第22話 嫉妬の火花とピーマン同盟
「か、かんぱーい……」
私の引きつった音頭で始まった、異世界で最も危険な晩餐会。
表面上は、驚くほど和やかに(?)進行していた。
「ふむ。この宿のシチューは、なかなかいけるな」
エドワード様が、王族らしい優雅な所作でスプーンを口に運ぶ。
「確かに。素材の味を活かした、合理的な調理法だ。悪くない」
ライオネル様も、冷静に分析しながら頷いた。
二人のVIPが料理を褒めている。普段なら、宿の者としてこれほど嬉しいことはない。だが、今の私には、二人が放つ「紬は僕(俺)のもの」的なオーラが、胃に突き刺さって痛い!本当に光栄なことだけれども…。
そんな中、一人だけ、全く違う理由で感動している男がいた。勇者アルド様である。
彼は、隣のテーブルでりりちゃんのピーマンをこっそり下げた私と、その父親であるゼノン様の姿を、熱い、熱すぎる視線で見つめていた。
(……なんて素晴らしい父親なんだ!)
アルド様の心の声が、感動に打ち震えている。
(あの学者さん……ゼノンさんと言ってたか。ゼノンさんは、娘さんのピーマン嫌いを、自分のことのように苦悩し、そして、紬さんという女神の助けを借りて、娘の尊厳(ピーマン嫌い)を守り抜いた……!俺も、将来紬さんとの間に子供ができたら、あんな父親に……!)
アルド様、妄想が暴走してます!
しかも、そこに尊敬するのはおかしい気がします!当のゼノン様はというと、勇者からの熱烈な視線に気づき、ローブの奥で(……なんだ、あの勇者。やけに鬱陶しい視線を送ってくる。俺の正体に気づき始めたか……?)と、めちゃくちゃ警戒していた。
そして、ついに。
勇者アルド様は、居ても立ってもいられなくなったらしい。彼は、ゼノン様に向かって、スプーンを(聖剣のように)ぐっと握りしめると、熱く語りかけた。
「ゼノンさん!」
「……なんだ」
「俺もゼノンさんのお気持ち、痛いほどわかります!」
(ピーマンを取り除く苦悩は俺にもわかりますよ!)
「……は?」
ゼノン様のローブの奥から、ガチの困惑が漏れ出した。アルド様は、そんなことにはお構いなしだ。
「一人で苦しむことはありません!あなたは、一人じゃない!俺も……俺も、その苦しみを知る『同志』です!」
「……どうし?」
(この勇者、やはり頭がおかしいのではないか?)
魔王様が、本気で勇者様の精神状態を心配し始めている。
「そうです!だから、これを受け取ってください!」 アルド様が、自分のお皿から、こんがり焼けたパンを差し出した。
「このパンには、ピーマンは入っていません! 安心してください!」 「…………」
食堂の時が、止まった。 エドワード様も、ライオネル様も、何が起こっているのかわからず、ポカンとしている。 りりちゃんだけが、「パンだー!」と無邪気に手を伸ばそうとしている。
「ちょっと、アルド! あんた、ゼノ様に失礼でしょ! 自分のパンを押し付けるなんて!」 勇者パーティーの魔法使い、リナちゃん(今夜は一般客として別テーブルにいた)が、すっ飛んできてアルド様の頭をひっぱたいた。 「ごめんなさい、ゼノ様! こいつ、勇者バカなんです!」 「い、痛いぞリナ! 俺は、同志愛の証として……!」
ピーマンによって結ばれかけた(?)勇者と魔王の奇妙な同盟は、リナちゃんによって、ギリギリのところで阻止された。 私の寿命が、さらに三年縮むのを感じた。
「……ふん。馬鹿騒ぎは終わったかな?」 混乱が収まったのを見計らい、エドワード様が、仕切り直すように私に笑顔を向けた。
「紬ちゃん! この肉料理、本当に美味しいね! でも、僕としては、あの地下の酒場で一緒に食べた、骨付き肉の方が思い出深いな。あの夜は、本当に楽しかった……そうだろ?」
出た! 古参アピール! 彼は、ライオネル様たちに向かって、私との「特別な夜(酒場デビュー)」を、わざと見せつけている! その挑発に、ライオネル様が乗らないはずがなかった。 彼は、ワイングラスを静かに傾けながら、エドワード様の言葉を遮った。
「……酒場の喧騒も悪くないが、静かな離れの書斎で、二人きりで古代魔法の謎について語り合う夜も、また格別だったな。……なあ、紬」 「えっ、あ、はい(語り合った覚えはあまり……)」
こっちも来た! マウントの取り合い! しかも「二人きり」「書斎」というパワーワード! 王太子と貴族の間に、火花がバチバチと散っている。
そんな二人のマウント合戦を、アルド様は羨ましそうに眺めていた。 (二人とも、紬さんと仲良しなんだなあ! いいなあ! 俺も、紬さんと二人きりで、ピーマンについて語り明かしたい!)
