第56話 ポンコツ女神の告白と、私が「私」である理由
「……選べるよ?」
深夜の『木漏れ日の宿』の一室。
私のベッドの上で、ポテトチップス(どこから出した?)をバリバリと食べている女神エリス様は、軽い口調で、けれど残酷な二択を突きつけてきた。
「このままスキルを修理して『気遣い最強の看板娘』に戻るか。……それとも、スキルを返上して『ただの女の子』に戻るか」
私は、自分の手のひらを見つめた。
今日一日の失敗が蘇る。
お冷をタイミング良く出せなかったこと。室温に気づけなかったこと。お客様の些細な不満に気づけず、寂しい思いをさせてしまったこと。
「……私は」
声が震える。
「……私は、怖いです。スキルがなくなったら、私はただの、気が利かない何の取り柄もない女の子です。……勇者様も、魔王様も、皆んな、私が『心を読んでくれる便利屋』だから、優しくしてくれただけなんじゃないかって……」
ずっと、心の奥底にあった不安。
私が愛されているのではなく、私の「能力」が愛されているのではないかという疑念。
それを吐き出すと、涙が溢れてきた。
「……ふーん」
エリス様は、指についたポテトの粉を舐めとりながら、つまらなそうに言った。
「紬ちゃんって、意外と卑屈だねー。自己評価低すぎない?」
「だ、だって事実ですもん!今日だって全然ダメで……」
「はい、ストップ!」
エリス様が指をパチンと鳴らすと、空中にホログラムのような映像が浮かび上がった。
それは、これまでの私の「おもてなし」の記録映像だった。
勇者アルド様がピーマンを前に絶望してるシーン。
魔王ゼノン様が娘のために悩んでいるシーン。
老冒険者ガレンさんが、錆びた剣を置いていくシーン。
「見てごらん」
エリス様が画面を指差す。
「確かに、君のスキルは『心の声』を聞いたわよ。アルド君が『ピーマン嫌だ』って思ってることや、ゼノン君が『娘と仲良くなりたい』って思ってること。……他にもたくさんね」
画面の中で、私がアルド様のためにピーマンを細かく刻んでハンバーグに混ぜたり、ゼノン様に絵本を読み聞かせたりしている姿が映し出される。
「でもさ、その情報を聞いて『どう動くか』を決めたのは、誰?」
「……え?」
「スキルは『こうしろ』なんて命令してないでしょ?ピーマンを抜かずに工夫して食べさせようとしたのも、魔王の城に行ってまで娘の笑顔を守ろうとしたのも……全部、紬ちゃん、君自身の『お節介』な心じゃない?」
エリス様は、私の顔を覗き込んだ。
「機械はね、情報を処理するだけ。でも君は、その情報に『愛』を乗せて行動した。……みんなが感謝してるのは、君の『耳』じゃなくて、君の『手』と『心』だよ」
「……私の、心……」
「そう!だから『スキルがないと無価値』なんて、とんだ勘違いよ!……ま、今日の失敗は単にテンパってただけでしょ。慣れれば普通にできるようになるわよ」
女神様のあっけらかんとした言葉が、胸に刺さった棘を、優しく抜いていくようだった。
私は、スキルがあってもなくても私なんだ。
「……それにね、実はもう一つ、謝らなきゃいけないことがあってさー」
エリス様が、急にモジモジし始めた。
嫌な予感がする。
「な、なんですか?」
「いやー、実はそのスキル『ささやきヒアリング』なんだけど……。本当は君にあげる予定じゃなかったのよ」
「え!?」
「本来はね、隣国のスパイとして転生する予定の『冷徹な暗殺者』にあげるはずの、超・高性能な諜報用スキルだったの。……でも、転生の手続きをする時に、貴方がスキルをすぐ選ばないから思わず私のチョイスで選んじゃったのよね……」
「確かにあの時、女神様が可愛らしく『えい!』って言ったような…」
