第37話 虹色のタルトと、輝きを取り戻したいお姫様
「……嘘でしょ? これ、本物の『虹色クルミ』かい!?」
『木漏れ日の宿』の厨房に、パティシエ兼料理人・メアリさんの素っ頓狂な声が響き渡った。
私が勇者パーティーの臨時クエストから持ち帰った報酬――七色に輝く木の実を前に、メアリさんは震える手でそれを持ち上げ、厨房の窓から差し込む陽の光にかざしている。
「市場に出せば、一粒で金貨五枚……いや、十枚は下らないわよ!それがこんなにカゴいっぱい……!あんた、どこの竜の巣から盗んできたの!?」
「盗んでませんよ!森の主さんから、背中を掻いてあげたお礼にもらったんです」
「背中を掻いて……?まったく、あんたの『お礼』の基準はどうなってるんだい……」
メアリさんは呆れたようにため息をついたが、その目は職人の喜びに燃えていた。
彼女は、まるで宝物を扱うかのようにクルミを撫でた。
「でも、素材は一級品だよ。殻の硬さ、香りの強さ、そしてこの魔力……。よし!紬ちゃんとの約束通り、最高のタルトにしてやるよ!」
メアリさんが腕まくりをする。
厨房に、活気ある調理の音が響き始めた。
硬い殻を専用のハンマーで慎重に割り、中の美しい七色の実を取り出す。
それをローストすると、香ばしいナッツの香りに混じって、花の蜜のような甘く、どこか懐かしい香りが立ち上る。
「うわぁ……。焼くだけで、こんなにいい匂いが……」
私は、つまみ食いしたい衝動を必死にこらえて、フロント業務に戻ることにした。
数時間後。
宿の中は、焼き上がったタルトの甘美な香りで満たされていた。
宿泊客たちも、「なんだこのいい匂いは?」「腹が減ってきたぞ」と食堂に集まり始めている。
そんな時だった。
ヒヒィィィン!
宿の外で、高貴な馬のいななきが聞こえた。
窓から覗くと、そこには見覚えのある、ピンクと白を基調にした宝石箱のような馬車が停まっていた。
以前、嵐のように来店して嵐のように去っていった、隣国フィオリーレ王国の紋章だ。
「あら?あの馬車は……」
馬車の扉が開き、降りてきたのは、ふわふわの蜂蜜色の髪を揺らす、人形のように愛らしい少女。
お忍びなのか、フードを目深に被っているが、その隠しきれない高貴なオーラと、翠の瞳は間違いない。
ソフィア王女殿下だ。
しかし、以前来店した時の「高慢ちきなオーラ」とは違い、今日の彼女はどこか肩を落とし、しょんぼりとした足取りだった。
従者のじいやさんも、心配そうにオロオロしている。
カラン、コロン。
「いらっしゃいませ、ソフィア様!」
私が笑顔で出迎えると、彼女はビクッと肩を震わせ、慌ててフードを直した。
「……な、なぜ私の正体がわかったのよ!完璧な変装のはずなのに!」
(……変装っていうか、その派手な馬車でバレバレですよ……)
心の中でツッコミを入れつつ、私はプロの笑顔で返した。
「その気品溢れるお姿は、どんなに変装されても隠しきれませんから」
「ふ、ふん!まあ、そうよね。私ほどの王女になれば、オーラが溢れ出てしまうのは仕方ないわ」
彼女は少し機嫌を良くしたようだが、その表情はすぐに曇った。
彼女は、チラリと食堂の方(甘い香りの発生源)を見つめ、深いため息をついた。
「……別に、あなたに会いに来たわけじゃないのよ。たまたま……そう、たまたま通りかかったら、馬車が疲れちゃったみたいで……休憩しに来ただけなんだから」
あからさまなツンデレ発言。
でも、私のスキル『ささやきヒアリング』は、彼女の強がりな態度の裏にある、切実な心の声を拾い上げていた。
(……はあ。もう、やだ。王妃教育、厳しすぎるわ……。昨日のダンスレッスン、先生に『ステップが重い』って叱られちゃったし、歴史の先生には『年号を間違えるな』ってため息つかれるし……)
(……エドワード様に送った手紙も、返事もなかなか来ないし、来ても全然期待できない内容だし……。私なんて、全然ダメな王女だわ……)
(……自信がない。私、もっとキラキラした、素敵な女の子になりたいのに……。どうやったら、エドワード様に振り向いてもらえるのかしら……)
ソフィア様……!
