第51話 魔王城の四天王と、震える破壊将軍
魔王城『パンデモニウム』の大広間。
そこは、私の想像を絶する煌びやかさと、禍々しさが同居する空間だった。
シャンデリアの代わりに浮かぶ巨大な火の玉。
深紅のカーペット。
そして、テーブルに並ぶのは、マンガに出てくる肉のような巨大な骨付き肉や、蛍光色に光るゼリー、目玉のような果物が浮いたスープ……。
「ひぃぃ……。あ、あれ、本当に食べ物ですか……?」
アンナさんが青ざめている。
しかし、メアリさんは既にフォーク片手に突撃していた。
「おや、この目玉スープ、見た目はグロテスクだけど、味は高級なライチみたいでサッパリしてるよ!こっちの肉も、霜降りでとろけるようだ!」
さすがメアリさん。魔界でもブレない。
会場には、魔界中から集まった高位の魔族たちがひしめき合っていた。
その中でも、ひときわ異彩を放つ四人の影が、玉座の近くに控えていた。
魔王ゼノン様の側近中の側近、『魔王軍四天王』だ。
妖艶な美女のサキュバス。
全身が影でできた死神。
三つの首を持つドラゴン人間。
そして――。
「……グルルルル……」
一際巨大な、全身を棘だらけの黒いフルプレートアーマーで覆った巨人がいた。
身長は3メートル近い。兜の奥からは赤い眼光が漏れ出し、全身から湯気のような熱気を発している。
背中には、身の丈ほどもある巨大な戦斧。
『破壊将軍』ヴォルグ。
単身で城壁を粉砕すると恐れられる、魔王軍随一の武闘派だ。
そのヴォルグさんが、さっきからずっと、私の方を――いや、正確にはりりちゃんの方を、食い入るように睨みつけているのだ。
「……グルル……(殺気)」
怖い。怖すぎる。
今にも戦斧を振り回して暴れ出しそうな雰囲気だ。
周りの魔族たちも、「ヴォルグ様、苛立っておられる……」、「人間がいるのが気に入らないのか?」と遠巻きにしている。
ゼノン様が、心配そうにこちらを見た。
「……すまんな、紬。ヴォルグは少々、気性が荒くてな。……だが、今日はお祝いの席だ。手出しはさせん」
「は、はい……」
その時だった。
りりちゃんが、テーブルの中央に用意された巨大なバースデーケーキの前に立った。
「わぁ!すごい!パパ、ありがとう!」
りりちゃんの笑顔に、会場中が和む。
さあ、プレゼント贈呈の時間だ。
サキュバスのお姉さんが綺麗なドレスを、ドラゴンの人が宝石を渡していく。
そして、最後にヴォルグの番が来た。
彼は、ズシン、ズシンと地響きを立てて、りりちゃんの前に歩み出た。
「……」
りりちゃんの前で仁王立ちする、鋼鉄の巨人。
その圧迫感に、りりちゃんも少し驚いて後ずさる。
ヴォルグさんは、無言のまま懐に手を入れ――何かを取り出そうとした。
しかし。
「……グヌヌ……!」
動きが止まった。
兜の下から、苦しげな唸り声が漏れる。
全身の鎧がガシャガシャと震え、噴き出す蒸気の量が増える。
殺気が、最高潮に達している!
「きゃああ!紬さん!あの人、武器を出そうとしてますよ!?」
アンナさんが私の後ろに隠れる。
ゼノン様も、眉をひそめて立ち上がりかけた。
「ヴォルグ!控えよ!りりを怖がらせる気か!」
しかし。
私のスキル『ささやきヒアリング』は、その轟音のような唸り声の裏にある、極小の、そして悲痛な「心の叫び」を拾い上げてしまった。
(……やばい。……指が太すぎて、ポケットから出せない……!)
(……くそっ! なんで俺の指はこんなにゴツイんだ! このままじゃ、りり様へのプレゼントが……一生懸命作った『手作りクッキー』が、粉々になっちまう!)
(……力加減が難しい!ちょっとでも力を入れたら砕ける!助けてくれ!誰か俺の指を抜いてくれぇぇぇ!)
……え?
手作りクッキー!?