「あの時の流れでうっかり君に渡しちゃったの!あはは、マジごめん!」
思い出した…。
確かにあの時は私も異世界無双ライフを希望していたのに、『ささやきヒアリング』のスキルをもらって絶望してた。
「でもさー!結果オーライじゃない?暗殺者が持ってたら血の雨が降ってたけど、君が持ってたおかげで、世界が平和になっちゃったし!」
エリス様は開き直ってピースサインをした。
……この女神様、本当に駄女神だ。
でも、その「うっかり?」のおかげで、私はたくさんの大切な人たちと出会えた。
「……ふふっ。あははは!」
私は思わず笑い出してしまった。
悩んでいたのが馬鹿らしくなるくらい、私の人生は「偶然」と「うっかり」で出来ていたんだ。
「……わかりました、エリス様」
私は涙を拭いて、真っ直ぐに女神様を見つめた。
「私、やっぱりスキルを直してほしいです」
「おっ、いいの? 『ただの女の子』に戻らなくて」
「はい。……だって、この力は、女神様がくれた『素敵なうっかり』ですから」
私は胸に手を当てた。
「私は、この力を使って、もっとたくさんの人の『言えない言葉』を拾いたいです。……スパイとしてじゃなくて、宿屋の看板娘として。それが、私のやりたいことですから」
「……うんうん。いい顔になったね!」
エリス様は嬉しそうに頷くと、食べかけのポテトチップスを置いて立ち上がった。
「オッケー!契約更新だね!それじゃあ、ちゃちゃっとサーバー再起動して、バグ修正しちゃうから!」
彼女が手をかざすと、私の体が温かい光に包まれた。
「あ、ついでに『バージョンアップ』もしとくね!今までよりも感度が良くなるし、あと『新機能』もつけとくから!」
「えっ、新機能?余計なことはしなくていいですよ!?」
「いいのいいの!お詫びの印!……それじゃあ、紬ちゃん。これからも、その『お節介』で世界を救っちゃってねー!バイバーイ!」
パァァァァッ!!
強烈な光が視界を埋め尽くす。
「あ、待って、コーヒー片付けてってくださ……!」
私の声は光の中に消えた。
チュンチュン……。
小鳥のさえずりで目が覚めた。
私はベッドの上で飛び起きた。
「……夢?」
部屋には、女神様の姿もポテトチップスの袋もない。
でも、枕元には一枚のメモが残されていた。
『修理完了!請求書はおじさんに回しといて♡byエリス』
……夢じゃなかった。
私は慌てて、窓を開けた。
下から、おじさんが掃除をする音が聞こえる。
耳を澄ませる。
すると――。
(……紬ちゃん、昨日は体調悪そうだったけど大丈夫かな…?)
聞こえる!
おじさんの心の声が、クリアに、そして以前よりも温かみを持って聞こえてくる!
「直った……!」
私は嬉しくて、窓から身を乗り出した。
「おじさーん! おはようございます!」
「おう!おはよう紬ちゃん! ……良かった。体調良くなったみたいだな!」
「はい!おかげさまで元気いっぱいです!」
私は大きく返事をした。
スキルは戻った。でも、昨日の私とは違う。
これは、ただの道具じゃない。私の「お節介な心」を届けるための、大切なパートナーだ。
さあ、今日も頑張ろう。
私は着替えるためにクローゼットを開けた。
その時。
私の視界の端に、今まで見たことのない「アイコン」のようなものが、空中にポワンと浮かんでいるのが見えた。
『新機能:【運命の赤い糸】可視化モード』
「……は?」
女神様?
なんかまた、とんでもなく余計な機能をつけませんでしたか?
私の「胃痛」の種は、バージョンアップして帰ってきたようだ。
ここまでお読みいただきありがとうございます!
ある意味この物語のクライマックスな内容でした。
ただ、最終章はもう少しだけ続きます。
よろしくお願いします!




