第27話 王都からの『ご招待(という名の召喚状)』
嵐の星降り祭が過ぎ去り、『木漏れ日の宿』には、ようやく、ほんの少しだけ、平穏な日常が戻ってきた。
……フロントの隅に、商人ギルドの監査役という名の地縛霊が住み着いていることを除けば。
「……非効率だ。その接客、本日三回目のお客様への対応と同じパターンだ。マニュアル化されているな。だが、新規客と常連客(あのパン屋の老夫婦)への接客の笑顔の角度が微妙に違う。その差異の経営的意味は……」
「カイン様、ぶつぶつ呟かれると、他のお客様が怖がりますので」
「監査だ」
彼は、あの日以来、すっかり宿の備品と化していた。壊れかけた計算機はどこへやったのか、今は分厚い手帳に、私の行動を分刻みでメモし続けている。その姿は、もはや監査役というより、ストーカーか何かだ。
一方、VIPたちからの連絡は、祭りを経てさらに面倒なことになっていた。
アルド様からは相変わらずピーマン報告書が届くし(私とお揃いのピーマンキーホルダーの写真も同封されていた)、ライオネル様からは解読不能な研究レポートが週刊ペースで送られてくる。ゼノン様からは何も連絡がないが、それが逆に不気味だ。
そして、最も厄介なのが。
「紬さーん!また王都からお手紙よー!今週で三通目!」
「はーい……。丁重にお断りする旨、返信をお願いしまーす……」
王太子エドワード様からの、怒涛の招待状ラッシュである。
祭りで「諦めない」と宣言した通り、彼は本気だった。舞踏会、観劇、王家主催のガーデンパーティー。手を変え品を変え、私を王都に呼び寄せようと必死だ。
もちろん、私はすべて丁重にお断りしている。私の戦場は、あくまでこの宿屋なのだから。
そんな、ある晴れた日の午後だった。
街が、にわかに騒がしくなった。
宿屋の外から、馬の蹄の音と鎧の擦れる音が響いてくる。星降り祭の時とは違う、もっと厳格で行列の音。 おじさんが、慌てて宿の外に飛び出していく。
「い、いったい何の騒ぎだ……って、うわああ!」
宿屋の前に停まったのは、エド様がお忍びで使っていたものとは比べ物にならない、本物の「王家の馬車」だった。金と白銀で装飾され、四頭の白馬に引かれたそれは、威厳そのもの。そして、その馬車を護衛するのは、王家直属の近衛騎士団だった。
観光客も街の人々も、道端にひれ伏している。
カラン、と宿のベルが鳴った。入ってきたのは、立派な口髭を蓄えた、宰相閣下とでもいうべき、いかめしい顔つきの老紳士だった。彼は、宿屋の中を一瞥すると、カウンターの奥で固まっている私の前に、まっすぐ進み出た。
「貴殿が、小鳥遊紬殿で相違ないかな」
「は、はいっ! さようでございます!」
私は、人生で一番美しいお辞儀をしたと思う。
老紳士様は、厳かに頷くと一通の羊皮紙を広げた。それは、王家の紋章が刻まれた正式な「勅書」だった。
「――エドワード・フォン・アストレア王太子殿下からの、ご招待である」
またか!私がうんざりした表情を浮かべかけたのを、老紳士は見逃さなかった。
「……これまでの、殿下個人からのお誘いとはワケが違う。これは、王家からの『公式』なご招待だ」
「はあ……」
「先日の『星降り祭』において、王太子殿下の護衛という名のお忍びの支援および、街を脅かした誘拐犯の迅速な捕縛に多大なる貢献をした市民として、貴殿を王都の城へ正式に招く、との仰せである」
大義名分、キターーー!
しかも、誘拐犯捕縛の功績まで乗っけられている!あの時、一番活躍したのはゼノン様の空間転移(?)とアルド様の足、ライオネル様の妨害魔法だったのだが、それらは全て「一般市民・紬の活躍」として、エド様から報告が上がっているらしい。あのキラキラ王太子、とんでもない手を使ってきた!
