表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

29/30

第29話 書庫の静寂と王子の乱入

「行くぞ、紬。王城の書庫は、なかなか興味深いぞ」



 ライオネル様は、呆然とする私と悔しさに打ち震える侍女長たちを気にも留めず、私の腕を取って颯爽と回廊を歩き出した。


「ラ、ライオネル様!あの、私、国王陛下との謁見があるので、書庫に行く時間はないはずでは…?」


「問題ない。謁見まで、まだ時間はある」


(……エドワード殿下の客人を、あの侍女たちがどう扱うか、容易に想像がついた。……紬が、ああいう高圧的な干渉を嫌うことは、よく知っている。合理的にも、許せん)


 私のスキルが拾った彼の心の声は、エドワード様への対抗心というより、侍女たちの無礼な振る舞いへの純粋な怒りと、私への不器用な庇護欲だった。



 この人、宿での一件で、私の「そっとしておいてほしい」っていう気持ちを、自分と重ねてくれてるんだ……。なんだか、ちょっと嬉しくなってしまう。  


 私は、抵抗を諦め、氷の貴公子様に引かれるまま、王城の奥深くへと足を踏み入れた。



「……すごい」



 連れてこられた王城の書庫は、想像を絶する空間だった。『木漏れ日の宿』のロビーが丸ごと入ってしまいそうな高い天井まで、ぎっしりと本が詰まった本棚が、迷路のように続いている。古い羊皮紙の匂いと、磨かれた床の匂いがした。



「ここは、王家の書庫だ。シルフィールド家の蔵書には及ばないが、まあ、悪くない品揃えだ」



 ライオネル様は、水を得た魚のように目を輝かせている。さっきまでの氷のような冷たさはどこへやら、彼は私の手を取り(ずっと握っていた)、一冊の古文書の前に立った。



「見ろ、紬。これが、君のあの『一言』によって解読が進んだ、古代精霊魔法の原典だ」



「は、はあ……(全く読めません)」



「君の『絆』という解釈に基づき、俺は精霊の召喚陣を再構築した。その結果、従来の理論より、魔力の消費効率が三十パーセントも改善されることが証明されたんだ!」



(どうだ、紬。すごいだろう。君の、あの直感的な言葉が、これほどの歴史的発見に繋がったんだぞ。もっと褒めてくれてもいいんだが)



 彼の心の声は、研究成果を自慢するというより、この興奮を私と純粋に共有したい、という少年のような熱意に満ちていた。


 内容は一ミリも理解できないけれど、彼が本当に嬉しそうで、楽しそうで、そして私に認めてほしくてたまらない、というのは、ひしひしと伝わってきた。


 私は、彼の熱意に応えるように精一杯の笑顔を作った。



「すごいですね、ライオネル様! さすがです!」



「ふ、ふん。当然だ。合理的推論の結果だ」



(……よし。喜んでいるな。……悪くない)



 彼が、ちょっと照れたように咳払いをし、さらに分厚い本を取り出そうとした、その時だった。



 バーン!!!



 書庫の重厚な扉が、壊れんばかりの勢いで開かれた。


「紬ー!どこにいるんだい!?」



 息を切らして飛び込んできたのは、公務用のきらびやかな正装に着替えた、王太子エドワード様だった。

 彼は、ライオネル様が私の腕を握っているのを見るなり、一瞬で笑顔を消した。



「……ライオネル。よくも、僕のお客さんを横取りしてくれたな?」


「これは殿下。来客者対応はもう終わられたのですか」



 ライオネル様も、私の腕を離すことなく、平然とエド様に視線を返す。



(……うるさいのが来た。ようやく有意義な話が盛り上がってきたところだというのに。非合理的な乱入だ)



 ライオネル様の心の声が、露骨に不機嫌になった。



「来客対応だと?君が、わざわざ隣国の使者に対して、別の日だと父上が忙しいから今日に謁見した方がいいと進言したらしいじゃないか!確かにここ数日、父上の予定が詰まってはいたが、今日だって紬の謁見があっただろうに!」


「おや、人聞きの悪い。紬の謁見よりも隣国の使者との謁見の方が遥かに大事ではありませんか。だからこそ少しでも早めにと思い進言したまでですよ」




 エド様は、私に向き直ると、さっきまでの怒りを消し去り、キラキラの笑顔を向けた。



「ごめんね、紬!待たせちゃって! あんな堅物に捕まって、退屈だったろう?」



「い、いえ、そんなことは……」



「さあ、行こう!父上がお待ちかねだ!僕が、王城を案内してあげるよ!」



 エド様が、私の空いている方の腕をぐいっと掴んだ。  


 こうして、私の両腕は、右を王太子、左を公爵にがっちりとホールドされるという、とんでもない事態に陥った。



「待て、エドワード様。謁見には、まだ時間があるはずだ」


「もうないよ!僕が、父上に『紬が堅物に絡まれてるから、今すぐ謁見の準備を!』ってお願いしてきたからね!」



「……なんと非合理な。公私の区別もつかんのか」



「うるさいぞ、堅物!ちゃんと父上のご予定は確認してお願いしたからね!それに紬は、僕と王城のガーデンパーティーに行くんだ!」



「馬鹿を言え。彼女が興味があるのは、俺の知的な研究だ」



(紬は僕の妃になるんだからな!)


(いや、彼女は俺の研究の、最高のパートナーになるべきだ)



 二人の、全く噛み合わない心の声(という名の独占欲)が、私の頭にガンガン響く。



 助けて!胃が!胃のキャパがもうないです!


 私のお腹が限界を迎えそうだった、その時。



「――皆様、お揃いのようで」



 書庫の入り口に、いつの間にかあの宰相閣下が、いかめしい顔で立っていた。



「……ちょうどよろしゅうございました。国王陛下が、謁見の間にて、お待ちでございます」



「「ちっ……」」



 エド様とライオネル様の舌打ちが、綺麗にハモった。  宰相閣下は、そんな二人(と、その間で死にそうな顔をしている私)を一瞥すると、厳かに告げた。



「さあ、参りましょう、小鳥遊紬殿。……それから、エドワード殿下、シルフィールド公爵。お二人も、陛下がお呼びです」



「「えっ」」



「『友人を巡って書庫でみっともない喧嘩をする暇があるなら、二人まとめて顔を見せろ』と、仰せでございました」


(……全く、どちらも優秀で次代を担うお方というのに。この娘一人に、振り回されおって……)



 宰相閣下の疲れた心の声が聞こえてくる。どうやら、私のドキドキ謁見タイムに、この国の次世代ツートップが道連れにされるらしい。



 こうして、私は、不満げな二人のイケメンVIPに両脇を固められたまま、いよいよ、この国の現トップが待つ、謁見の間へと引きずられていくことになったのだった。






ここまでお読みいただきありがとうございました!

ついに、紬が王様と謁見です!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