第24話 屋台攻防戦と小さな迷子
「さて! りりちゃんの次は、僕の番だよね、紬!」
わたあめを無事に(?)ゲットし、ご機嫌なりりちゃん。その隣で、王太子エドワード様が、待ってましたとばかりに私の腕を取ろうとした。
「あそこの『輪投げ』が見えるかい? 僕はああいうの、得意なんだ。君に、あの一番大きな熊のぬいぐるみをプレゼントするよ!」
「待て、エド。合理的ではないな」
その手を、ライオネル様が冷ややかに制する。
「景品の期待値を考えるなら、あちらの『射的』の方が確実だ。……紬、あのアンティークのオルゴール、興味はないか? 私が仕留めてやろう」
「二人とも待った!」
今度は、勇者アルド様が、私のもう片方の腕を掴もうとする。
「祭りといえば、まずは腹ごしらえだろ!あの肉串、めちゃくちゃいい匂いがするぞ!紬さん、行こう!俺が奢る!」
「やだ!紬お姉ちゃんは、りりと一緒なの!」
私が三方向から引っ張られ、嬉しい悲鳴を上げていると、りりちゃんがわたあめを片手に、ぷうっと頬を膨らませた。そして、私の手をぎゅっと握りしめる。
その後ろでは、ゼノン様が、うるさい男たち(と、娘に近づく人混み)に、無言の魔気を放ち始めていた。
まずい。このままでは、祭りのど真ん中で、VIP同士の無益な争いが始まってしまう。
私がどうやってこの場を収めようかと、必死で頭をフル回転させていた、その時だった。
ドン! 広場の奥で、祭りの開始を告げる大きな花火が、派手な音を立てて打ち上がった。
「「うわあああ!」」
その音に驚いた人々の波が、どっと私たちの方へ押し寄せる。
「きゃっ!」
「紬さん、危ない!」
「紬、捕まれ!」
「こっちだ!」
私は、アルド様、エド様、ライオネル様に、同時に腕を引かれ、なんとか転ばずに踏みとどまった。
「あ、ありがとうございます。皆さん……」
ほっとしたのも束の間。
私は、右手の感触が、ふっと軽くなっていることに気づいた。わたあめの、甘い匂いだけを残して。
「……え?」
血の気が、さあっと引いていく。さっきまで、私の手を握っていた、小さなりりちゃんの手が……ない。
「りりちゃん!? りりちゃん、どこ!?」
私の絶叫に、さっきまでマウントを取り合っていた男たちの顔色も、一変した。
「なに!?」
「はぐれたのか!」
「りり……?」
地を這うような低い声。
ゼノン様だった。
彼がフードの奥で、カッと目を見開いたのがわかった。次の瞬間、彼の足元から黒い魔気が物理的な影となってじわりと溢れ出す。
祭りの喧騒が、嘘のように遠のく。
周囲の温度が、急速に下がっていく。
「りり……!」
(どこだ。どこへ消えた。俺の娘……!見つけろ。見つけ出せ。……見つからなければ? ……この街ごと、更地にしてでも……!)
ゼノン様の心の声が、本物の「魔王」の怒りに染まっていく。やばい。この人、本気で街を滅ぼしかねない!
「なっ……! この禍々しい気配は……!」
アルド様が、聖剣の柄に手をかける。
「やはり、ただの学者ではないな! 貴様、何者だ!」
「その魔力……尋常ではないな。正体を明かせ」
ライオネル様も、懐の魔導書に手を伸ばす。
「衛兵!衛兵を呼べ!」
エド様が、王太子として叫ぶ。
やばい!戦いが始まちゃう!!
「ストーーーップ!!!」
私は、三人と一人の間に割って入った。
「皆さん、喧嘩してる場合じゃありません! りりちゃんを探すのが先です!」
「だが、紬!こいつは危険だ!」
「わかってます!でも、今は、お願い!」
私は、アルド様たちを必死で制止すると、目をぎゅっと閉じた。
お願い、私のスキル!