一人だけ、論点がズレてる! 嫉妬と友情とピーマンが入り乱れる、地獄のテーブル。 私の胃は、もう限界だった。 助けて、誰か……!
食堂の隅のテーブルで、カイン氏が猛烈な勢いでペンを走らせているのが見えた。 (……分析不能だ。なぜ、あの勇者が魔王に共感を? 王太子と貴族は、なぜフロント係一人を巡って牽制合戦を……? 理解できん。非合理だ!) 監査役様の理性も、ついに崩壊したようだった。
私が、このカオスな空間からどうやって逃げ出すか、本気で悩み始めた、その時。
「父様! 見て!」
天使の声が響いた。 りりちゃんが、窓の外を指差していた。
「お外! キラキラしてる! 屋台が、いっぱい!」 彼女の言葉に、全員がハッと窓の外を見る。 いつの間にか、街の広場には無数の屋台が並び、色とりどりのランタンに火が灯り始めていた。
「わあ……!」 私も、思わず声を上げた。 そうだ、今夜は、星降り祭。 この晩餐会が、メインイベントなわけじゃない。
「紬お姉ちゃん!」 りりちゃんが、私の服の裾を、くいっと引っ張った。 「りり、あっち行きたい! あの、雲みたいなお菓子が食べたい!」
雲みたいなお菓子。 それは、りりちゃんが(そしてお父さんが)求めていた、「わたあめ」だ! りりちゃんのその一言が、この地獄の晩餐会を終わらせる、救いの鐘の音となった。
「そ、そうです! 皆さん、お食事もそこそこに、外の屋台を楽しまないと損ですよ! 祭りはこれからです!」 私がそう言うと、エド様の目が、キランと輝いた。 「屋台! 紬と二人で、お忍びデートだ!」
アルド様の目も、キランと輝いた。 「屋台! 美味そうな肉の串焼きがあるかもしれない!」
ライオネル様も、静かに立ち上がった。 「……人混みは好かん。だが、祭りの経済効果と庶民の文化を分析するのも、研究の一環だ」
ゼノン様は、娘に向かって、深く頷いた。 「……わたあめ。あの、得体の知れない砂糖の魔物か。……だが、りりが望むなら、仕方あるまい」
こうして、VIP四名は、それぞれの思惑(と食欲)を胸に、席を立った。 私の胃は、ギリギリのところで守られたのだ。
「ふう……」 私は、彼らの背中を見送りながら、そっとカイン氏の方を見た。 彼は、私に「行ってこい」とでも言うように、顎で外をしゃくった。
(……行け、小鳥遊紬。第二ラウンドだ。その『非合理的なおもてなし』とやらが、あのカオスな集団を、どうやって屋外で捌くのか……この監査役が、最後まで見届けてやる)
……どうやら、私の胃痛は、まだ続くらしい。 私は、りりちゃんの小さな手を握りしめ、覚悟を決めて、賑やかな祭りの夜へと足を踏み出した。
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