第53話 魔王の寝かしつけと、語り継がれない「優しい物語」
魔王城での盛大な誕生日パーティーは、深夜まで続いた。
ヴォルグ将軍は「りり様、万歳……」と呟きながら、ノンアルコールのジュースで感極まって号泣し、サキュバスのライラさんはメアリさんから「ピーマンの肉詰め」のレシピを必死にメモしていた。
骸骨執事のグリムさんも、顎が外れるほど笑い大盛況のうちにお開きとなった。
「……ふわぁ」
主役のりりちゃんが、可愛らしいあくびをする。
さすがに遊び疲れたようだ。目はとろんとして今にも夢の世界へ旅立ちそうだ。
「りり、もう寝る時間だ。……楽しかったか?」
ゼノン様が、りりちゃんを軽々と抱き上げる。
「うん……。すっごく、たのしかった……。ツムギお姉ちゃんたち、きてくれて、ありがと……」
「どういたしまして。いい夢見てね、りりちゃん」
私が頭を撫でると、りりちゃんは私の袖をキュッと掴んだ。
「……ツムギお姉ちゃんも、きて。……寝るまで、そばにいて……」
そんな甘えた声を出されたら、断れるはずがない。
私はゼノン様と共に、城の最上階にあるりりちゃんの寝室へと向かった。
りりちゃんの寝室は、天蓋付きの大きなベッドがあり、天井には魔法で映し出された星空が輝く夢のように素敵な部屋だった。
ゼノン様は、りりちゃんをベッドに寝かせると、枕元の棚から一冊の分厚い本を取り出した。
表紙には、鎖に繋がれた髑髏と、燃え盛る炎の絵が描かれている。
タイトルは『暗黒竜の血塗られた逆襲 ~絶望の章~』。
「……ゼノン様? それは?」
「絵本だ。毎晩読み聞かせをしている」
絵本!?
どう見ても禁断の魔導書か、R指定の歴史書にしか見えませんけど!
「さあ、りり。昨日の続きだ。……『そして暗黒竜は、裏切り者の騎士の首をねじ切り、その鮮血で祝杯をあげたのです。ギャオオオ!』」
ゼノン様が、無駄にいい声で、臨場感たっぷりに読み上げる。
「……パパ、こわい……」
りりちゃんが布団を被って震え出した。
当然です! 教育に悪すぎます!
「なに?怖かったか? ……では、こっちの『呪われし沼のゾンビ一家』にするか?」
(……おかしいな。俺が子供の頃は、こういう話を聞くとワクワクして眠れたのだが……。最近の子供のトレンドがわからん……)
魔族の英才教育、ハードルが高すぎる。
ゼノン様が困り果てているのを見て、私は助け舟を出した。
「ゼノン様。……もしよろしければ、私が読みましょうか? 日本……私の故郷の昔話なんですけど」
「お、おお。頼む。りりが泣き止まん……」
私はゼノン様と場所を代わり、ベッドの縁に腰掛けた。
りりちゃんが、涙目のまま顔を出す。
「……こわくないおはなし?」
「うん。怖くないよ。……『桃太郎』っていう、強い男の子のお話にしよっか」
私は、なるべく魔族向けにアレンジしながら語り始めた。
「昔々あるところに、おじいさんとおばあさんがいました。川から大きな桃が流れてきて……中から元気な男の子が生まれました」
「ももから?すごい!」
「男の子は『桃太郎』と名付けられ、すくすくと育ちました。そしてある日、彼は旅に出ます。……犬と猿とキジという仲間と一緒に」
りりちゃんは目を輝かせて聞き入っている。
ゼノン様も、腕を組んで興味深そうに頷いている。
(……ほう。異種族混合パーティーか。バランスが難しそうだが、統率力があるのだな)
視点が魔王です、ゼノン様。
「そして桃太郎たちは、悪いことをする鬼……あ、えっと、悪い奴らが住む島へ行きました」
しまった。「鬼ヶ島」って、ここ(魔界)じゃん。
魔族の前で「鬼退治」の話はマズイかもしれない。
私はとっさにストーリーを改変した。
「でもね、島に行ってみると鬼さんたちは『寂しかったから、いたずらしちゃったんだ』って泣いていたの」
「えっ、ないてたの?」
「うん。だから桃太郎は、持っていた『きびだんご』を分けてあげて、みんなで仲良くパーティーをしました。……そして、みんな友達になって、幸せに暮らしましたとさ。おしまい」
平和的解決!
これなら魔界でも炎上しないはずだ。
「わぁ……!よかったぁ……」
りりちゃんは、安心したようにふにゃりと笑った。
「ももたろうさん、やさしいね。……ツムギお姉ちゃんみたい」
「ふふっ、そうかな」
「うん……。ムニャ……」
りりちゃんの呼吸が、次第に深く、規則正しくなっていく。
あっという間に、彼女は安らかな寝息を立て始めた。
私たちは音を立てないように部屋を出て、廊下の窓辺に立った。
窓の外には、紫の夜空と二つの月が静かに輝いている。
「……感謝する、紬」
ゼノン様が、静かに言った。
「私は……戦いの物語しか知らん。奪い、勝ち取り、ひれ伏させる。そうやって生きてきたからな」
(……あんなふうに、敵と分かり合える物語があるなど、考えたこともなかった。……りりに聞かせるべきは血の歴史ではなく、こういう物語なのかもしれん)
彼の横顔は、最強の魔王ではなく、一人の父親として悩んでいるように見えた。
「ゼノン様。……桃太郎の話は、ただの作り話です。でも……」
私は、バルコニーから見下ろせる城下町の灯りを指差した。
「今日のパーティーを見て思いました。ここの皆さんも、美味しいものを食べて笑って、家族を大切にして……私たち人間と、何も変わらないんだなって」
「…………」
「だから、いつか本当に……きびだんご……じゃなくて、アップルパイを囲んで、人間と魔族が笑い合える日が来るって、私は信じてます」
私の言葉に、ゼノン様は目を見開いた。
そして、フッと口元を緩め、夜空を見上げた。
「……甘いな。お前の作る菓子のように」
彼は、懐から小さな小瓶を取り出した。
中には、星屑のような光る砂が入っている。
「これは『夢見の砂』。……魔界の奥地にしかない、幸せな夢を見せる魔道具だ」
「綺麗……」
「持っていけ。……お前が、辛い現実に直面した時、これが助けになるかもしれん」
辛い現実。
それは、宴の裏で聞いた「勇者との戦い」のことを示唆しているのかもしれない。
でも今は、その言葉の優しさだけを受け取ることにした。
「ありがとうございます。大切にします」
ゼノン様は、不器用に私の頭をポンと撫でた。
「……明日の朝、ゲートを開く。それまで、ゆっくり休め。……我が友よ」
友。
魔王様が、私を「友」と呼んでくれた。
勇者アルド様の「心の友」と、魔王ゼノン様の「友」。
板挟みのような気もするけれど、今の私には、それが何よりも誇らしかった。
廊下を歩きながら、私はポケットの中の『夢見の砂』を握りしめた。
いつか、この砂を使わなくても、誰もが幸せな夢を見られる世界になりますように。
おやすみなさい、魔界の夜。
私の小さな冒険は、もうすぐ終わりを告げる。
ここまでお読みいただきありがとうございました!
私が幼い頃、母が桃太郎の絵本を読んでくれたのを書いていて思い出しました^_^




