第48話 豪華すぎる従業員と大逆転の狂騒曲
その日、王都の観光名所が一つ消え、新たな名所が誕生した。
向かいの巨大ホテル『グランド・ロイヤル』に並んでいた客たちが、まるで磁石に吸い寄せられる砂鉄のように、一斉に方向転換し、私たちの宿……もとい、『木漏れ日の宿』へと雪崩れ込んできたのだ。
「お、おい! 今入っていったの、エドワード殿下だよな!?」
「勇者アルドもいたぞ!まさか、あっちの宿の方が隠れ家リゾートなのか!?」
「貴族様までいたわよ!どんなサービスをやっている宿なのかしら!」
人々の好奇心は、半額キャンペーンの魅力を軽々と超えた。
あっという間に、閑古鳥が鳴いていたロビーは、すし詰め状態の大混雑となった。
「い、いらっしゃいませぇぇぇ!ちょ、ちょっと待ってください!順番に!順番にお願いしますぅぅ!
」
私は嬉しい悲鳴を上げながら、てんてこ舞いで対応していた。
おじさんもアンナさんも、目が回って倒れそうだ。
キャパシティオーバー。
完全にパンクしている。
その時。
「……紬。見ていられないな」
キラキラとしたオーラを撒き散らしながら、王太子エドワード様が前に出た。
彼は、優雅に上着を脱ぎ、シャツの袖をまくった。
「僕が手伝うよ。……王宮でのパーティー主催経験を活かして、フロアを回してみせる!」
「えっ、殿下に給仕なんてさせられません!」
「いいから!君が倒れたら、僕が悲しいんだ!」
エドワード様は、ウィンク一つで女性客たちを卒倒させると、銀のお盆を片手にホールへ飛び出した。
「さあ、マドモアゼル。当宿自慢のウェルカムドリンクだ。……僕の愛も入っているよ」
「キャァァァァッ!!殿下のお酌ぅぅぅ!!」
女性客の黄色い悲鳴が上がる。集客効果が凄まじい。
「なら、俺は力仕事だ!」
勇者アルド様が、筋肉を唸らせて立ち上がった。
「お客様の荷物は俺が運ぶ!二階でも三階でも任せてくれ!筋力トレーニングにもなるし一石二鳥だ!」
彼は一度に十個のトランクを担ぎ上げ、階段を猛ダッシュで駆け上がっていった。
速い。ちょっと危なっかしいが頼もしい。
「……フン。厨房の熱効率が悪いな」
シルフィールド公爵、ライオネル様は、いつの間にか厨房に入り込んでいた。
「メアリ、そこだ。火力が強すぎる。……私の氷魔法で、冷蔵庫の冷却効率を最適化する。あと、皿洗いは任せろ。水流操作魔法で、一瞬で片付ける」
「あ、ありがたいねぇ!魔法使いってのは便利だわ!」
メアリさんが大喜びしている。公爵様が皿洗いをする宿なんて、世界でここだけだ。
そして、ロビーの奥では。
「……ほら、りり。こぼさないように運ぶのだぞ」
「うん!パパ!」
魔王ゼノン様が、娘のりりちゃんにキャンディ配りを手伝わせていた。
魔王様の禍々しいオーラに怯えていた客たちも、一生懸命に飴を配る天使のようなりりちゃんを見て、一瞬で骨抜きにされていた。
「か、可愛い……」
「この方、見た目は怖いけど優しいパパさん……?」
恐怖が萌えに変わる瞬間だった。
かくして、『木漏れ日の宿』は、世界最強のスタッフ陣による、カオスだが超豪華な営業を開始した。
その様子を、カウンターの中で計算機を叩きながら指揮していたのが、カインさんだ。
「……エドワード、2番テーブルの回転率が悪い。愛想を振りまくのは一人3秒までにしろ」
「……アルド、荷物を壁にぶつけるな。修繕費を請求するぞ」
「……学者(魔王様)、威圧感を抑えろ。客に緊張感を与えすぎだ」
彼は的確(かつ無礼)な指示を飛ばし、この狂乱の宴を見事に「利益」へと変換していく。
(……くっ、忙しい。だが、悪くない。……この一体感、数字が跳ね上がる感覚……たまらん!)
