第30話 謁見の間と王様のささやき
「……行くぞ、紬」
「え、あ、はい……」
私の右腕はエドワード様に、左腕はライオネル様にがっちりと掴まれたまま。
私は、まるで宇宙人の捕虜か何かのように、二人のイケメンVIPに両手を拘束され、宰相閣下の後に続いてだだっ広い王城の廊下を進んでいった。
(どうしようどうしようどうしよう……)
私の心の中は、それこそ嵐だった。
(国王陛下に謁見!?私、ただの宿屋のフロント係ですよ!?いくら、呼び出し理由はお褒めの内容だとしても、王太子様と公爵様を取り合った(みたいになった)なんて知られたら、不敬罪で即、牢屋行きじゃないの!?)
胃が痛い。宿屋にいた時とは比べ物にならない、国家レベルの胃痛だ。
私の両脇の二人はというと。
(ちっ。あの堅物宰相め、余計なことを。せっかく紬と二人きりになれると思ったのに)
エド様の心の声は、不満でいっぱいだ。
(……非合理だ。なぜ俺が、エドワード殿下と同列で叱責を受けねばならん。俺は彼女を侍女から守っただけだというのに)
ライオネル様の心の声も、不機嫌MAXである。
そんな、三者三様の(私だけが絶望的な)思いを抱えたまま、私たちはついに、謁見の間と呼ばれる、巨大すぎる両開きの扉の前にたどり着いた。
「国王陛下に、小鳥遊紬様、並びにエドワード殿下、シルフィールド公爵様、御目通りにございます!」
宰相閣下の声と共に、重々しい扉が開かれる。
その先には――私が今まで生きてきた宿屋の客室、百個分はありそうな、とんでもない大広間が広がっていた。
磨き上げられた大理石の床。天井から吊るされた巨大なシャンデリア。壁際には、いかめしい鎧を着た近衛騎士たちが、微動だにせず並んでいる。
そして、その一番奥。
絨毯が敷かれた階段の上、きらびやかな玉座に、一人の男性が座っていた。
(……王様……)
エドワード様によく似た、輝く金髪(少し薄くなっているが)。鋭い碧眼。威厳に満ちたその姿は、まさに一国の王。
しかし、その表情は……なんというか、すごく、疲れていた。
「……面を上げよ」
地を這うような低い声に、私は(床にめり込む勢いでひれ伏していた)顔を、必死で上げた。
国王陛下は、玉座に頬杖をつきながら、じろり、と私たち三人を順番に見た。
まず、息子のエドワード様(ぷいっとそっぽを向いている)。
次に、ライオネル様(涼しい顔で微動だにしない)。
そして最後に、私(緊張で死にそう)。
「……ふむ」
国王陛下が、大きなため息をついた。
「……そなたが、小鳥遊紬、か」
「は、はいっ!身に余る光栄に、ございます!」
声が裏返った。もうダメだ。
(この娘が噂の…)
その時、私のスキル『ささやきヒアリング』が、国王陛下の、威厳とは程遠い、疲労困憊の心の声を拾った。
(なんだ、本当に普通の田舎娘じゃないか。怯えた小動物のようだ)
(うちの馬鹿息子が、毎週毎週、断られても断られても招待状を送りつけ、あまつさえ『彼女を城に呼ぶ!』と駄々をこねて、公務を放り出そうとするから、どんな傾国の美女かと思えば……)
(おまけに、あの氷の塊だったライオネル公爵までが、この娘を巡って、書庫で息子と引っ張り合いをしている、だと? ……信じられん)
国王陛下、全部ご存知でしたか!宰相閣下の報告、早すぎる!
(……アルフォンス(領主)からの報告書にも、この娘の名前が頻繁に出てくる。『彼女の助言により、領内のアップルパイ産業が活性化し……』。……わけがわからん)
(一体、この娘は、どんな魔法を使ったというんだ? ……ああ、もういい。それより、昨夜の晩餐会で食べた、あの脂っこい魚のせいで、胃がムカムカする……)
……え? 国王陛下、胃もたれしてるんですか?
