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第19話 悪夢の予約ラッシュと嵐の序章

「……護符ブロマイド、ですか」



 私は、数日前に勇者アルド様から送られてきた「友情の証」――すなわち、彼のキメ顔がバッチリ印刷されたサイン入りブロマイド――を、カウンターの下にこっそりと貼り付けた。


 曰く、『悪い虫除けの護符』らしい。


 王太子様やライオネル様を「悪い虫」呼ばわりする勇者様も大概だが、こんなものをフロント係が公然と飾っているわけにもいかない。



「まあ、魔除けくらいには、なるかも……?」



 これ以上、濃いお客様が来ませんように。

 私がその(ある意味、非常に強力な)護符に、そっと手を合わせた、まさにその時だった。



「つ、紬ちゃん! 大変だ! 大変なことになったぞ!」



 おじさんが、一枚の羊皮紙(どうやら王都からのお知らせらしい)を握りしめ、血相を変えてフロントに飛び込んできた。


(またですか……)


 私は、深いため息をついた。

 もう慣れた。この流れは、新しいVIPが来訪する合図だ。今度はどこの国の王様だ。それとも、ついに神様でも降臨なさるのだろうか。



「おじさん、落ち着いてください。今度はどちらの殿方です?」



「違う!そうじゃない!もっとデカい話だ!」


 

 おじさんは、興奮で顔を真っ赤にして、私にその羊皮紙を突きつけた。



「これを見ろ!王都の学者先生たちが、正式に発表したんだ!」



「……ええと。『百年ぶりに、未曾有の大流星群、観測の報』……?」



「そうだ!その名も『星降り祭』!なんでも、百年に一度きりの、とんでもない規模の流星群らしい! しかもだ!」


 おじさんは、カウンターをバン!と叩いた。



「この街は、空気が澄んでいて星が一番よく見えるってんで、祭りの『特別観測中心地』の一つに選ばれたんだとよ!」


 星降り祭。

 その言葉を聞いて、私は瞬時に事態を把握した。


 百年に一度の特別なイベント。

 観測の中心地。


 つまり――



「……宿屋が、とんでもなく忙しくなる……!」



「その通りだ、紬ちゃん! ガハハ! こりゃ腕が鳴るぜ! 国中からお客さんが押し寄せてくるぞ! しばらくはてんてこ舞いだろうが、覚悟しとけよ!」



「はい!望むところです!」



 私はおじさんと顔を見合わせ、ニヤリと笑った。


 そうだ、これだ。これこそが宿屋の醍醐味!

 VIP対応で培った(?)このスキル、一般のお客様のために、存分に振るわせていただきましょう!


 私は腕まくりをして、山積みの予約台帳の整理に取り掛かった。



 ……そう。この時の私は、まだ浮かれていたのだ。


 「国中からお客さんが押し寄せる」という言葉の、本当の恐ろしさをまだ理解していなかった。  


 それは、一般のお客様だけを指すのでは、なかったのだから。




 その報せが街中に広まってから、わずか数時間後。 まず、第一の嵐がやってきた。


 王都から、王家専用の最速便の伝令が、一通の封筒を持って飛び込んできた。差出人は、見慣れたキラキラの紋章。



「……また、舞踏会の招待状ですか」



 私がうんざりしながら封を開けると、中身はいつものお誘いとは少し違っていた。


『やあ、紬!星降り祭のニュース、聞いたよ!すごいじゃないか!あんな奇跡みたいな夜空、絶対に君と一緒に見たいと思ってね!もちろん、今回も“エド”としてお忍びで行くから、いつもの部屋お願いできるかな?』



(追伸:護衛の騎士団長には、もう話を通してあるから安心して!)



「……安心できるわけがありません」



 私はこめかみを押さえた。


 王太子エドワード様、お忍び(という名のパレード)で、ご予約一件目。彼が来ると、あの過保護な騎士団長様(胃痛持ち)もセットでついてくる。

 つまり、宿の周りが、不審な「旅人(護衛)」だらけになるということだ。



「まあ、エド様なら、いつもの部屋で大丈夫、かな……」



 私が台帳に書き込んでいると、今度は、宿の窓をコンコン、と鋭い何かが叩く音がした。

 窓を開けると一羽の、いかにも高価そうな、精悍な顔つきの鷹が飛び込んできた。その足には、見慣れたシルフィールド家の紋章入りの筒が結ばれている。



「……ライオネル様からだ」



 筒から取り出した手紙は、相変わらずの簡潔さだった。


『度の流星群は、極めて特殊な魔力を含んでいる可能性がある。古代魔法の媒体となり得るか、詳細な観測が必要だ。研究のため、最高の観測地点である君の宿に滞在させてもらう。……もちろん、君への挨拶も兼ねて、だ』



