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第54話 魔界からの帰還と、危険すぎるお土産

 魔界の朝は、紫色の空に浮かぶ二つの月が沈み、地平線からぼんやりとした青白い光が差し込むことで始まる。


 魔王城『パンデモニウム』の城門前。

 そこには、私たちを見送るためにゼノン様とりりちゃん、そして四天王や城のスタッフたちがずらりと並んでいた。



「うぅ……。ツムギお姉ちゃん、帰っちゃうの……?」



 りりちゃんが、ウルウルの瞳で私のスカートを握りしめている。

 その姿を見ると、心が揺らぐ。

 ああ、もう一泊くらいしてもいいかな、なんて思ってしまうけれど宿をこれ以上空けるわけにはいかない。



「ごめんね、りりちゃん。でも、お店に戻らないとおじさんが困っちゃうから」



「……うぅ。わかった。……でも、絶対また来てね?」



「うん、約束する。次は焼きたてのアップルパイもお土産に持っていくから楽しみにしててね!」



「ほんと!?やったぁ!」



 りりちゃんがパァッと笑顔に戻る。

 りりちゃんとのお別れは、寂しくないものにしたかったから、笑顔なりりちゃんが見れて嬉しい気持ちになった。

 しかし、本当の危機はここからだった。



「紬殿たち!待たれよ!」



 蒸気を噴き出しながらズシンズシンと歩み寄ってきたのは、破壊将軍ヴォルグだ。



「……無事に帰れるよう、俺からの餞別だ。受け取ってくれ」



 彼が差し出したのは、禍々しいオーラを放つ巨大な黒い戦斧バトルアックスだった。


 刃には『一撃必殺』と魔界文字で刻まれている。



「こ、これは……?」



「『断頭斧・首狩り丸』だ。これさえあれば、宿に来る荒くれ者の首など、一撃で刎ねられる」



「いりません!!宿屋です!処刑場じゃありません!」



 私が全力で拒否すると、ヴォルグはシュンと蒸気を漏らした。

 

(……せっかく研いできたのに……。じゃあ、こっちの『呪いの藁人形セット』の方がよかったか……?)


 ろくなものがない!



「あらあら、ヴォルグったら野蛮ねぇ」



 次にやってきたのは、サキュバスのライラさんだ。

 彼女は妖艶な微笑みと共に、紫色の怪しい液体が入った小瓶を渡してきた。



「私からはこれよ。『魅惑の香水・フェロモンMAX』。これを一滴ふりかければ、どんな堅物の男もイチコロよ。……魔王様から聞いたけど『氷の公爵』さんとかに試してみたら?」



「結構です!公爵様がこれ以上デレたら収拾がつかなくなります!」



 私が慌てて突き返すと、今度は骸骨執事のグリムさんが、カゴいっぱいの「動くキノコ」を持ってきた。



「旅のお供にどうぞ。『叫ぶマンドラゴラ』のピクルスでございます。噛むと断末魔の悲鳴を上げますが、滋養強壮に……」



「食べられません!悲鳴を聞きながら食事したくありません!」



 次々と差し出される「魔界の特産品(激ヤバアイテム)」たち。


 好意なのはわかる。わかるけど、これを持って帰ったら入国審査で捕まるどころか、宿が呪いの館になってしまう!



「……まったく、あんたたち!紬を困らせるんじゃないよ!」



 助け舟を出してくれたのは、メアリさんだった。

 彼女は、厨房のオーク料理長とガッチリ握手を交わしていた。



「お土産なら、あたしがもらったこの『魔界岩塩』と『マグマ唐辛子』だけで十分さ! これさえあれば、宿のメニューに『激辛地獄鍋』が追加できるからね!」



 さすがメアリさん。実用的かつ、安全(?)なラインを見極めている。



 



