第47話 VIPたちを呼び寄せる、前代未聞の作戦会議です!
「……いいか、よく聞け。敵の強みは『資本力』と『設備』だ。だが、弱点は『標準化』にある」
『木漏れ日の宿』のロビー。
カインさんは、テーブルの上に宿の帳簿と、ライバルホテル『グランド・ロイヤル』のチラシを広げ、まるで軍師のように腕を組んだ。
おじさん、アンナさん、メアリさん、そして私が、ゴクリと唾を飲んで彼を見つめる。
「奴らのサービスはマニュアル通りだ。誰に対しても同じ、平均点以上のサービスを提供する。……だが、それだけだ。『この客には何が必要か』という個別最適化が欠落している」
「えっと……つまり?」
「つまり、奴らの客は『設備』に金を払っているだけで、『人』には力を入れていないということだ。……対して、このボロ宿の強みはなんだ?」
カインさんが私を指差した。
「えっ、私ですか? ……うーん、お節介なところ……?」
「そうだ。貴様のその『非合理なお節介』と、メアリの『家庭的な料理』、親父の『暑苦しい笑顔』。……これらは、マニュアル化できない『一点物』の価値だ」
カインさんの言葉に、おじさんたちが顔を見合わせる。
欠点だと思っていた部分が、実は武器だったなんて。
「だが、いくら良い商品でも、知られなければ意味がない。奴らの派手な宣伝に埋もれているのが現状だ。……そこでだ」
カインさんの眼鏡が、怪しく光った。
「この宿には、奴らが逆立ちしても手に入れられない、最強の『広告塔』がいるだろう?」
「広告塔……?」
「とぼけるな。……王太子、公爵、勇者、そしてあの黒い男(魔王)。……こいつらを全員、呼び戻せ」
「ええええええ!?」
私は悲鳴を上げた。
全員!? また!?
「む、無理ですよ!みんな忙しいですし、またあんなカオスな晩餐会になったら、私の胃が持ちません!」
「甘いことを言うな!今は非常事態だ!奴らの『半額キャンペーン』に対抗するには、金額では測れない『圧倒的ブランド力』を見せつけるしかない!」
カインさんは、計算機をバン! と叩いた。
「計算した。この四名が同時に滞在した場合の宣伝効果は、王都の新聞一面広告を三ヶ月出し続けるコストに匹敵する。……しかも、彼らは貴様に借りが(あるいは好意が)ある。呼べば必ず来る。……合理的だ」
(……本当は、あいつらに会わせたくはないが……。この宿を守るためには、背に腹は代えられん。……くそっ、俺の胃も痛くなってきた)
カインさんも胃痛を覚悟の上での提案らしい。
そこまで言うなら、やるしかない。
私は覚悟を決めて、ペンを手に取った。
宛先は、この国の(そして魔界の)VIPたち。
『助けてください!木漏れ日の宿、存続の危機です。……美味しいご飯を用意して、待っています』
手紙を出してから、三日後。
向かいの巨大ホテル『グランド・ロイヤル』は、今日も大盛況だった。
玄関前には豪華な馬車が列をなし、着飾った貴族や富豪たちが吸い込まれていく。
一方、私たちの宿の前には、あの嫌味な支配人・レイモンド氏が、部下を引き連れて立っていた。
「やれやれ。まだ営業していたのですか?往生際が悪いですねぇ」
彼は、閑散とした私たちの宿を見て、嘲笑うように言った。
「見てください、この差を。今日我がホテルには、地方の男爵様や、有名商会の会長様がご宿泊です。……あなた方の宿に、そんなVIPが来ますか?来るわけがないでしょう。噂で勇者や公爵が来たというホラ話を聞いたことがありますが、どうせ宣伝目的の嘘に決まってます」
おじさんが悔しそうに拳を握る。
カインさんは、腕組みをしたまま、無言で通りの向こうを睨んでいた。
「……来るさ」
「はい?」
「……時間だ。計算通りなら、あと三十秒で到着する」
カインさんが腕時計を見た、その瞬間だった。
ドガァァァァァン!!!