「……後半が本音ですよね、絶対」



 あの氷の貴公子が、わざわざ「挨拶を兼ねて」と書き添えてくるなんて。あの宿での一件以来、彼が送ってくるレポート(という名の手紙)は、日に日に難解さを増すと同時に、文末の追伸が、ほんの少しだけ人間味を帯びてきている。  



 氷の貴公子ライオネル様、ご予約二件目。



 彼は……絶対に、エドワード様と鉢合わせさせてはならないタイプだ。


 私は(一番遠い、離れの部屋、確保!)と、台帳に大きく書き込んだ。


 私が頭を悩ませていると、フロントの隅、我らが監査役カイン氏の定位置から、冷ややかな声が飛んできた。



「……おい。王太子殿下に、シルフィールド公爵。この宿は、いつから国の迎賓館になったんだ。非合理的にも程がある」



 カインさんは、星降り祭の発表があってから、「この歴史的な商機に、お前たちがいかに非効率な経営をして利益を取りこぼすか、徹底的に監査させてもらう」と、さらに宿への滞在を延長していた。



 彼の心の声は、いつにも増して混乱している。



(なんなんだ、この宿は……!国のトップ達が、まるで近所の友人に会いに行くかのようなノリで予約を入れてくるぞ……!あの小鳥遊紬という女、いったい何者なんだ……!?)



「カイン様、静かにしてください。今、忙しいんですから」



 私が彼のツッコミをあしらった、その時。


 バサバサバサッ!今度は、宿の煙突の方から、慌てたような羽音が聞こえた。


 一羽の伝書鳩が、煤まみれになりながら暖炉から転がり出て、私のカウンターに不時着する。見慣れた、勇者の紋章入りの足輪。



「……アルド様」



 手紙を広げると、いつものピーマン報告書とは違う、興奮した文面が目に飛び込んできた。


『心の友よ!聞いてくれ!星降り祭の間は、流星群の魔力に当てられて、魔物の動きが活発になるらしい!そこで、俺のパーティーが、この街の臨時警備を任されることになったんだ!これで、心置きなく、君の宿に泊まれるぞ!ピーマン抜きでよろしく頼む!』



 ……ダメだ。



 目的が「警備」なのか「宿泊」なのか、やっぱりこの人、わかってない。



 勇者アルド様ご一行、ご予約三件目。



 私の頭は、完全にキャパシティオーバーを起こしていた。  


 エドワード様(王太子)。

 ライオネル様(貴族)。

 アルド様(勇者)。


 全員、星降り祭の期間中、ドンピシャで滞在予定。


(どうしよう……。この三人、絶対に鉢合わせさせたらダメなやつだ……。特にエド様とライオネル様は、噂ではあまり仲がよろしくないと聞くし、アルド様は王族とか貴族とか、やたらと(ピーマン以外で)恐縮しそうだし……)


 私が、胃を押さえて青ざめていると、ふと、カウンターの上に一枚の黒い羽根がひらりと落ちてきた。



「……え?」



 見上げても、窓は閉まっている。


 その羽根は、まるで闇が凝縮したかのように黒く、かすかな魔力を放っている。  



 ……まさか。



 恐る恐る、その羽根に触れようとした瞬間、羽根は黒い霧に変わり、一通の封筒の形になった。漆黒の封蝋。 そこに刻まれているのは、見覚えのある黒薔薇の紋章。



「ひっ……!」



 私は、その手紙を開けることすらできずに、硬直した。


 手紙は、まるで私を嘲笑うかのように、ひとりでに開き低い声が脳内に響き渡った。


『祭りに行きたいと、りりが聞かなくてな。世話になる』



 魔王ゼノン様、ご予約四件目。



 私は、ゆっくりと予約台帳に視線を落とした。


 そこには、この国の(そして、たぶん敵対勢力の)トップが、仲良く一覧で並んでいる。


 1. 王太子 エドワード様

 2. 公爵 ライオネル様

 3. 勇者 アルド様

 4. 魔王 ゼノン様



 全員、宿泊日は、星降り祭の、同じ日。



(え、待って? 王太子と、貴族と、勇者と、魔王が、一つ屋根の下に?)


(これ、リアル「宿屋で全員集合!」じゃない?)



 私のスキル『ささやきヒアリング』は、自分の心の悲鳴までは、どうにもしてくれない。



(どうしようどうしようどうしようどうしよう……!)



 私の人生最大級の試練、『VIP客同時ブッキング事件』の幕が、今、静かに……いや、極めて騒々しく上がったのだった。








ここまでお読みいただきありがとうございます!

次の話から短編でも書いた『星降り祭』編に進んでいきます!

ただ、短編よりもかなりボリュームアップしているので、お読みいただけると嬉しいです!

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