「……つきましては、三日後、この馬車が迎えに参る。王城にて、殿下と国王陛下が、貴殿をお待ちである。……辞退は、許されん」
「ええええええ!?」
拒否権、なし!
これはもう、招待状ではなく、「召喚状」じゃない? 老紳士様は、用件だけ伝えると、騎士団と共に嵐のように去っていった。
後に残されたのは、ひれ伏したままのおじさんとアンナさん、そして、呆然と立ち尽くす私。
「つ、紬ちゃん……。す、すごいぞ!王家からお呼び出しだなんて!」
「紬さん、王都デビューね!おめでとう!」
「めでたくないです!全然めでたくないです!」
私は、その場に崩れ落ちそうになった。王都。王城。国王陛下。
私の胃が、ついに限界を超えて、宇宙の彼方へ飛んでいきそうだった。
その時、静まり返ったロビーに、冷たい声が響いた。
「……ふん。ようやく、馬脚を現したというわけか」
カインさんだった。
彼は、いつの間にか私の隣に立ち腕組みをしながら、去っていった王家の馬車を睨みつけていた。
「どういう、意味ですか……」
「言葉通りの意味だ。貴様のその異常な経営手腕……そのカラクリが、ようやく見えた」
彼は、私に向き直ると、その翡翠色の瞳で、私を射抜くように言った。
「『客の心を読んで最高のサービスを提供する』……? 笑わせる。結局は、王家に取り入り、その威光を笠に着て、客(VIP)を呼び込んでいただけのこと」
「ち、違います!」
「違わない。今回の『召喚』が、その証拠だ。貴様の『非効率経営』の終着点は、王太子殿下の寵愛を受けることだった、というわけだ。実に合理的だ。俺の計算と、ようやく一致した」
カインさんの言葉は、冷たく、刺々しかった。だが、私のスキルが拾った彼の心の声は、その言葉とは裏腹に、少しだけ……苛立っているように聞こえた。
(……くそっ。なぜだ。俺の理論が正しかったと証明されたというのに。なぜ、こんなに胸糞が悪い……)
(あの老夫婦や、プロポーズの青年。あの時の、あの女の『非合理な』笑顔は……あれも、全てこのための『演技』だったというのか……?)
彼は、彼自身が導き出した「合理的」な結論に、彼自身が納得できていないようだった。
私は、彼の誤解を解きたかったが、今はそれどころじゃない。
「……カインさんの言う通りかもしれませんね」
「なに?」
「でも、私は行かないといけません。国王陛下からの『召喚』ですから。……三日間、宿を空けますが、おじさん、アンナさん、あとはよろしくお願いします」
私が覚悟を決めて立ち上がると、カインさんが、私の行く手を遮るように言った。
「待て。……俺も行く」
「…………はい?」
今、なんとおっしゃいました?
「聞こえなかったのか?俺も、王都へ貴様に同行させてもらうと言ったんだ」
「な、なんでですか!? 監査はもう、終わったんじゃ……」
「終わっていない!」
カインさんは、声を荒らげた。
「俺の監査は、貴様の『経営の秘密』を暴くまでだ。その秘密が『王家との癒着』だというのなら、その現場を、この目で見届ける必要がある!」
「な、なんて無茶苦茶な……!」
「これは、商人ギルド支部長としての、正式な監査だ! 拒否権は、ない!」
どこかで聞いたセリフ!
彼は、王家の召喚状に対抗するように、ギルドの権限を振りかざしてきた。
こうして、私の(全く望んでいない)王都行きが決定した。しかも、王太子様に会うというだけでも緊張で胃が痛いのに、その隣には「あんたの不正を暴いてやる」と息巻く、ツンデレ監査役様まで、お目付け役としてくっついてくることになった。
私の異世界宿屋ライフ、ついに舞台は宿屋の外へ。
……もう、いっそのこと、全部夢であってほしい。
ここまでお読みいただきありがとうございました!
今まで何度か描写していた、エドからの招待状の伏線をここで回収してみました!ついに宿屋から出る紬です!