私は耳を疑った。
あの破壊将軍が? あのトゲトゲの鎧の中で? クッキーを?
ヴォルグさんはパニックになっていた。
焦れば焦るほど力が入ってしまい、蒸気が噴き出し、周囲からは「怒りで震えている」ように見えてしまっているのだ。
このままでは、彼は誤解されたまま、ゼノン様に吹き飛ばされてしまうかもしれない。
そして何より、彼が徹夜で作った(であろう)クッキーをりりちゃんに渡せないなんて可哀想だ!
「……待ってください!」
私は、アンナさんの制止を振り切って、ヴォルグの前に飛び出した。
「つ、紬!?」
「人間!?殺されるぞ!」
周囲の悲鳴を無視して、私はヴォルグさんの巨大な手首(鎧の隙間)にそっと手を添えた。
「将軍様。……お手伝いしましょうか?」
「……!?」
ヴォルグさんの赤い眼光が、驚愕に見開かれた。
「そのポケットの中の『壊れやすいもの』、取り出せないんですよね? 指が大きくて」
(……な、なぜそれを!?こいつ、エスパーか!?)
「力を抜いてください。深呼吸して。……はい、私が支えますから、ゆっくり……」
私は、震える彼のガントレットを優しく支えた。
ヴォルグさんは、私の言葉に従い、フーッ、フーッ、と蒸気を吐きながら、必死に指先の力をコントロールした。
そして。
スポッ。
彼の手から取り出されたのは、無骨な彼には似つかわしくない、ピンク色のリボンがかけられた小さな包みだった。
「……あ」
会場が静まり返る。
ヴォルグさんは、その包みを、恐る恐るりりちゃんに差し出した。
「……りり様。……お、おめでとう……ございます」
その声は、地響きのように低いけれど、とても照れくさそうだった。
りりちゃんが包みを開けると、中には、りりちゃんの顔を模した(ちょっと歪んでるけど一生懸命さが伝わる)アイシングクッキーが入っていた。
「わあ!可愛い!ヴォルグ、これ作ってくれたの!?」
「……は、はい。……修行しました」
りりちゃんがパァッと笑顔になり、そのクッキーを一口かじった。
「んー!美味しい!ありがとう、ヴォルグ!」
「……!!」
ヴォルグの兜の隙間から、プシュァァァァァ!! と大量の蒸気が噴き出した。
それは、怒りではなく、感激と恥ずかしさのオーバーヒートだった。
(……よかった。……喜んでくれた。……砕けなかった。……ありがとう、人間の娘よ……)
彼は私を見て、コクンと小さく頷いた。
周りの魔族たちも、ようやく事態を飲み込み、「なんだ、照れてただけかよ!」、「ヴォルグ様、可愛いとこあるじゃん」と笑いが起きた。
ゼノン様も、苦笑しながら座り直した。
「……まったく。人騒がせな奴だ」
こうして、一触即発の空気は、甘いクッキーの香りと共に霧散した。
その後、ヴォルグさんは私のもとへやってきて、モジモジしながら言った。
「……人間。……いや、紬殿」
「はい?」
「……さっきは助かった。……俺は、力が強すぎて、細かい作業が苦手でな。力を調整しようとするあまり変に力が入ってしまった。……だから、その、今度、またクッキーの焼き方を教えてくれないか? 焼き加減が難しくて……」
破壊将軍、まさかのお菓子作り仲間入り!?
私はメアリさんを呼んだ。
「メアリさん!新しいお弟子さんですよ!」
「おやまあ!鎧着たままキッチンに入らせないよ!脱いでから来な!」
メアリさんに怒られ、シュンとする巨大な将軍。
その姿を見て、私は確信した。
魔界も、人間界も、変わらない。
見た目が違っても、みんな誰かを想って、悩んで、笑っている。
私の宿屋で見てきた景色と、何も変わらないんだ。
魔王城のパーティーは、まだ始まったばかり。
次はどんな「心の声」が聞こえてくるのか、楽しみと感じている私がいた。
ここまでお読みいただきありがとうございます!
周りが殺気だと感じていたヴォルグの気配は、実はクッキーを壊さないようにするためにとても気を遣っていたからでした!