高飛車な態度の裏で、そんな乙女な悩みを抱えていたなんて。
王太子エドワード様の返事が遅いのは、彼が私の宿に来ようとして脱走騒ぎを起こしたり、騎士団の訓練に乱入したりしているせいであって、決してソフィア様の魅力不足ではないのだが……それは言えない。言ったら戦争になりかねない。
自信をなくして、しょんぼりしているお姫様。
そんな彼女に必要なのは、説教でも慰めでもなく――
「ソフィア様。ちょうどよかった!」
「え? なにが?」
「実は今、当宿の新作デザートが焼き上がったところなんです。でも、あまりに貴重な食材を使っているので、味のわかる高貴な方にご試食いただきたくて……困っていたんです」
私は、わざとらしく困った顔をしてみせた。
お姫様のプライドをくすぐる作戦だ。
「ソフィア様のような、洗練された味覚をお持ちの方に来ていただけて、本当に助かりました!お願いできますか?」
ソフィア様の翠の瞳が、一瞬輝いた。
「……ま、まあ、あなたがそこまで言うなら、協力してあげなくもないわ。……王族の務めとしてね!」
(……やった!甘いもの!今、すっごく甘いものが食べたかったのよー!神様ありがとう!)
心の声がガッツポーズをしている。
私は彼女を一番景色のいい席に案内し、厨房へ走った。
「お待たせいたしました。『虹色クルミのタルト』でございます」
私が運んできたお皿を見て、ソフィア様は息を呑んだ。
七色に輝くクルミが、黄金色のタルト生地の上で宝石のように煌めいている。
窓から差し込む陽の光を受けて、その輝きはさらに増し、まるでオーロラがお皿の上に舞い降りたようだ。
メアリさんの腕前は、やはり天才的だ。
「……き、綺麗……。これが、お菓子……?」
「はい。森の主から頂いた、特別な木の実を使っています。一口食べれば、元気が湧いてきますよ」
ソフィア様は、震える手でフォークを手に取り、タルトを一口サイズに切り分けた。
そして、そっと口に運ぶ。
サクッ。
タルトの香ばしさと、クルミの濃厚なコク。そして、噛み締めた瞬間に広がる、花の蜜のような上品な甘さ。
「…………っ!」
ソフィア様の目が、大きく見開かれた。
次の瞬間。
ボワァァァァン……!
彼女の身体が、ぼんやりと七色の光に包まれた。
えっ!?
ちょっと、光りすぎじゃないですか!?
「……な、なによこれ!すごい……!体の中から、力が……キラキラしたものが、溢れてくるわ!」
ソフィア様が頬を紅潮させて叫ぶ。
どうやら『虹色クルミ』には、食べた人の魔力や生命力を活性化させる効果があるらしいが、純粋なソフィア様には効果がてきめんらしい。
(……美味しい!すごく美味しい!悩んでいたのが馬鹿らしくなるくらい、幸せな味!)
(……私、なんであんなに落ち込んでたのかしら?ステップが重いなら練習すればいいじゃない!エドワード様から返事が遅いなら、会いに行けばいいじゃない!)
(……だって私は、フィオリーレ王国の王女、ソフィアなんだから!世界で一番、可愛いんだから!)
おおお……。
みるみるうちに、彼女の心の声がポジティブに書き換わっていく!
自己肯定感が爆上がりしている!
ソフィア様は、あっという間にタルトを平らげると、優雅にナプキンで口元を拭い、そして立ち上がった。
その全身からは、以前にも増して、まばゆいばかりの「キラキラオーラ(物理的に虹色)」が放たれている。
「……ふふっ。美味しかったわ、紬!」
「お気に召して頂けて光栄です。……元気が出ましたか?」
「ええ、もちろんよ!というか、元気が有り余って爆発しそうだわ!」
彼女はバサッと髪をなびかせ、自信満々に宣言した。
「決めたわ!これから王城へ乗り込んで、エドワード様をダンスに誘うことにするわ!断らせなんてしない。今の私は無敵よ!」
「えっ、今からですか!?」
「ええ!鉄は熱いうちに打て、恋は輝いているうちに行け、よ!支度なさい、じいや!」
彼女は呆気にとられる従者たちを従え、台風のように宿を出て行った。
去り際、私に向かってバチコン! とウインクを投げる。
「ありがとう、紬!そして宿の皆さん。このタルトのお礼は、いつか私の結婚式への招待状で返してあげるわ!期待してなさい!」
そう言い残し、彼女は虹色の残像を残して馬車に乗り込んだ。
馬車も心なしか、来る時よりスピードアップして去っていった。
「……すごいエネルギーだったわね」
厨房から出てきたメアリさんが、ぽかんと口を開けている。
「ええ。……でも、笑顔になってくれてよかったです」
ちょっと元気になりすぎた気もするけれど、落ち込んでいるよりはずっといい。
エド様、今頃王城で謎の悪寒を感じているかもしれないな……と少し同情しつつ、私は空になったお皿を下げた。
虹色クルミのタルト。
その効果は、「食べた人を明るくさせる(ポジティブにする)」魔法なのかもしれない。
そんなことを思いながら、私は平和な午後の光の中で、ふっと息をついた。
……そう。
この時の私はまだ、この平穏が「束の間」のものだということを、忘れていたのだ。
ここまでお読みいただきありがとうございました!
久々にソフィアの登場でした!
以前出ていたキャラが久々に出ると連載作品って感じがすごくしました!




