いた。


「店主、本日の口コミ欄です」


「読むな」


店主は帳簿を閉じながら言った。


「確認は必要です」


「必要なものほど、時々読みにくい」


「では読みます」


「聞いていないな」


厨房の奥から、料理長が顔を出した。


「口コミですか!? 高評価ありますか!?」


「低評価もあります」


「低評価から読みましょう。改善点は宝です」


店主は料理長を見た。


「お前が言うと、不安になる」


店員は咳払いをして、最初のページを開いた。


---


★★★★☆

**恩着せ煮込み定食 〜請求書を添えて〜**


味が濃いです。

「お前のためを思って」の甘みと、「ここまでしてやったのに」の塩辛さが強めでした。

食べながら、恩なのか請求なのか、やっと見分けがついてきました。

断っても大丈夫茶がなかったら、後味で負けていたと思います。

胃薬はあった方がいいです。


**店員からの返信:**

ご来店ありがとうございます。

当店の煮込み定食は、腹の中に入れっぱなしだった違和感を皿に出すためのものです。

完食はおすすめしておりません。

違和感をなかったことにしない範囲で、お召し上がりください。


料理長が帳面を覗き込む。


「胃薬、メニューに入れます?」


「入れるな」


「でも需要があります」


「需要を作るな」


---


★★★★★

**家族なんだから鍋**


取り皿禁止の札を見た時点で帰ろうかと思いました。

鍋自体は温かくて美味しかったです。

ただ、勝手に具材が取り皿に飛び込んでくるのが怖かったです。

「食べられる分だけでいい」の札を入れたら、鍋の圧が少し落ち着きました。

取り皿を持って帰れるのがよかったです。


**店員からの返信:**

ご来店ありがとうございます。

鍋を囲むことと、同じ器で食べることは違います。

当店では、家族みたいなものほど取り皿を尊重しております。

おかわりは自由ですが、食べきれない量を盛られた場合はお申し付けください。


料理長がしみじみとうなずいた。


「家族なんだから鍋、だしはいいんですよね」


「境界線を入れ忘れると濁る」


「取り皿、大事ですね」


「ようやく覚えたか」


「でも大皿も」


「今その話はするな」


---


★★★★★

**察しすぎ注意ラーメン**


食べる前に、ラーメンが隣の席へ移動しようとしました。

店員さんに「空気を読みすぎるので気をつけてください」と言われましたが、気をつけるのは私ではなくラーメン側では?と思いました。

ただ、スープは美味しかったです。

自分の空腹を後回しにしがちな人には刺さる味だと思います。


**店員からの返信:**

ご来店ありがとうございます。

当店のラーメンは、近くの空腹を察知すると移動する場合がございます。

次回は、まずご自身の器を両手で押さえてください。


料理長がうなずいた。


「このラーメン、今でも元気に動きますからね」


「止めろ」


「動きが売りです」


「ラーメンの売りにするな」


---


★★★☆☆

**ため息あんかけ小鉢**


食べたら疲れが消えるのかと思ったら、疲れていることを認める羽目になりました。

帰って寝ました。

味は優しいですが、油断すると自分の限界に気づきます。少し危険です。


**店員からの返信:**

ご来店ありがとうございます。

当店の小鉢は、疲れを消すものではなく、ほどくものです。

お帰り後に眠れたようで何よりです。


料理長が胸を張った。


「ほら、寝られてます」


「小鉢としては成功だな」


「定食化は?」


「するな」


---


★★★★☆

**察してほしい茶碗蒸し**


蓋を開ける前に「本当に、なんでもいいですか?」と確認されます。

正直、少し気まずかったです。

でも、温かいものが食べたかったことに気づけました。

銀杏が入っていなかったのが少し意外でした。


**店員からの返信:**

ご来店ありがとうございます。

当店では、言わなくてもわかってほしかった銀杏の提供を現在見合わせております。

必要な注文は、蓋を開ける前にご確認ください。


料理長が小さく手を上げた。


「銀杏、求められてます」


「見合わせている」


「お客様の声です」


「お前の声だ」


「半分くらいは」


「全部だ」


---


★★★★★

**ゼロ距離ワンタン麺**


ワンタンが全部くっついてきて怖かったです。

最初は食べづらかったけど、境界線オイルを一滴入れたら、ちゃんと一つずつ食べられました。

友達を大事にすることと、友達の苦しさになることは違うのかもしれないと思いました。

スープが美味しかったです。


**店員からの返信:**

ご来店ありがとうございます。

