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第23話 わたあめ攻防戦と監査役の頭痛

「行こ!紬お姉ちゃん!」


「は、はいっ!」


 りりちゃんの小さな手に引かれるまま、私は覚悟を決めて、賑やかな祭りの夜へと足を踏み出した。


 一歩宿屋の外に出た瞬間、音と光と匂いの洪水が、私たちを包み込む。



 道いっぱいに並んだ屋台。揺れる無数のランタン。人々の楽しそうな笑い声と、肉の焼ける香ばしい匂い。


「うわあ……!」


「すごい人出だな!」


 りりちゃんとアルド様が、子供のようにはしゃいで目を輝かせる。  


 その一方で、私は、別の意味で極度の緊張状態にあった。だって、今の私の状況。



 右手には、りりちゃん(魔王の娘)。

 その隣には、ゼノン様(魔王)。


 左手側は、エドワード様(王太子)とライオネル様(貴族)が、私に近い位置を巡って、静かな火花を散らしている。


 そして、私の前方は、アルド様(勇者)が「紬さん! こっちは危ないから俺が前を歩く!」と、護衛(という名目)でがっちりキープ。



 ……これ、なんていう護送船団ですか。



 周りの通行人たちも、「なんだかすごい美形集団(と一人だけ禍々しいローブの人)がいるぞ」


「あの女の子、お姫様みたい…」と遠巻きに私たちを眺めている。目立つ!めちゃくちゃ目立ってる!



「紬、人が多い。はぐれると厄介だ。私のそばを離れるな」



 エド様が、そっと私の左腕に手を伸ばそうとする。



「……合理的ではないな、エド。この人混みでは、むしろ散開した方が効率的だ。だが、紬。君は私の視界に入っていればいい。そしたら俺が守ってやる」


 ライオネル様が、エド様の言葉を遮るように、冷静に(でもしっかり)私を自分の近くに誘導しようとする。



「二人とも、紬さんに近すぎだぞ!護衛は俺がやるって言ってるだろ!」



 アルド様が、聖剣の柄に手をかけながら二人を牽制する。


「……」


 ゼノン様は、娘が怖がらないかだけを心配するように、うるさい男たちに無言の圧力(魔気)を放ち始めた。



 ぎゃー!やめて!祭りのど真ん中で、睨み合わないでください!  



 このカオスな状況を、宿屋の二階の窓から、監査役のカインさんが、こめかみを押さえながら見下ろしていた。



(……始まった。地獄のフィールドワークだ。あの女、あの四名を連れ歩くなど、正気の沙汰ではない。……だが、観察を続ける。あの非合理の塊が、どう動くか……)



 その時、私たちの救世主が声を上げた。



「あ!あった!紬お姉ちゃん、あれ!」


 りりちゃんが指差した先には、ピンク色の、雲のようなお菓子を売る屋台があった。



「わたあめだ!」


「よし、りりちゃん、買いに行こうね!」


 私は、この地獄の均衡を破るべく、りりちゃんの手を引いて屋台へと駆け寄った。男たちも、ぞろぞろと後に続く。  


 屋台のおじさんは、突如として現れた、この世のものとは思えない美形軍団(一人だけラスボス感ある)に、完全に気圧されていた。


「お、お嬢ちゃん、わたあめかい?」


「はい! ひとつください!」


「あいよ!」


 おじさんが、手際よくピンク色のわたあめを作り始める。りりちゃんは、その光景に釘付けだ。  


 私は財布を取り出し、銅貨を握りしめた。その、瞬間だった。



「紬、払うよ。いくらだい?」



 エド様が、キラキラの笑顔で、小さな金貨を一枚、差し出した。


「いや、私が払おう。研究費で落ちる」



 ライオネル様が、さらに大きな金貨を、無表情で差し出した。



「いやいや! 友の分は俺が払う!これで頼む!」



 アルド様が、少し汗ばんだ銀貨を、元気よく差し出した。



「……待て」


 低い声が響く。



 三人を押し退け、ゼノン様が、財布から取り出したのは――漆黒に輝く、見たこともない紋章が刻まれた、巨大な金貨(?)だった。



 屋台のおじさんの顔が、真っ青になる。



「ひっ……! な、なんだい、その金は……!?」



 まずい!


