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第8話 ピーマン同盟と心の友

 聖女、いや女神。


 昨夜のディナーで、勇者アルド様(の威厳)を救って以来、私は彼から絶大すぎる尊敬と信頼を寄せられることになった。



 翌朝、フロントに降りてきたアルド様は、昨日にも増して爽やかな笑顔を振りまいていた。



「おはよう、紬さん! 昨夜はありがとう! おかげで、ここ数ヶ月で一番ぐっすり眠れたよ!」



(ピーマンを見た後の翌日にピーマンの悪夢を見なかったのは、いつ以来だろう……! やはり紬さんは俺の守護女神だ!)



 心の声が、朝からテンション最高潮である。


 私は「お役に立てて何よりです」と完璧なフロント係の笑顔を貼り付けながらも、内心(理由はピーマンですよね)と冷静にツッコミを入れていた。



 彼がそんな調子だから、当然、パーティーの仲間たちも不思議に思うわけで。


 朝食後、アルド様が中庭で剣の素振りをしている隙に、私のもとへ一人の少女が駆け寄ってきた。


 赤いツインテールを揺らす、魔法使いのリナ様だ。彼女はカウンターに身を乗り出すと、私をジト目で睨みつけた。



「ちょっと、あんた!」



「は、はいっ! なんでしょうか、リナ様!」



 いきなりの詰問に、私の背筋がぴんと伸びる。



「アルドのやつ、昨日の晩からあんたのことばっかり見て、やけにニヤニヤしてるんだけど……。あんた、アルドに何をしたのよ!」



 詰め寄る彼女の心の中は、不安と警戒心でいっぱいだった。


(なんなのよ、この女! 見た目は地味だし、胸も私より小さいのに! まさか、アルドに魅了(チャーム)の魔法でもかけた!? そうよ、きっとそうに違いないわ!)


(アルドは魔王を倒すっていう大事な使命があるんだから! こんな宿屋の娘にうつつを抜かしてる場合じゃないのよ! 私がしっかりしないと!)



 む、胸の大きさは関係ないでしょう!

 というか、魅了チャームだなんてとんでもない。


 私にあるのは、そんな攻撃的な魔法じゃなくて、もっと地味なヒアリング能力だけだ。

 でも、彼女がアルド様を本気で心配しているのは、ひしひしと伝わってくる。これは、下手に誤魔化すより、誠意を見せた方がよさそうだ。



「リナ様、ご心配には及びません。私はただ、アルド様が旅のお疲れを癒せるよう、宿の者として当たり前のおもてなしをしただけですから」



「ふーん。なら、なんでアルドはあんたを『女神様』なんて呼んでるのよ」



「そ、それは……」



 (ピーマン嫌いを克服させてあげた(物理的に)からです)とは、口が裂けても言えない。私が言葉に詰まっていると、リナさんは「ますます怪しいわ」と眉を吊り上げた。  


 まずい、どうしよう。私は慌てて、彼女の心の声にもう一度耳を澄ませた。


(……それにしても、この宿人気すぎ!領主様だの貴族様だの勇者様だのって、ミーハーなんだから! おかげで街の道具屋も混んじゃって、昨日目をつけてた『古代詠唱の魔導書(復刻版)』、売り切れちゃったかもしれないじゃないの! あーあ、あれがあれば、私の新しい火炎魔法が完成したかもしれないのに……)



 これだ!  私はピンと閃くと、リナちゃんに向かってにっこり微笑んだ。



「リナ様。もしよろしければ、お出かけになる前に、街の角にある『フクロウの目』という魔導具店に立ち寄ってみてはいかがでしょうか」



「はあ? なんであんたに、私の行き先を指図されなきゃいけないのよ」



「実は昨日、そこのご主人から『珍しい魔導書が入荷したけれど、難しすぎて使いこなせる人がいない』と、こっそり相談を受けまして。……リナ様ほどの高名な魔術師の方なら、きっとあの本も喜ぶと思うんです」



 前に魔道具店のご主人から相談を受けてたのを思い出して良かった。私の言葉は、見事に彼女の心を射抜いたようだった。



「なっ……! 『古代詠唱の魔導書』のこと!? なんであんたがそれを!」



「さあ、なんのことでしょう? ただ、素晴らしい才能をお持ちの方には、それにふさわしい出会いがあるものですよ」



 私が意味深に微笑むと、リナさんは「な、生意気よ!」と顔を真っ赤にしながらも、その目には好奇の光が宿っていた。


(なんなのよ、この女……。やっぱり、ただ者じゃない! まるで、私の欲しいものまでお見通しみたい……。……ま、まあ、利用できるものは利用させてもらうけどね!)


 捨て台詞を残して、リナさんは嵐のように宿を飛び出していった。  

 

 ふう、なんとか第一関門は突破、かな。



 次に私の前に現れたのは、岩のような巨体の戦士、ゴードンさんだった。  


 彼はフロントの前に仁王立ちになると、何も言わず、ただじっと私を見下ろしてくる。


 で、でかい……! 威圧感がすごい!