地面が揺れた。
地震? いや、違う。
通りの向こうから、砂煙を上げて「何か」が猛スピードで突っ込んできたのだ。
「うおおおおお!待たせたな、心の友よーーーッ!!」
先頭を切って走ってきたのは、金髪をなびかせた勇者アルド様だった。
その後ろには、リナさんたち勇者パーティー全員が続いている。
「ゆ、勇者アルド!?」
レイモンド氏が目を丸くする間もなく、反対側の空から、ヒヒィィィン!と高貴な嘶きが響いた。
王家の紋章が入った、白銀のペガサス騎士団が着陸し、その中央からキラキラしい笑顔の青年が降り立った。
「やあ、紬!遅れてごめんね! 父上(国王)に『わしも行く!』って泣きつかれて、撒くのに苦労したよ!」
王太子エドワード様だ!
国王陛下まで来ようとしてたの!? 危ないところだった!
「エドワード殿下!?ま、まさかに本当に噂は本当なのか…!?」
腰を抜かすレイモンド氏を無視して、今度は空間が歪み、冷気と共に氷の貴公子が現れた。
「……空間転移の魔法を使うのには時間がかかる。だが、君の助けとあらば、価値はある」
シルフィールド公爵のライオネル様!
手にはしっかりと、お土産の紅茶缶を持っている。
そして、トドメとばかりに。
空が急に暗くなり、黒い霧と共に、禍々しくも威厳のある影が降り立った。
「……りりが、どうしても行きたいと聞かなくてな。……邪魔するぞ」
魔王ゼノン様(と、りりちゃん)!
今回はお忍びのローブなし!魔王モード全開のフル装備だ!
「ひっ……!ま、ま、魔王……!?」
レイモンド氏だけでなく、向かいのホテルに並んでいた客たちも、悲鳴を上げてパニックになりかけた。
しかし、その「魔王」は、宿の私を見つけるなり、フッと表情を緩めた。
「……久しぶりだな、紬。……この宿のアップルパイが、恋しかったぞ」
四方向から集結した、国のトップ(と魔界のトップ)。
彼らは、豪華な『グランド・ロイヤル・ホテル』には目もくれず、一直線にボロボロの『木漏れ日の宿』へと歩み寄ってきた。
「紬さん!助けに来たぞ!」
「紬!君の敵はどいつだい?僕の権力で消してあげるよ!」
「……状況を説明しろ。論理的に解決してやる」
「……誰だ。俺の娘の気に入った宿を潰そうとしている愚か者は」
四者四様の「オーラ」が凄まじい!
レイモンド氏は、あまりの事態に泡を吹いて倒れそうになっている。
「な、な、な……ありえない! 王太子に公爵に勇者に魔族だと!?なぜ、あんなオンボロ宿に!?」
その問いに答えたのは、カインさんだった。
彼は、レイモンド氏の前に進み出ると、勝ち誇ったように眼鏡を押し上げた。
「……言ったはずだ。『木漏れ日の宿』を甘く見るなと」
(……ふん。見たか。これが、小鳥遊紬という女の『人たらし』の力だ。……まあ、俺が一番最初にその価値に気づいていたがな)
カインさん、心の声でマウント取らないでください。
私は、集まってくれたみんなの前に立ち、深々と頭を下げた。
「皆さん……!本当に、ありがとうございます!」
「「「「(可愛い!/守りたい!)」」」」
心の声がハモった。
こうして、最強の常連客たちによる、『木漏れ日の宿』防衛戦が幕を開けたのだった。
……ちなみに。
この光景を見た向かいのホテルの客たちが、「えっ、あっちの宿の方がすごくない?」「王太子殿下が泊まる宿なの?」とざわめき始め、大移動を始めたことは言うまでもない。
ここまでお読みいただきありがとうございます!
久々にVIP達が勢揃いです!!




