第59話 木漏れ日の宿、お疲れ様大宴会!
その日、『木漏れ日の宿』は、創業以来一番の賑わいを見せていた。
きっかけは、数日前のおじさんの一言だった。
「そういえばライバル店との激闘のお疲れ会をしてなかったな……よし、『大感謝祭』をやるぞー!!」
その号令の下、数日後の宿は戦場のような忙しさに包まれた。
「はいよ!『空色鶏の卵』を5ケース追加!ミナちゃん、運んで!」
「了解です!割らないように気をつけます!」
厨房では、行商人の少女・ミナちゃんが、新鮮な卵を運び込んでいる。彼女はすっかり立派な商人になり、今やウチの専属仕入れ係だ。
「……火力が足りないな。俺が薪を割ろう」
「あら、助かるよガルド!ついでに味見もしておくれ!」
強面の常連客ガルドさんはお手伝いを買って出てくれた。完全に厨房スタッフとして馴染んでいる。メアリさんとの阿吽の呼吸は、見ているこっちが照れるほどだ。
ロビーでは、吟遊詩人のニールさんがリュートをかき鳴らしている。
「~♪ 今日はめでたい 感謝祭~
~♪ 宿のオヤジも 踊り出す~
~♪ 監査の眼鏡も 笑い出す~」
「誰が笑い出すだ、誰が」
カウンターの隅で、カインさんが不機嫌そうに(でも計算機を叩く手は止めて)ツッコミを入れている。
その横では、かつてのライバル、ホテル支配人のレイモンド氏がワイングラスを傾けていた。
「フッ……相変わらず騒がしい宿ですね。ですが、この『熱気』こそが、私が学ばねばならないものでした」
「へへっ、だろ?まあ、今日は堅いこと抜きで飲もうや!」
おじさんとレイモンド氏が肩を組んで笑っている。
かつての敵が、今は友として杯を交わす。
なんて素敵な光景だろう。
日が暮れると、さらに「規格外」のお客様たちが続々とやってきた。
「やあ、紬!お招きありがとう!今日は城を抜け出すのに、影武者を3人も使っちゃったよ!」
キラキラオーラ全開の王太子エドワード様が、一般客に混じって登場。
すぐに女性客に囲まれ、「キャー! 素敵なウェイターさんね!」と勘違いされながらも、満更でもなさそうにウィンクを振りまいている。
「……ふむ。人の多さは非効率だが、この熱量は研究対象として興味深い」
氷の公爵ライオネル様は、部屋の隅で静かに本を読みつつ、飲み物がぬるくなった客のグラスを魔法で冷やしてあげている。地味に優しい。
「肉だ!肉を持ってきてくれ!今日の俺は胃袋無限大だ!」
勇者アルド様は、山盛りの唐揚げを前に幸せそうだ。
その向かいに座るのは、知的な眼鏡紳士――学者ゼノ(魔王ゼノン)様と、銀髪の美少女りりちゃんだ。
「パパー!このオムレツおいしい!」
「うむ、りり。たくさんお食べ。……ここの料理は、魔……いや、世界一だからな」
ゼノン様は必死に「学者」の皮を被っているけれど、りりちゃんの口元を拭く手つきは完全に「パパ」だ。
アルド様が、そんなゼノン様にニヤリと笑いかけ、ビール瓶を差し出す。
「どうだ先生、一杯。……北の調査、ご苦労さん」
「……頂こう。君のパーティこそ、ご苦労なことだ」
カチン。
グラスが触れ合う音。
言葉の裏にある「共闘」の絆を知っているのは、私だけだ。
宴は最高潮に達した。
ロビーには、一般のお客さんもVIPな方も従業員も入り乱れ、笑顔の花が咲き乱れている。
私は、ホールの真ん中に立ち、目を閉じてスキル『ささやきヒアリング』に耳を傾けた。
「赤い糸」は見えなくても、今の私には、もっと素敵なものが見える(聞こえる)から。
(……この宿に来てよかった。明日からまた頑張ろう)
(……美味しいなぁ。幸せだなぁ)
(……紬ちゃん、いつもありがとう)
(……ここが、俺たちの居場所だ)
無数の「心の声」が、温かい波となって私に押し寄せてくる。
不満や愚痴なんて一つもない。
そこにあるのは、純粋な「幸福」と「感謝」だけ。
勇者も、魔王も、王子も、商人も、詩人も。
肩書きなんて関係なく、みんながただの「客」として、同じ屋根の下で笑い合っている。
「……すごいなぁ」
私がポツリと呟くと、背後から声をかけられた。
「……満足か?看板娘」
カインさんだ。
彼は少し顔を赤らめながら(酔っているわけではないらしい)、私にグラスを差し出した。
「……君の『非合理なお節介』が、これだけの人間を巻き込み、繋げたんだ。……監査役として、評価してやる」
「カインさん……」
「……この宿の価値は、計算機では弾き出せん。……これからも、俺の計算を狂わせ続けてくれ」
最高の褒め言葉だ。
私は笑顔でグラスを受け取った。
「はい!任せてください!」
その時、おじさんがテーブルの上に立ち上がった(行儀が悪いけど、今日だけは許そう)。
「みんなー!聞いてくれー!」
ざわめきが静まり、全員の視線がおじさんに集まる。
「今日は集まってくれてありがとう!この宿がここまで来れたのは、ここにいるみんなと……そして何より!」
おじさんは、私の方をビシッと指差した。
「世界一の看板娘、紬ちゃんのおかげだー!!」
「「「「うおおおおおーーっ!!!」」」」
割れんばかりの歓声と拍手。
エドワード様が投げキッスを送り、アルド様が親指を立て、ゼノン様が静かに頷き、メアリさんがお玉を振り回す。
りりちゃんが「ツムギお姉ちゃん大好きー!」と叫んでいる。
私は、顔が熱くなるのを感じた。
恥ずかしい。でも、嬉しい。
前世で死んで、女神様のうっかりミスでここに来て。
大変なことも、胃が痛くなることもたくさんあったけど。
「ここに来て、本当によかった」
私は、集まってくれたすべての人に向けて、心からの笑顔で叫んだ。
「皆さん!これからも『木漏れ日の宿』を、よろしくお願いします!!」
「「「「かんぱーーい!!!」」」」
グラスの触れ合う音が、いつまでも、いつまでも響き渡った。
窓の外では、満月が優しく微笑んでいる。
宿の片隅に置かれた、ガレンさんの錆びついた剣も、心なしか満足げに輝いているように見えた。
最高の夜。
私の物語は、まだまだ終わらない――と言いたいところだけど。
ひとまず、この幸せな景色を目に焼き付けておこう。
ここまでお読みいただきありがとうございます!
本当は今まで出てきたキャラクターを全員出したかったのですが、ちょっと収まりきらなくて一部のキャラクターのみの登場になってしまいました(^^;;
次が最終話です。最後まで、紬の物語を楽しんでいただけると嬉しいです!