(………………)



 私はゴクリと唾を飲んで、彼の心の声を探ってみる。


 ……シーン。

 

 あれ? 聞こえない。いや、違う。聞こえるんだけど、思考の流れが、ものすごくゆっくりだ。



(……アルドが、笑っている。……珍しい。……良かった)



(……リナも、走っていった。……元気だ。……良いことだ)


 まるで、大木の年輪を数えるような、ゆったりとした思考。でも、その穏やかな思考の奥底に小さな痛みの棘が刺さっているのを感じた。


(……だが。……俺の、右肩が。……まだ、痛む)


(……先日の、オークキングとの戦い。……庇った、リナ。……無事で、良かった)


(……だが。……聖剣を、守る、俺の、盾が。……少し、重い。……セシルの回復魔法でも、芯の、疲れが、抜けない。……これでは、次の戦い。……皆を、守りきれない、かも)


(……ダメだ。……心配、かける。……言えない)


 なんと。彼は仲間を庇った時の古傷を、ずっと隠していたんだ。  パーティーの「盾」である彼が、その重責を一人で抱え込んでいる。寡黙な彼の、静かで熱い仲間への想いが伝わってきて、私の胸は熱くなった。


「ゴードン様」


 私が声をかけると、彼の大きな目が少しだけ私に向けられた。



「いつも、皆様を守ってくださり、ありがとうございます」



「……。……当然のことを、している、だけだ」



 彼はぶっきらぼうにそう答える。

 私はカウンターから一枚の札を取り出した。


「もしよろしければ、今夜、当宿の貸切風呂をお使いになりませんか。今日は特別に、薬師ギルドから仕入れた、古傷や筋肉の疲労に効く、秘伝の薬湯をご用意できるのですが」


「……薬湯?」


(……まさか ……俺の、肩のこと。……誰も、知らない、はず)


 彼の心の声が、初めて動揺の色を見せる。私はいたずらが成功した子供のように、片目をつぶってみせた。


「長旅の疲れは、体の芯に溜まるものです。特に、重い鎧や盾を支える肩や腰は、入念に癒してあげませんと。……パーティーの『盾』であるゴードン様が万全の状態でなければ、皆様も心配なさいますから」



 私の言葉に、ゴードンさんはカッと目を見開いた。その厳つい顔が、驚きと少しの安堵に和らいだように見えた。



「……感謝、する」  



それだけ言うと、彼はゆっくりと頷き食堂の方へと歩いていった。その大きな背中が、来た時よりも少しだけ、軽く見えた気がした。



 その日の夕方。

 魔導書を手に入れて上機嫌のリナさんと、薬湯に浸かって肩の調子が良くなったらしいゴードンさん、そして終始穏やかに微笑んでいる神官のセシルさんに見守られながら、勇者アルド様は、チェックアウトのために私の前に立った。



 彼の表情は、どこか厳粛ですらあった。

 まるで、魔王との最終決戦に臨むかのような真剣な面持ちで、彼は私の両手を、そっと握りしめた。



「ひゃっ!?」


「紬さん!」



 あまりの勢いに、私はカエルが潰れたような声を上げてしまう。



「今回の旅で俺は、魔王軍幹部を倒すよりも、はるかに困難な戦いに直面した。そして、その絶望の淵から、俺を救い出してくれたのが君だ!」



(俺のピーマン嫌いという、最大の弱点を、誰にも知られることなく守り切ってくれた……!)



 彼の熱い心の声が響く。いや、だからそんな大げさな話じゃ……。しかし、私の戸惑いをよそに、アルド様の演説は続く。



「君は、俺の心の叫びを、言葉なくして理解してくれた! 俺が本当に求めているものを、察してくれた! こんな人は、生まれて初めてだ!」



「は、はあ……」



「だから、俺は決めた! 紬さん、君は、俺の……俺の!」



 アルド様は一度言葉を切ると、高らかに宣言した。



「今日から、俺の『心の友』と、呼ばせてほしい!」



「……こころの、とも?」


 心の友。

 その、なんとも言えない響きに、私は一瞬、意識が遠くなりかけた。なんだろう、この昭和のドラマみたいな響きは。  


 隣で聞いているリナさんが、(うわ、なんかサムい……)とドン引きしている心の声が聞こえる。ゴードンさんは(……友。……良い、響きだ)と、ちょっと感動しているようだ。



「心の友として、俺は君に、俺の旅の全てを報告することを誓う!」


「え、あ、そこまでは……」


「いいや、誓う! どこでどんな魔物を倒したか。どんな美しい景色を見たか。そして……!」


 アルド様は、私の手をさらに強く握りしめ、熱っぽく言った。



「その日の晩ごはんが、何だったかを!」



(これで、万が一、ピーマンが出ても、心の友である紬さんに愚痴を聞いてもらえる! なんて素晴らしいんだ!)


 つまり、ピーマンが出たかどうかの報告を、私にしてくれるということですか。私の異世界ライフ、とんでもない役割を背負い込むことになってしまった。



「あ、アルド様……。その、お手柔らかに……」


「ああ! 任せてくれ、友よ!」


 そう言って、太陽のように笑う勇者様。


 こうして、私は半ば強制的に、勇者アルドの「心の友」という、重たくも非常に面倒な称号を拝命することになったのだった。



 翌日、勇者一行は街の人々の盛大な見送りを受け、魔王討伐の旅へと再び出発していった。嵐のような数日間が過ぎ去り、宿屋にいつもの静けさが戻ってくる。


 私は、どっと疲れてカウンターに突っ伏した。領主様、貴族様、そして勇者様。  


 立て続けに濃すぎるお客様が来たせいで、私の精神力はもう限界だ。



 ――そして、数日後。



 王都の方向から、一羽の伝書鳩が飛んできた。

 

 その足に結ばれていたのは、勇者の紋章が入った、一通の手紙。



 そこには、道中の魔物との激闘が勇ましく綴られており、そして最後は、こう締めくくられていた。



『追伸:心の友よ。今日の晩ごはんは、キノコのソテーだった。緑色の悪魔の姿はなく、俺は無事に勝利を収めた。明日も平和でありますように。君の友、アルドより』


 私はその手紙を読み終えると、静かに折り畳み机の引き出しにしまった。  

 そして、天井に向かって、心の底からこう叫んだ。



「……いや、知らんがな!!」



 私のツッコミが、秋晴れの空に虚しく響き渡った気がした。







ここまでお読みいただきありがとうございます!

この勇者パーティは、今後も出す予定です!

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