 エド様もライオネル様も、お忍び(と研究)なのに、金銭感覚が庶民じゃない!アルド様は、まあ普通だけど、横から割り込まないで!そしてゼノン様!


 それ、どこの国の通貨ですか!? 魔界の軍資金とかじゃないですよね!?



「ストーーーーップ!!!」



 私は、四人の手を(ゼノン様の手は、勇気を出して)まとめて叩き落とした。



「皆さん! お金は、大丈夫ですから!」



 私は、りりちゃんに向き直ると、銅貨を一枚、彼女の小さな手に握らせた。



「りりちゃん。はい、これでお金払ってね。自分で買えるかな?」


「えっ、いいの!?」


「うん。おじさんに、『ひとつください』って、ちゃんと言うんだよ」


 りりちゃんは、一瞬きょとんとしたが、すぐに満面の笑みになった。



「はいっ!」



 彼女は、小さな背丈で一生懸命背伸びしながら、おじさんに銅貨を差し出した。



「おじさん! わたあめ、ひとつください!」



「お、おう! 嬢ちゃんは、えらいなあ!」


 おじさんは、さっきまでの恐怖はどこへやら、孫娘を見るようなデレデレの笑顔になり、一番大きなピンク色のわたあめを、りりちゃんに手渡した。



「わあー!おっきい!父様、見て!」



「……ああ。よかったな、りり」


 ローブの奥から、ゼノン様の、心底安堵したような(そして、ちょっと嬉しそうな)心の声が聞こえてくる。

 

 エド様も、ライオネル様も、アルド様も、自分たちのお金は使ってもらえなかったが、りりちゃんの無邪気な笑顔を見て、毒気を抜かれたようだった。



(……紬は、子供の自立心を育てたのか。素晴らしいな!)



(……俺の金の方が価値があったが、まあいい。あの笑顔は、お金で買えないものだ)



(……よかったなあ、りりちゃん!わたあめ、美味そうだ!)



 なんとか、第一関門(わたあめ購入)は、クリア……!



 私が、ほっと胸をなでおろした、その時。



 そっと後ろから着いてきていた、カインさんが前方の私たちを見つめ、手元の羊皮紙に何かを書き込んでいるのが見えた。



(……非合理だ。四名からの過剰な支払い(利益)を、あえて拒否。それどころか、自腹(銅貨一枚)を切り、客の子供に『購入体験』という付加価値を提供した)


(……結果、四名のVIPは、なぜか全員、満足している。……意味がわからない。あの女の経営術は、俺の全ての理論書に載っていない……! 頭が……痛くなってきた……)


 監査役様の頭痛をよそに、無事にわたあめをゲットしたりりちゃんは、ご機嫌でそれを頬張っている。



 しかし、平和は長くは続かなかった。



「さて! りりちゃんの次は、僕の番だよね、紬!」  



 エド様が、私の腕を掴もうと一歩踏み出す。



「あそこの『輪投げ』で、僕が君に、一番大きな景品をプレゼントするよ!」



「待て、エド。射的の方が、合理的だ。景品も実用的だ」



 ライオネル様が、冷静に反論する。


「二人とも待った!祭りといえば、まずは腹ごしらえだろ!あそこの肉串、めちゃくちゃいい匂いがするぞ!紬さん、行こう!」


 アルド様が、私のもう片方の腕を掴もうとする。


ゼノン様は、わたあめを食べる娘を守るように、私の後ろに立っている。



(……うるさい。さっさと帰りたい)




 ……第二ラウンド(屋台巡り)のゴングが、今、高らかに鳴り響いた。







ここまでお読みいただきありがとうございました!

書いていて、ライオネルがエドと呼び捨てにしてるな〜って後から気づきました…(^^;;

一応、ライオネルはああいう性格なので、お忍びできてる殿下に対しては別に呼び捨てにしても良いだろうと割り切っているんだろうなと解釈していただけるとありがたいです…!

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