第33話 熱血勇者と限界騎士団のすれ違い
「はあ……。寿命が、また五年くらい縮みました……」
国王陛下との(主に胃袋を巡る)謁見を終え、私はふらふらと王城の長い回廊を歩いていた。
隣を歩くカインさんは、手帳に何やら猛スピードで書き込みながら、涼しい顔をしている。
「……精神的疲労による歩行速度の低下。非効率だ。だが、あの場での『王室御用達』という着地点は、経営戦略としては悪くない。評価してやる」
「カインさんの嘘のおかげですよ。……本当に、心臓に悪かったです」
なんとか「おやつ係」としての軟禁を回避し、私たちは城の出口へと向かっていた。
このまま馬車に乗って、平和な宿屋へ直帰したい。切実にそう願っていた、その時だった。
「せーーーいッ!!!」
ドガァァァン!!
城壁の向こうから、何かが爆発したような轟音と、野太い叫び声が響き渡った。
地面がビリビリと揺れる。
「な、なんですか!?敵!?」
「……いや。この無駄に暑苦しい魔力の波長……覚えがある」
カインさんが嫌そうに眉をひそめた瞬間。
土煙の向こうから、キラキラとした金髪をなびかせ、爽やかな笑顔の青年が全速力で駆けてきた。
「おお!その優しい気配は!もしかして、心の友ーーッ!!」
「げっ、アルド様!?」
勇者アルド様だった。
彼は上半身裸に、ボロボロの稽古着という姿で、汗を光らせながら私の目の前で急ブレーキをかけた。
「やっぱり紬さんだ!まさか王城で会えるなんて!これは運命だ!」
(うおおお! 会いたかったぞ、心の友よ! ピーマンキーホルダー、ちゃんとつけてくれているかな!?)
心の声が近距離でうるさい!
私は反射的に、鞄につけたピーマンキーホルダーを隠した。
「アルド様、ここで何を……?」
「ああ!国王陛下に頼まれて、近衛騎士団の特別コーチをしているんだ!魔王軍との決戦に備えて、彼らを鍛え上げているところさ!」
彼は白い歯を見せてニカッと笑うと、私の手を取った(カインさんがスッと私の肩を引いて距離を取らせたが、アルド様は気づいていない)。
「ちょうどいい! 紬さん、俺の勇姿を見ていってくれよ!君の応援があれば、俺はもっと強くなれる!」
「え、いや、私たちは帰る途中……」
「遠慮するなよ! さあ、こっちだ!」
私の拒否権は、ここでも機能しなかった。
アルド様の怪力に引かれ、私たちは城の中庭にある「騎士団演習場」へと連行されてしまった。
そこには、地獄絵図が広がっていた。
「ぜぇ……はぁ……」
「も、もう無理だ……腕が……上がらない……」
「み、水……水をくれ……」
この国の精鋭であるはずの近衛騎士たちが、数十人、泥まみれで倒れ伏している。彼らの目は虚ろで、口からは魂のようなものが出かけているように見える。
その惨状を見て、アルド様は不思議そうに首を傾げた。
「おかしいな。まだ準備運動のランニング50周と、素振り1000回しかしていないのに。王都の騎士は体力がなさすぎるぞ」
(……俺なんて、毎朝この倍はやってるのに。彼らはやる気がないのかな?もっと厳しく指導しないと、魔王には勝てないぞ!)
アルド様、基準がバグってます! あなたは勇者(規格外)で、彼らは人間なんです!
私のスキルが、倒れ伏す騎士たちの、悲痛な心の叫びを拾い上げる。
(……し、死ぬ。この勇者、化け物だ……)
(……準備運動で殺す気か……。家に帰りたい……。母さんのシチューが食べたい……)
(……もうダメだ。俺はここで朽ち果てるんだ。来週の娘の誕生日、祝ってやりたかったな……)
現場は阿鼻叫喚、お通夜ムードだった。
このままでは、魔王と戦う前に、騎士団が勇者の手によって壊滅してしまう!
私は、アルド様の手を振りほどき、倒れている騎士の一人――まだ若そうな少年騎士に駆け寄った。
「大丈夫ですか!? しっかりしてください!」
「あ……て、天使……?」
少年騎士は、薄れゆく意識の中で私を見て呟いた。
私は慌てて、近くにあった水桶から柄杓で水を汲み、彼の口元に運んだ。
「お水です! ゆっくり飲んで!」
「……う、うまい……!生き返る……!」
彼が息を吹き返すのを見て、私は決意した。
ここで彼らを見捨てるのは、宿屋の(そして仮にも恐れ多いが聖女と言われたことのある)私の良心が許さない。
「カインさん!荷物から『あれ』を出してください!」
「……『あれ』か? 仕方ないな」
カインさんは、呆れながらも鞄から「宿屋特製・ハチミツレモンの瓶」を取り出した。王都への長旅で疲れた時のために、メアリさんが持たせてくれたものだ。
「アルド様!訓練は一時中断です!休憩にしましょう!」
「え? でもまだ日は高いし……」
「休憩も訓練のうちです!ほら、皆さんも!冷たいハチミツレモン水を作りますから、飲んでください!」
私が声を張り上げると、死んでいた騎士たちが、ゾンビのようにのそのそと起き上がった。
私は、手際よく水桶にハチミツレモンを割り、氷魔法(ライオネル様に貰った魔石を使用)でキンキンに冷やして、騎士たちに配り歩いた。
「はい、どうぞ!クエン酸と糖分で、疲れが取れますよ!」
「タオルもどうぞ!汗を拭いて、身体を冷やさないように!」
まるで、部活動のマネージャーだ。
騎士たちは、涙を流しながらコップを受け取った。
「……あ、甘い……。染みる……」
「ありがとう、お嬢ちゃん……。あんた、女神様か?」
(……ああ、癒される。勇者の理不尽なシゴキで荒んだ心が、浄化されていくようだ……)
(この笑顔……。守りたい。俺は、国のためじゃなく、この子のために剣を振るいたい……!)
