第36話 聖剣の正しい(?)使い方と、森の主のデレ
「……か、痒い?」
森の中に響き渡った、勇者パーティー全員のハモり声。
リナさんが、信じられないという顔で杖を下ろした。
「ちょっと紬!冗談でしょ?あんな恐ろしい魔獣が、ただ背中が痒いだけで道を塞いでるっていうの!?」
「私も耳を疑いましたけど……。でも、間違いありません」
私は、まだ警戒を解かないアルド様の背中越しに、巨大な魔獣を指差した。
「見てください。あの動き。威嚇しているんじゃなくて、必死に後ろの岩に背中を押し付けてるんです。でも、岩の形が合わなくて、イライラしてるみたいで……」
全員が、改めて魔獣を凝視する。
確かに。
「グルルル……!」と唸りながら、巨体を岩に擦り付けているその姿は、獰猛というよりは、どこか必死で、哀愁さえ漂っていた。
(……くそっ!届かない!あと数センチなのに!)
(……誰か! 誰かこの剛毛の下にある一点を!ピンポイントで掻いてくれぇぇ!)
私のスキルが、魔獣の悲痛な叫びを拾い続ける。
「……なるほど」
不意に、大盾の戦士ゴードンさんが、深く、重々しく
頷いた。
「……わかる。……俺も、フルプレートアーマーを着て長時間戦闘した後、背中の真ん中が痒くなると……死にたくなる」
「ゴードン!?」
「……あれは、地獄だ。……同志よ」
ゴードンさんが、まさかの魔獣にシンパシーを感じている!
その言葉に、アルド様がハッとした顔をした。
「そうか!ならば、放置するわけにはいかないな!痒みに苦しむ者を救うのも、勇者の務めだ!」
「ええええ……」
リナさんが頭を抱える横で、セシルさんが「慈悲の心ですね」と微笑んでいる。
勇者パーティーの方針は決まった。
「よし!作戦変更だ!魔獣討伐クエスト改め、『森の主・背中カキカキ大作戦』を開始する!」
私たちは、慎重に魔獣へと近づいた。
魔獣は、近づいてくる私たちに気づき、ギロリと赤い目を向けた。
「グルァッ!(何だ貴様ら! 今、忙しいんだよ!)」
殺気立った唸り声に、足がすくむ。
でも、私は勇気を出して(ゴードンさんの盾に隠れながら)叫び背中をカク動作をした。
「あ、あの!痒いんですよね!?」
「……!?」
魔獣の動きがピタリと止まった。
図星を突かれた顔だ。
「私たちがお手伝いします!だから、ちょっとだけ暴れないでじっとしててくれませんか!」
(……な、なんだこの人間……。俺の悩みを知っているのか……?)
(……いや、でも、人間なんかに……。でも、痒い……もう限界だ……)
魔獣の心の中で、プライドと痒みが激しく葛藤している。
私は、畳み掛けるように言った。
「ゴードンさん、お願いします!動かないように押さえて!」
「了解だ。……失礼する」
ゴードンさんが、盾を捨てて素手で魔獣の背後に回り込み、その丸太のような腕で、魔獣の巨体をガシッとホールドした。
「グルッ!?(な、なんだ!?)」
「リナさん!今です!風魔法で、背中の毛をかき分けて!」
「もー! 私の精密魔法操作を、こんなことに使うなんて!」
リナさんは文句を言いながらも、杖を振った。
「ウィンド・ブロウ!」
シュゴオオオ!
一筋の風が、魔獣の背中の剛毛を綺麗に左右に分けた。
見えた!患部だ!
「そこです!ちょうど肩甲骨の間!」
「よし! 任せろ!」
アルド様が、聖剣エクスカリバーを鞘ごと引き抜いた。
えっ、鞘ごと?
いや、抜いたら切れちゃうから正解なんだけど!
「うおおお!勇者流・乱れ掻き!」
ガシガシガシガシガシ!!!