カインさん、内心ノリノリである。
そんな中。
ロビーの隅で、信じられないものを見るような顔で立ち尽くしている男がいた。
ライバルホテル『グランド・ロイヤル』の支配人、レイモンド氏だ。
「な、なんなんだこれは……!」
彼は、震える手でハンカチを握りしめていた。
「接客マニュアルも、制服の統一もない! 動線もめちゃくちゃだ! なのに……なぜ、客たちはこんなに笑顔なんだ!?」
彼の目には、信じがたい光景が映っていた。
王太子が一般客と笑い合い、勇者が子供を肩車し、魔王が飴を配り、公爵が皿を洗う。
そして、その中心で、看板娘の私が、右へ左へと走り回りながら、すべてのお客様に「おかえりなさい!」と声をかけている。
「……『スペック』じゃない」
レイモンド氏は、呆然と呟いた。
「設備でも、価格でもない。……この宿には、圧倒的な『熱』がある……!」
彼が敗北感を噛み締めていると、カインさんが背後から声をかけた。
「……理解できたか?敏腕経営者くん」
「っ!スターリング支部長……!」
カインさんは、今日の売上速報(凄まじい桁数)を見せつけながら、冷ややかに言った。
「貴様のホテルは綺麗だ。だが、綺麗すぎて『隙』がない。……客が求めているのは、緊張を強いる完璧な空間ではない。……泥臭くても、心からくつろげる『居場所』なのだよ」
「居場所……」
「ああ。そしてこの宿は、国を動かすような連中にとっても、唯一の『素顔になれる居場所』だ。……それを潰そうとしたのが、貴様の最大の計算違いだ」
カインさんの言葉に、レイモンド氏はガクリと膝をついた。
「……完敗です。……私の、負けだ」
彼は、逃げるようにではなく、深々と頭を下げて、宿を去っていった。
その背中は、最初に来た時の傲慢さは消え、どこか憑き物が落ちたように見えた。
その日の夜。
営業終了後のロビーでは、ささやかな(しかしメンバーは豪華すぎる)打ち上げが行われた。
「ふぅー!働いたー!久しぶりにいい汗かいたよ!」
「労働の後の麦酒は美味いな!紬さん、おかわり!」
「……非効率な一日だったが、データとしては興味深い」
「……りりが楽しそうだったから、良しとしよう」
みんな、疲れているはずなのに、とても楽しそうだ。
私は、ジョッキやグラスにお酒を注ぎながら、みんなの心の声を聞いた。
(……紬の笑顔が見れてよかった)
(……この場所だけは、絶対に守りたかったんだ)
(……ここがなくなったら、俺、どこでサボればいいんだよ)
みんなの温かい想いが、胸に沁みる。
私は、涙をこらえて、精一杯の笑顔で乾杯の音頭を取った。
「皆さん! 本当に、本当にありがとうございました!……『木漏れ日の宿』は、皆さんがいる限り、不滅です!」
「「「「かんぱーい!!」」」」
グラスが触れ合う音が、勝利の鐘のように響き渡った。
こうして、「ライバルホテルの襲来」は、最強の常連客たちの力によって、見事な大逆転勝利で幕を閉じた。
向かいの巨大ホテルは、その後レイモンド氏の方針転換により、「静寂を楽しむ大人の隠れ家」として路線変更し、うまく棲み分けができるようになった……というのは、後日談。
とりあえず今は、この賑やかで、愛おしい夜を楽しむことにしよう。
私の宿屋ライフは、やっぱり規格外で、最高だ。
ここまでお読みいただきありがとうございました!
ライバルホテル襲来編は以上で終了です!
次話からまた新しい展開になります!




