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プロローグ



夜の東京は、遠くから眺めれば宝石を散りばめた海のように輝いている。高層ビルの窓からこぼれる無数の光、交差点を流れていく車のヘッドライト、繁華街のネオン看板。そこに集まる人間たちは、それぞれの欲望と不安と希望を胸に抱きながら、明日も同じ街で生きていくのだと疑いもなく信じている。


彼らは知らない。


この都市の夜が、決して人間だけのものではないことを。


東京という巨大都市の地下には、地図にも行政記録にも存在しない領域がある。古い地下鉄の廃線、戦後に埋められた防空壕、再開発の過程で忘れ去られた地下通路、さらには企業ビルの地下深くに設けられた秘密施設。それらが複雑に結びつき、まるで神経網のように都市の下を巡っている。そしてその中心にあるのが、吸血鬼たちの首都と呼ばれる場所――東京一番街である。


そこでは、人間社会の常識とはまったく異なる秩序が成立している。


この都市には、支配者がいる。


彼らは政治家でも財閥でもない。ましてや警察や軍隊でもない。


彼らは、始祖バンパイア。


吸血鬼の中でも、最初期に誕生した十三人の存在であり、吸血鬼社会では「オリジナルズ」と呼ばれている。


オリジナルズは単なる強力な吸血鬼ではない。彼らは吸血鬼という種そのものの起点であり、すべての血統の源流であり、長い年月をかけて人間社会の裏側に静かに根を張ってきた支配者たちである。彼らの血を受けた者は吸血鬼となり、その吸血鬼がさらに血を分け与えることで新たな吸血鬼が生まれる。こうして血は枝分かれしながら広がり、数百年という時間の中で、日本という国の見えないところに巨大な社会を築き上げた。


しかし、彼らの存在は人間に知られてはならない。


吸血鬼が人間社会に露見することは、種としての存続を危うくする。だからこそオリジナルズは、支配と統制という二つの概念を徹底的に洗練させてきた。人間を無闇に殺すことは禁止されている。血を得るための施設は厳密に管理され、吸血鬼たちは都市の夜に紛れ込みながら生活する。表向きには普通の会社員や学生として生きながら、必要な時だけ静かに血を摂取する。人間はそのことに気づかない。あるいは気づいたとしても、それを証明する術を持たない。


この秩序の中心にいるのが、十三人の始祖たちである。


彼らは互いに同格でありながら、決して一枚岩ではない。血統ごとに思想が異なり、吸血鬼社会の未来に対する考え方も大きく違っている。人間社会と共存することを望む者もいれば、いずれ支配すべきだと考える者もいる。都市の地下では、数百年単位で続く静かな権力闘争が繰り広げられている。銃声も爆発もない戦争。代わりに使われるのは、血と情報と人間の運命である。


東京が吸血鬼社会の中心となった理由は偶然ではない。


人口が多く、都市の構造が複雑で、人々の生活が匿名性に満ちているこの都市は、吸血鬼が存在を隠して生きるには理想的な環境だった。歓楽街では毎晩膨大な人間が酒に酔い、欲望に身を委ね、記憶を曖昧にする。企業の高層ビルでは膨大な資金と情報が流れ、政治の世界では表に出ない取引が交わされる。吸血鬼にとって重要なのは、力だけではない。人間社会を理解し、その構造の中に静かに潜り込むことこそが、長く生き延びるための知恵だった。


そのため、吸血鬼社会には奇妙な日常が存在する。


夜のバーで働く少女が客に微笑みかけながら血を吸うこともある。裏社会の組織が吸血鬼のための血液ルートを管理することもある。人間の政治家が、知らないうちに吸血鬼の計画の一部として動かされていることもある。都市の灯りの下では、人間の人生と吸血鬼の思惑が複雑に絡み合いながら進んでいく。


それでも、人間の多くはこの事実を知らない。


夜の街で誰かとすれ違うとき、その人物が何百年も生きてきた存在である可能性など考えもしない。コンビニで働く店員が、昨日までは人間だった吸血鬼かもしれないという想像も浮かばない。都市はあまりにも忙しく、人々は自分の生活で精一杯だからだ。


そして、吸血鬼たちはその無関心を利用して生きてきた。


だが、この均衡は永遠ではない。


始祖たちの血は、時に予測できない存在を生み出す。血の力を受けた人間が異常な変化を遂げることもあれば、吸血鬼社会の規則を揺るがす存在が誕生することもある。長い歴史の中で、そうした例は決して多くなかった。それでも、わずかな例外が大きな波紋を生むことは、始祖たち自身がよく理解している。


都市の夜は今日も静かに流れている。


人間は仕事を終えて家路につき、学生は友人と笑いながら帰り道を歩き、繁華街では新しい客を呼び込むネオンが光り続ける。誰もがいつも通りの夜だと思っている。


しかし、この街のどこかで、始祖たちは目を覚ましている。


彼らは眠らない支配者であり、血の歴史を見守る観測者でもある。何世紀もの時間を生きながら、人間の文明が変わる様子を静かに見続けてきた。そして今もまた、新しい時代の兆しを感じ取っている。


その兆しはまだ小さい。


一人の少女の死。

一人の少女の覚醒。

そして、もう一人の少女が歩き始めた選択の道。


それらはまだ、誰の目にも歴史の断片にすぎない。


けれど、始祖たちは知っている。


血の世界では、小さな出来事がやがて都市の運命を変えることを。


東京の夜は、これからも輝き続ける。

人間たちの知らない場所で、吸血鬼たちの長い物語が動き始めようとしている。

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