 ドタバタのお土産騒動が落ち着き、いよいよ『転送ゲート』が開かれた。

 黒い渦が、再び裏庭に繋がる道を作る。



「……紬」



 最後に、魔王ゼノン様が私の前に立った。

 彼は、周囲に聞こえないよう声を潜めて言った。



「……礼を言う。りりは、ここ最近で一番の笑顔を見せてくれた。……お前を招いて正解だった」



「私も楽しかったです。ゼノン様」



「……それとな」



 ゼノン様の真紅の瞳が、ふっと鋭く細められた。



「昨夜、お前がバルコニーで聞いた話……忘れるなよ」



 ドキリとした。

 宴の裏で聞いた、勇者アルド様と戦う「反魔王派」の話だ。



「奴らは、人間との共存を望む私を憎んでいる。……そして、私と親しくする人間をも、標的にするかもしれん」


(……巻き込みたくはないが、忠告しておかねばならん。……お前は、無防備すぎるからな)


 ゼノン様は、私のポケットに入っている、昨日もらった『夢見の砂』が入った小瓶を指差した。



「何かあれば、その砂を使え。……それと、もし手に負えない事態になれば、いつでも呼べ。……友を傷つける者を、私は許さん」



 魔王様の、静かで、けれど圧倒的な覇気。

 それは恐怖ではなく、頼もしさだった。



「はい。……気をつけます」



 私は深く頷いた。

 勇者様と戦っている彼らの影は、思ったよりも近くにあるのかもしれない。

 でも、今は心配させないように、精一杯の笑顔を見せることにした。



「それじゃあ、行ってきます!りりちゃん、またね!」



「ばいばーい!アップルパイまってるねー!」



 りりちゃんが大きく手を振る。

 私たちは、黒い渦の中へと飛び込んだ。





 

 ――ポンッ。


 軽い音と共に、私たちは『木漏れ日の宿』の裏庭に放り出された。

 見上げれば、そこには突き抜けるような青空と、眩しい太陽。

 紫色の空に見慣れていた目には、少し眩しすぎる。



「か、帰ってきたぁぁ……!」



 アンナさんが地面にへたり込む。



「やっぱり、人間の世界が一番ですね……。空気も美味しいしキノコも叫ばないし……」



「あたしは、あっちの食材も捨てがたいけどねぇ」



 メアリさんは、お土産の岩塩を嬉しそうに抱えている。

 私たちは、服についた魔界のキラキラしてるを払い、宿の勝手口を開けた。



「ただいまー!」



「お、おお!皆んな!無事だったか!」



 ロビーで待っていたおじさんが、涙目で駆け寄ってきた。

 レイモンド氏もソファで紅茶を飲みながら、「やれやれ、三日も店を空けるとは、従業員失格ですね」なんて言いながらも、ホッとした顔をしている。


「お土産ですよ!はい、魔界特製・マンドラゴラのピクルス(叫ばない加工済み)です!」



「ひぃぃ! なんか瓶の中で動いてないか!?」



 いつもの賑やかな日常。

 

 私は、エプロンのポケットに入っている、りりちゃんからの手紙と、ゼノン様からの『夢見の砂』をそっと撫でた。


 魔界と人間界。

 二つの世界は、まだ遠い。


 勇者様と戦う「影」も消えてはいない。

 でも、私にはわかる。


 美味しいものを食べて、笑い合える心があれば、いつかきっと、空の色なんて関係なくなる日が来るはずだ。



 さあ、仕事の時間だ。

 私はエプロンの紐をキュッと締め直し、いつもの笑顔でカウンターに立った。




「いらっしゃいませ! 『木漏れ日の宿』へようこそ!」





ここまでお読みいただきありがとうございました!

魔界編はこれにて終了です!そして次から最終章の始まりです…!

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― 新着の感想 ―
 レイモンドがすっかりおじさんに懐いちゃってますね。この前、うっかり国王陛下がお出ましになっていたら、この平和な日常はあり得ませんでしたね。  これからいよいよ最終章。いつまでも続いてほしいけれど、最…
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