同じスープにいることはできます。

同じ具材になる必要はありません。

境界線オイルは、入れすぎず一滴からお試しください。


料理長が小さくつぶやいた。


「二滴でも美味しいと思うんですけどね」


店主が赤ペンを持った。


「一滴だ」


「はい」


---


★★★☆☆

**優しさ過積載プレート**


もっと豪華な全部盛りを想像していたのに、選ばされました。

自分の皿が空っぽだったことに気づいてしまい、かなり気まずかったです。

見返りの湯気が出た時は、正直ひやっとしました。

でも、残してもいいと言われて少し楽になりました。


**店員からの返信:**

ご来店ありがとうございます。

優しさは、量だけでなく受け取れる形も大切です。

全部渡す前に、相手が持てる量と、ご自身の皿の中身をご確認ください。


料理長がレビューを覗き込む。


「気まずかったのに星三つあります」


「気まずさは、必要な場合がある」


「名言っぽいですね」


「書くな」


---


★★★★☆

**孤立の岩塩おにぎり**


おにぎりがかなりしょっぱかったです。

最初は味噌汁を飲むのが負けみたいに感じました。

でも、横に置いてあるだけで少し安心しました。

誰も無理にすすめてこなかったのがよかったです。

帰る前に水を頼めたので、星を一つ増やします。


**店員からの返信:**

ご来店ありがとうございます。

岩塩おにぎり単体での完食はおすすめしておりません。

ひとりの皿にも、隣に置ける椀はあります。

必要な時は、水からお声がけください。


料理長が静かにうなずいた。


「これは、いいレビューですね」


「そうだな」


「たくあんを足せば星五つに」


「足すな」


---


★★★★★

**正論ご飯の白湯炊き定食**


正しいことを言っているのに嫌がられる理由が、少しわかりました。

ご飯の粒は残っているのに、白湯が入るだけでかなり喉を通りやすくなります。

急がない漬物が地味に効きます。

食べ終わった後、少し黙る時間が必要だと思いました。


**店員からの返信:**

ご来店ありがとうございます。

正論は、消す必要はありません。

ただし、相手の喉の状態を見てからお出しください。

急がない漬物は、追加注文も可能です。


料理長が店主を見た。


「この返信、けっこう正論ですね」


店主は短く言った。


「水を入れている」


「便利な返しです」


「多用するな」


---


★★★★☆

**まだ起きていない不安の過加熱グラタン**


熱すぎて、最初は触れませんでした。

現実確認のサラダがなかったら、焦げたところまで全部食べようとしていたと思います。

不安が消えたわけではないけど、オーブンから出してもいいと知れたのは助かりました。

焦げを残していいのがよかったです。


**店員からの返信:**

ご来店ありがとうございます。

不安は、消えるまで焼き続けなくても大丈夫です。

オーブンから出すのも、調理です。

焦げすぎた部分は、無理に完食しないでください。


料理長は、そっとオーブンのつまみに触れた。


店主が見た。


料理長はすぐに手を離した。


「成長です」


「記録しておけ」


---


最後のページには、星の数がついていない口コミがあった。


**メニュー名不明**


何を食べたのか、うまく説明できません。

でも、帰る時に少しだけ自分の器を見た気がします。

まだ何を注文したいのかはわかりません。

でも、また来てもいいなら、来ます。


店員はそこまで読み上げて、帳面を閉じた。


厨房も、客席も、少しだけ静かになった。


料理長が、いつになく小さな声で言った。


「こういう口コミも、いいですね」


店主は帳簿の端を指で整えた。


「星がない方が、正確な時もある」


「返信しますか?」


店員が尋ねる。


店主は少し考えた。


「短くていい」


店員は帳面を開き、店主の言葉を書き込んだ。


**店主からの返信:**

また迷った時に、暖簾を見つけてください。

注文は、来てからでも構いません。


料理長はそれを覗き込み、にやりと笑った。


「店主、今日はやわらかめですね」


「閉店後だからな」


「炊き加減の問題ですか」


「そうだ」


店員は帳面を閉じた。


境界線食堂の外では、夜の路地に小さな風が通っていた。


明日もまた、誰かが暖簾をくぐるかもしれない。


何を食べたいのかわからないまま。

何を抱えているのかもわからないまま。


それでも、この店では、注文は席に着いてからでいい。


お代はいつも、お題である。



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