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第28話 王都へ、いざ

「紬ちゃん、本当に気をつけるんだぞ!王城だなんて、何か粗相があったら……」



「おじさん、そんな脅かさないでください!ただでさえ胃が痛いのに……」



 三日後。  


 宿屋『木漏れ日の宿』の前には、あの王家の紋章が輝く、豪華絢爛な馬車が停まっていた。私は、おじさんとアンナさんに見送られ、この上なく重い足取りで馬車に向かう。服装は、持っている中で一番上等な、それでもただの街娘のワンピースだ。



「紬さん、大丈夫よ!紬さんなら、きっと王様だって常連さんにしちゃうわ!」



「アンナさん、それは絶対にないですから!」



 二人の声援を背中に受け、私は馬車に乗り込もうとした。すると、その馬車の扉の前に私より先に腕組みをして仁王立ちしている人物がいた。商人ギルドの監査役、カイン・スターリングさんである。



「……遅い。非効率だ出発が五分遅れている」



「な、なんでカイン様が、私より先にスタンバイしてるんですか……」



「監査だと言っただろう。王家との癒着の現場を押さえる。それまでは、貴様を監視させてもらう。安心しろ。ちゃんと王家には許可を得ている」



 彼の翡翠色の瞳は、妙な使命感に燃えていた。護衛の近衛騎士たちも、宰相閣下(やっぱり先日の老紳士様だった)も、「王太子殿下のご友人の、そのお連れ様」という謎の存在に、どう対応していいかわからず、非常に困惑した表情を浮かべている。



 こうして、田舎の宿屋のフロント係と堅物のツンデレ監査役という、異色すぎる二人の王都行きが始まった。



 馬車の中は、想像を絶するほど豪華だった。ふかふかのビロード張りの座席は、おじさんの宿の最高級ベッドより寝心地が良さそうだ。  


 私は、緊張でカチンコチンになりながら、窓の外を流れる景色を眺めることしかできない。



 その対面で、カインさんは、王城に乗り込むというのに全く物怖じする様子もなく分厚い手帳に何やら数式を書き殴っていた。


(……この馬車のスプリングの減衰率、素晴らしいな。長距離移動の疲労軽減効果は、通常のギルド馬車の三百パーセント増しと試算できる。……だが、その分、製造コストと維持費は……)



 私のスキルが、彼の通常運転すぎる心の声を拾う。   この人、どこにいてもこれなんだな……。


 沈黙に耐えかねた私が「いいお天気ですね」と当たり障りのない声をかけると、カインさんは手帳から顔も上げずに答えた。



「晴天による視界良好は、移動効率を上げる。合理的だ。……だが、貴様は浮かれている場合か?」



「う、浮かれてません!」



「ふん。王太子殿下のお召しだ。さぞ、有頂天だろう。貴様のその『非効率な笑顔』こそが、王族に取り入る最大の武器だったというわけだ。俺の計算と、ようやく辻褄が合った」



 彼は、私が王太子様に色目を使って、この宿の地位を不当に吊り上げていると、本気で信じ込んでいるらしい。


 ……もう、何を言っても無駄だ。

 私がため息をついて窓の外に視線を戻すと、カインさんの心の声が、ぼそりと続いた。


(……くそ。だが、あの星降り祭の夜、あの黒い男から娘を庇った時の、あの女の動き……あれは、『計算』で動けるものではなかった。……非合理だ。俺の理論が、まだ、どこか間違っている……?)



 彼は、自分自身が導き出した「結論」に、彼自身が納得できていないようだった。  



 不器用な人。



 私が彼のことをそう思っていると、彼の思考は、全く別の方向へ飛んだ。



(……王都に戻ったら、ギルド本部に寄って、あの『ジンジャークッキー』の材料の流通ルートを調べる必要があるな。あれは、商品化すれば莫大な利益が……いや、待て。これは監査だ。私情を挟むな、俺)



 ……やっぱり、お菓子が目的だったりしませんか?