騎士たちの瞳に、急速に光が戻っていく。
その様子を、アルド様はポカンと口を開けて見ていた。
(す、すごい……! 紬さんが声をかけただけで、死にかけていた騎士たちが、みるみる元気になっていく!これが、心の友の『癒やしの力』なのか!?)
(……いや、待てよ。騎士たちが、俺を見る目より、紬さんを見る目の方が熱くないか? ……なんだか、胸がモヤモヤするぞ)
アルド様が、むすっとした顔で近づいてきた。
「紬さん。俺にも、そのスペシャルドリンクをくれ」
「あ、はい。どうぞ、アルド様」
私がコップを渡そうとすると、彼は私の手ごとコップを包み込んだ。
「ありがとう。……でも、あまり他の男に優しくしないでくれよ。俺が、嫉妬してしまう」
「は、はい?」
ドキッ。
無自覚な天然タラシ発言に、私の心臓が跳ねる。突然すぎて、アルド様の後始末をしてるからですと言いたいところだったけど不覚にもドキドキしてしまった。
周りの騎士たちが「勇者様、爆発しろ」という顔で睨んでいるのに、本人は全く気づいていない。
その時。
私の背後から、冷ややかな殺気が放たれた。
「……勇者アルド。休憩時間は終了だ。貴様の非効率な指導方針について、商人ギルドとして改善提案がある」
カインさんだった。
彼は、計算機を片手に、アルド様と私の間に割って入った。
「現在の騎士団の疲労度は限界値を超えている。これ以上の負荷は、怪我のリスクを高めるだけで、訓練効率はマイナスだ。即刻、メニューを見直せ。……あと、その手を離せ」
「なんだと?俺は勇者だぞ!限界を超えてこそ、強くなれるんだ!」
「非論理的だ!データを見ろ、データ(騎士たちの死にそうな顔)を!」
勇者vs監査役。
筋肉理論と経営理論の、絶対に噛み合わない口論が始まってしまった。
私はその隙に、騎士たちの元へ戻り、彼らの愚痴(心の声)を聞きながら、せっせとタオルを配り続けた。
(……はあ。隊長が脳筋すぎて辛い)
(……わかる。でも、このお嬢ちゃんの差し入れがあるなら、明日も頑張れるかも)
結果として、その日の訓練は、カインさんの介入により強制終了となったが、騎士団の士気はなんとか保たれて、アルド様も「紬さんが見てくれているなら!」と、一人で演習場を100周する奇行に走った。
帰り際。
騎士団長(エド様のお付きとは別の人)が、涙目で私の手を握ってきた。
「紬殿!貴女こそ、我々が必要としていた『真の指導者(メンタルケア担当)』だ! ぜひ、我が騎士団の専属マネージャーに!」
「お断りします!!」
本日二度目のスカウトを即答で拒否し、私はカインさんに引きずられるようにして、ようやく王城を脱出した。
馬車の中で、私はぐったりとシートに沈み込んだ。
「……疲れました」
「……ふん。余計な世話を焼くからだ」
カインさんは、窓の外を見ながらぶっきらぼうに言った。
「だが……悪くなかった。あの騎士たちの顔、生き返っていたな。……貴様の『おせっかい』も、使いようによっては、軍の戦力底上げに繋がるかもしれん」
「褒めてるんですか? それ」
「分析だ」
彼はそう言って、懐から小さな包みを取り出した。
「……王都の市場で、見つけた。……貴様の宿の、備品として使え」
渡されたのは、可愛らしいリボンのついた、上質なエプロンだった。先ほどの厨房騒動で、私のエプロンが汚れてしまったのを見ていたらしい。
「カインさん……」
「……勘違いするな。汚れたエプロンで接客されると、宿の品位が下がる。監査上の指摘だ」
耳を赤くして言い訳する彼を見て、私は今日一番の笑顔になった。
「ありがとうございます。大切にしますね」
王城でのアップルパイ作戦、そして勇者の特訓見学。
怒涛の王都滞在を終え、私たちはようやく、懐かしき『木漏れ日の宿』へと帰路についた。
しかし、私はまだ知らなかった。
宿に戻った私を待ち受けていたのは、平穏な日常ではなく……
空から降ってきた、とんでもない「迷子」だということを。
ここまでお読みいただきありがとうございました!
次は新キャラが出ます!