アルド様が、伝説の聖剣(の鞘)を、高速で上下させ始めた。
「グルルルル……(あ、あぁぁぁ……も、もう少し右側ぁぁ)」
魔獣の唸り声が、次第に変化していく。
「もっと右です!あと三センチ下!」
「ここか!」
「そうです!そこを重点的に!」
「グルニャァァァ……(そこぉぉぉ……効くぅぅぅ……)」
魔獣の巨大な体から、力が抜けていく。
ゴードンさんが支えきれないほど、ドロドロに溶け始めている。
(……極楽だ……。長年の苦しみが……消えていく……)
(……すごいテクニックだ……。これが、勇者の力か……)
違います。ただの背中掻きです。
「仕上げだ! いけー!」
アルド様のラストスパート。
魔獣は、もはや抵抗するどころか、後ろ足で地面をトントンと叩き、恍惚の表情で白目を剥きかけていた。
そして、数分後。
「……ふぅ。これでどうだ」
アルド様が額の汗を拭いながら手を止める。
魔獣――森の主は、その場にペタンとへたり込み、満足げに長い息を吐いた。
(……助かったぜ、人間たちよ。……ここ数日、眠れないほどの痒みだったんだ……)
魔獣は立ち上がると、ブルブルと体を震わせ、毛並みを整えた。
そして、私の方へ近づいてくると、その巨大な鼻先を、私の頬にスリスリと擦り付けた。
「わっ!くすぐったいです!」
「おい!紬さんから離れろ!」
アルド様が嫉妬(?)して割って入ろうとする。
私は笑いながらその鼻先を撫でた。
「『ありがとう』って言ってますよ。アルド様」
魔獣は、私に一礼するかのように頭を下げると、足元にあった何かを鼻先で転がしてよこした。
それは、虹色に輝く、見たこともない木の実だった。
(……礼だ。この森の奥にしかない『虹色クルミ』だ。食うと元気がでるぞ)
そう言い残すと、森の主は軽やかな足取りで(もう道に座り込むこともなく)、森の奥へと帰っていった。
街道は、綺麗に開通した。
「……やったな」
「ええ。完全勝利ね」
ゴードンさんとリナさんが、ハイタッチを交わす。
セシルさんも「平和的な解決で、何よりです」と微笑んだ。
こうして、前代未聞の「背中カキカキ大作戦」は、大成功を収めたのだった。
クエスト完了後。
私たちは、街道の脇にある広場で、遅めの昼食休憩をとることにした。
アルド様が手際よく焚き火をおこし、ゴードンさんが携帯食料の干し肉を焼く。
私は、お礼にもらった『虹色クルミ』を石で割ってみた。
「わあ……!中身が七色に光ってる!」
「それ、市場だと金貨数枚で取引される幻の食材よ。あんた、本当についてるわね」
リナさんが驚いたように言う。
金貨数枚!
おじさんへのお土産にしたら、また腰を抜かしそうだ。
「紬さん、はい。焼けたぞ」
アルド様が、焼きたての干し肉を差し出してくれた。
一口食べると、香ばしい肉の味が広がる。
森の中で、みんなで囲む焚き火。
王城の豪華な料理もいいけれど、こういう素朴なご飯も美味しい。
「……ねえ、紬さん」
アルド様が、真剣な顔で私を見つめた。
「今日のクエスト、君がいなかったら達成できなかった。君の『相手の望むものを読み取る力』は、本当にすごいよ」
「いえ、たまたまですよ」
「たまたまじゃない。……君は、言葉の通じない相手とも、心を通わせることができる。それは、どんな強力な魔法よりも、すごい力だ」
彼は、焚き火の炎に照らされた横顔で、静かに言った。
「……本当は、君をパーティーに誘いたいんだ。ずっと、一緒に旅をしてほしいって、思ってる」
ドキッとした。
周りのリナさんたちも、静かに私たちの会話を聞いている。
「でも……わかってるよ。君には、『木漏れ日の宿』があるんだもんな」
アルド様は、少し寂しそうに、でも優しく微笑んだ。
「君が宿で待っていてくれるから、俺たちは安心して旅ができる。……君の『おかえり』が聞きたくて、俺たちは戦っているのかもしれないな」
(……本当は連れて行きたいけど。危険な目に合わせたくないし。……俺がもっと強くなって、世界を平和にしてから、また迎えに来よう)
彼の、まっすぐで不器用な心の声が、胸に染みる。
私は、手に持っていた虹色クルミを一つ、アルド様に渡した。
「アルド様。……私は、宿屋のフロント係ですから。剣は持てませんけど、いつでも皆様が帰ってこられるように、宿をピカピカにして待っています」
「……ああ!」
「それに、このクルミ、メアリさんにタルトにしてもらいますから。戻ったら、一番に食べてくださいね」
「本当か!やったー!ピーマン抜きで頼むよ!」
しんみりした空気は、いつもの「ピーマン」の一言で吹き飛んだ。
みんなが笑い声を上げる。
こうして、私の一日限定の冒険は終わった。
勇者パーティーの「臨時メンバー」から、再び「宿屋のフロント係」へ。
馬車に揺られて宿へ戻る帰り道、私のポケットの中では、虹色クルミが小さく、温かく光っていた。
ただいま、私の居場所。
そして、おかえりなさい、勇者様。
私の異世界宿屋ライフは、まだまだ賑やかに続きそうだ。
ここまでお読みいただきありがとうございました!
以前の後書きでも書きましたが、皆んな紬の心の声が聞こえることは知りません。あくまでもどうでもなく気配りができてよく相手を観察しているものだと思っています!
ただ、心の声を読んでるぐらい的確だなと思っている人達も一定数いるような設定です!