 

 私が、つい、くすりと笑ってしまったのを、カインさんが「何を笑っている!」と、鋭く睨みつけた。





 半日ほど馬車に揺られ、景色はすっかり田舎町のものから、優雅な大都市のものへと変わっていた。

 石畳の道はどこまでも広く、立ち並ぶ建物はどれも三階建て以上だ。行き交う人々の服装も、明らかに高価そうだ。



「ここが……王都……」



 その圧倒的なスケールに、私は息を呑む。

 馬車は、その王都の中心にそびえ立つ豪華絢爛なお城へと、迷いなく進んでいく。巨大な城門をくぐり、広い中庭で馬車が止まる。



「小鳥遊紬様、ご到着です」



 騎士の一人に促され、私は、まるで夢でも見ているような気分で馬車を降りた。カインさんも、冷静な顔で後に続く。



 私たちが降り立ったそこには、王太子エドワード様の姿はなかった。代わりに、いかめしい顔つきの侍女長らしき女性と、その部下である侍女たちが、ずらりと整列して私たちを待っていた。



「お待ちしておりました、小鳥遊紬様」  



 侍女長の、氷のように冷たい声。その目は、私のワンピースから靴の先までを、値踏みするようにじろりと見た。



(……この方が、殿下を惑わせたという、田舎娘。……なんとみすぼらしい。これでは、国王陛下の御前に出すことなど、到底できませぬ)



 私のスキルが、あからさまな侮蔑の心の声を拾う。   うわあ、来た。王城の洗礼だ。



「商人ギルドの方は、あちらの控え室にてお待ちください。ギルド長官が、のちほど参られます」  


 カインさんは、私と引き離されることに一瞬眉をひそめたが、ギルド長官の名前を出されては、逆らえない。

 彼は「……いいか、余計なことをするなよ」と私にだけ聞こえる声で呟き、別の従者に連れられていってしまった。



 一人、取り残された私。  

 侍女長は、私に向き直ると、冷たく言い放った。



「さて、紬様。殿下と陛下は、今しばらく謁見の間でお待ちです。……ですが、その『みすぼらしい』お姿のまま、御前に出すわけにはまいりません」  



 侍女たちが、私を取り囲む。



「いくら、田舎出とはいえ、その格好は恥ずかしくはないのですか?今から、我々が貴女を『王城にふさわしい姿』に、磨き上げさせていただきます。……お覚悟なさいませ」



 ひええええ!私は、まるで獲物を狙う鷹のような目つきの侍女たちに、両腕を掴まれた。  



 どうしよう。私、このまま衣装部屋に連行されて、ぐるぐる巻きにされて、趣味の悪いドレスでも着せられちゃうの!?



「――それ以上、その娘に触れるな」



 その時。張り詰めた空気を切り裂くように、冷たく、けれどよく通る声が響いた。


 私がはっと顔を上げると、そこには、王城の回廊に一人の男が立っていた。


 プラチナブロンドの髪。サファイアの瞳。  

 氷の貴公子、ライオネル・シルフィールド様だった。


「ラ、ライオネル様!?」


「シ、シルフィールド公爵様!?なぜ、こちらに……!」



 侍女長たちが、一斉に青ざめる。



 ライオネル様は、私を捕らえている侍女たちを絶対零度の視線で一瞥した。



「……エドワード殿下の客人を、まるで罪人のように扱うとは。王家の教育も、地に落ちたものだな」


「ひっ……! い、いえ、これは、陛下の御前に出すための、最低限の身だしなみで……!」


「無駄だ」



 ライオネル様は、私の前に立つと侍女たちから私を引き離すように、そっと私の腕を取った。


「彼女の価値は、着飾ることで測れるものではない。……むしろ、その素朴さこそが、合理的だ」



「は、はあ」(合理的……?)



 彼は、私の耳元で、小さく囁いた。



「……王都へようこそ、紬。エドワード殿下と国王陛下だが、急な来客で謁見は少し後になるそうだ」


(……ちょうど陛下や殿下に用事あるという隣国の来客が先日公爵家に来ていたからな。ちょうど今日に謁見するよう俺が調整しておいた。王太子に、お前を独占されるのは、合理的ではないからな)


 心の声! 心の声が全部言ってますよ!  ライオネル様は、侍女長に向き直ると、堂々と宣言した。



「よって、謁見の時間まで彼女の身柄は、私が預かる。……シルフィールド公爵家の名においてな」



「そ、そんなご無体な……!」



「文句があるなら、俺の父上か、国王陛下に直接言うんだな」



 侍女長は、ぐうの音も出ない、という顔で悔しそうに唇を噛んだ。


 ライオネル様は、私に向き直ると、ほんの少しだけ、口元を緩めた。



「行くぞ、紬。王城の書庫は、なかなか興味深いぞ。君に、有意義な話を聞かせてやろう」


(俺の研究の素晴らしさ、だがな)



 こうして、私の王城デビューは、王太子との対面の前に、まさかの氷の貴公子による、強引な「救出劇」によって幕を開けることになった。






ここまでお読みいただきありがとうございます!

カインは、どこまで着いてくるんだと書いてて我ながら思ってしまいました笑

(カインがいると、話が作りやすいという作者のわがままもあります…)

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