この喧騒の中で、たった一つの、小さな心の声を拾って!
(……こわい。……父様、どこ……? 紬お姉ちゃん……)
(……わたあめ、落っこちちゃった……手が、ベトベト……うぅ……)
(……あの人、目がこわい……。やだ、こっち来ないで……!)
……目が、こわい?私は、はっと目を開けた。
りりちゃんは、ただの迷子じゃない!
私は、人混みの中、必死で「こわい目」の人物を探す。
……いた!
路地裏に、人相の悪い男が、泣いているりりちゃんの腕を掴み、強引に引っ張っていくのが見えた。りりちゃんの首にかけていた、ゼノン様とお揃い(?)の、魔石のペンダントを狙っているんだ!
「あそこです!!」
私が指差した瞬間、事態は一瞬で動いた。
「なに!誘拐だと!待てー!」
勇者アルド様が、人混みをかき分け最速で駆け出す!
「愚か者が!」
ライオネル様が、短く呪文を詠唱する。男の足元の石畳が、不自然に盛り上がり男は派手に転んだ!
「衛兵! そこの男を捕らえろ!」
エド様が、近くにいた衛兵に的確に指示を飛ばす!
だが、その誰よりも早く、影が動いた。
シュッ、という音と共にゼノン様の姿が、その場から消えた。そして、次の瞬間。
転んだ男の背後に、音もなく出現していた。
「なっ……!?」
男が、悲鳴を上げる間もなかった。黒いローブから伸びた、冷たい手が男の首を背後から掴み上げる。
「……貴様。俺の娘に、触れたな。……死ね」
「ひっ……!」
「父様!」
ゼノン様が、男の首を握り潰そうとした、その寸前。
「ゼノン様、待って! りりちゃんが、怖がってます!」
私の声に、ゼノン様の動きが、ピタリと止まった。
彼は、泣きじゃくるりりちゃんを、もう片方の手で、そっと抱き上げる。そして、意識を失った男を、ゴミでも捨てるように、その場に放り出した。
「……りり。……怪我は、ないか」
「父様ぁ……!紬お姉ちゃーん!うわあああん!」
りりちゃんは、私の胸に飛び込んできた。
(……ああ。よかった。……生きた心地が、しなかった……)
ゼノン様の心の声が、安堵に震えている。その場に、遅れて駆けつけたアルド様、ライオネル様、エド様が、呆然と立ち尽くしていた。
「……今のは……」
「……消えたぞ」
「……空間転移、だと……?」
三人が、今のはいったい何だ、という目でゼノン様を見つめている。
やばい! 正体がバレる!
「わー! ゼノン様、すごい!さすが学者さんですね! 人体の動きを研究し尽くした、瞬間移動のように早く動ける技術か何かですか!?すごい速さでした!」
自分でも訳がわからない苦しすぎるフォローを入れる。
三人は、納得いかない顔をしていたが、泣いているりりちゃんを前に、それ以上追及するのをやめたようだった。
「……紬さんのおかげだ。ありがとう」
アルド様が、私に礼を言ってくれた。
「……ああ。紬が見つけてくれなかったらどうなっていたことか…」
ライオネル様も、静かに頷く。
「……よくやった、紬」
エド様も、私の頭をそっと撫でてくれた。
こうして、VIP四名(と私)の奇妙な連携プレイによって、祭りの小さな事件は無事に解決した。
後ろからことの顛末を見届けたカインさんは、持っていた計算機を、カタン、と床に落とした。
(……空間転移。……戦略級魔法だ。……あの黒い男、やはり魔王……)
(……そして、あのフロント係は、その魔王を、まるで近所の知り合いのように、手懐けている……)
(……ダメだ。頭が痛い。……ジンジャークッキー、食べたい……)
監査役様の理性は、今夜、完全に崩壊したようだった。
ここまでお読みいただきありがとうございました!
ちょっとしたトラブルがありましたが、初の協力プレイ?でなんとか乗りきった皆さんでした!りりちゃん無事で良かったです!