(……アルフォンスめ、自慢げに手紙に書いてきおって。『木漏れ日の宿のアップルパイは、亡き母上の味にそっくりで、絶品である』と……。……美味いんだろうなぁ、アップルパイ)
(……いかんいかん。威厳を保たねば)
国王陛下、まさかのアップルパイをご所望!?
アルフォンス様のせいだ!あの人が、手紙で飯テロしてたせいだ!
国王陛下は、コホン、と咳払いをした。
「……小鳥遊紬。そなたを呼んだのは、表向きは、星降り祭での働きに礼を言うため、ということになっておる」
「は、はあ……」
「だが、本当の理由は別だ」
ゴクリ、と私が唾を飲む。両脇のエド様とライオネル様も、緊張した面持ちで父親(と王)を見つめている。 国王陛下は、玉座から、私をまっすぐに見据えた。
「……単刀直入に聞こう。そなたの宿の、アップルパイは、美味いのか?」
「「「…………はい?」」」
私と、エド様と、ライオネル様の声が、見事にハモった。謁見の間の、厳粛な空気が一瞬にしてフリーズする。
国王陛下は、威厳のある顔のまま、しかし、心の声は必死だった。
(頼む!ここで『絶品です』と言ってくれ!そうすれば、『ならば、王家の威信にかけて、その味を確かめねばなるまい』と、自然な流れで……!)
この国のトップ、どんだけ不器用なんですか!そして、私のスキル、王族相手に万能すぎる!
私は、緊張で震えていた足をぐっと踏みしめた。
宿屋のフロント係、小鳥遊紬として。
「――はい、陛下」
私は、国王陛下の目をまっすぐに見返し、今できる、最高の笑顔を作った。
「当宿のパティシエ、メアリが焼くアップルパイは、世界一でございます。……特に、シナモンをたっぷり効かせた、温かい『母親の味』は、皆様にご好評いただいております」
「……ほう。『母親の味』、か」
国王陛下の目の色が、わずかに和らいだ。
「もし、陛下さえよろしければ」
私は、この日一番の大博打に出た。
「この度の『ご招待』への感謝のしるしとして、わたくしが、この王城の厨房をお借りし、その『世界一のアップルパイ』を、陛下に献上させていただくことは、かないましょうか?作り方はメアリから教わっておりますゆえ」
言った!国王陛下は、一瞬、驚いたように目を見開いたが、すぐに威厳のある表情に戻り、玉座にふんぞり返った。
「……ほう。町娘が、随分と大きく出たものだ」
しかし、心の声は、歓喜の叫びを上げていた。
(おおーーー!言った!この娘、言ったぞ!しかも『母親の味』完璧だ!)
「よかろう。その自信、王たるものが、見届けてやろう。……宰相!この娘を、厨房へ案内せよ!」
「は、ははっ!」
「待ってください、父上!」
エド様が、慌てて声を上げた。
「紬は、僕のお客さんです!厨房でパイを焼かせるなんて、そんな!」
「うるさいぞ、エドワード!これは、王命だ!」
国王陛下は、息子を一喝すると、満足そうに(早く食べたい、と心が叫んでいる)目を閉じた。
ライオネル様は、私と国王陛下を交互に見比べ、小さく呟いた。
「……なるほど。アルフォンス(領主)と同じか。……合理的だ」
(紬の本当の武器は、色目でも魔法でもなく、『胃袋』を掴むことだったとはな。……実に、興味深い)
こうして、私は、王太子様と貴族様との板挟み地獄から、まさかの「国王陛下のアップルパイ係」に任命されることで、一時的に(?)解放されることになった。
私の異世界宿屋ライフ、ついに王城の厨房にまで出張です!
ここまでお読みいただきありがとうございました!
一応、エドの名誉のために補足すると、エドは学業も公務の仕事もとても優秀という設定です!だからこそ、侍女たちもそんな優秀で素晴らしい王太子の想い人が田舎者なのが気に入らなかったり、宰相もエドのことを前話で次世代を担う存在だと思っていたりしてます!
ただ、そんなエドも紬のことになると恋は盲目のようになってしまっている状況です(^^;;
王太子として、どうなんだと思うかもしれませんが人生初めての恋なのでエド自身もまだコントロールできていないのかなと思います!他のVIPたちも同様ですね笑




