第18話 勇者様は心の友を守りたい
場所は、魔王領へと続く荒野での野営地。
パチパチと音を立てる焚き火を囲み、俺たち勇者パーティーは、束の間の休息を取っていた。
「ふう……。今日のオーク肉のシチューも美味かったな!」
「セシルさんの味付けは、いつも最高です!」
「まあ、お口に合ったようで何よりですわ、アルドさん、リナさん」
俺、勇者アルドは、神官セシルの作ってくれた絶品のシチューに(緑色の悪魔――ピーマンが入っていなかったことを神に感謝しつつ)心の底から満足していた。 大盾を磨く寡黙なゴードンも、満足そうに頷いている。
魔王軍との戦いは過酷だが、こうして信頼できる仲間たちと食事を囲む時間は、何物にも代えがたい。
「……さて、と」
俺は食後の片付けを終えると、背負っていた荷物から、大事な羊皮紙とインク壺を取り出した。
それを見た魔法使いのリナが、焚き火の火を棒でつつきながら、ジト目で俺に言った。
「でた。あんた、またあの宿屋の女に手紙書くの?」
「『あの宿屋の女』じゃない、『心の友』だ! リナ!」
「はいはい。それにしても、あんたって本当にマメよね。魔物と戦った報告より、晩ごはんの報告の方が詳しいんじゃないの?」
「うっ……。そ、それも大事な報告の一つだ!」
俺はリナのツッコミを無視し、羊皮紙にペンを走らせ始めた。
『親愛なる心の友、紬さんへ。今日の戦果を報告する。オークの群れを三十体ほど撃破した。俺の聖剣も絶好調だ。そして何より、今夜の夕食はセシル特製のビーフシチューだった! 緑色の悪魔の姿はなく、俺はまたしても完全勝利を収めた。君の応援のおかげだ! ありがとう!』
ふむ、今日も完璧な書き出しだ。
俺にとって、紬さんは、まさに「女神」だ。あの『木漏れ日の宿』で出会った日、俺は人生最大のピンチ(ピーマンとの遭遇)に直面していた。魔王軍の幹部を倒した勇者が、ピーマン嫌いだと知られれば、威厳は地に落ち、パーティーの士気にも関わる。その絶望の淵から、俺を救い出してくれたのが、彼女だ。
(紬さんは、俺の心の叫びを、言葉なくして理解してくれた……)
彼女は、俺の最大の弱点(ピーマン嫌い)を知る、仲間以外でただ一人の人間。
いや、仲間たちにも隠し通しているのだから、彼女は、この世界で唯一、俺の弱さを知る存在だ。だからこそ、彼女は俺の「心の友」なのだ。
俺たちが魔王を倒すために戦っているように、彼女もまた、あの宿屋という戦場で、日々、お客さんを相手に戦っている同志なのだ。
(噂だと領主様や、貴族様まで常連らしいから紬さんも大変だよな。俺も負けてられないぜ!)
俺は、彼女に対するこの熱い感情を「友情」であり、「同志愛」だと信じて疑っていない。ペンを走らせていると、ふと、隣で魔導書を読んでいたリナが、何かを思い出したように顔を上げた。
「あ、そういえば。この前、王都のギルドで聞いたんだけどさ」
「ん? なんだ?」
「あの『木漏れ日の宿』、最近、エドワード王太子殿下も、お忍びで泊まりに来たらしいわよ」
ガリッ。
俺は、力の限りペンを握りしめすぎて、ペン先を折ってしまった。
「……え? 王太子殿下が……? あの宿に?」
「そう。なんでも、あの紬って娘に、すっかり入れ込んじゃってるって噂よ。毎週のように、王都から招待状だの菓子だのを送ってるらしいわ。まったく、王族も物好きよね。あんな地味な娘の、どこがいいんだか」
「なっ……!」
俺は、思わず立ち上がっていた。
なんだ、その話は! 初耳だぞ!
王太子殿下が、紬さんに……?
(……なんだ、これ。胸が、モヤモヤする……)
想像してしまった。
紬さんが、俺以外の男(しかも王太子!)に、あの女神のような笑顔を向けているところを。あの温かいおもてなしを、受けているところを。
(……いや、待て。俺は、なんでこんなにイライラしているんだ?)
俺は、この胸の痛みの正体を必死に探った。
……そうだ!
「……許せん!」
「はあ!? なによ急に!」
「王太子殿下ともあろうお方が、お忍びで宿屋の娘に入れ込むなど、不埒だ! きっと、よこしまな考えを持っているに違いない!」
「……あんたが一番よこしまな顔してるわよ、今」
「そうだ、きっとそうだ! 紬さんは優しくて純粋だから、悪い男(王太子)に騙されているんだ! 俺は勇者として、それを見過ごすわけにはいかない! 俺は、心の友を守らなければならない!」
そうだ、これだ。
俺のこのモヤモヤは、友を心配する「友情」だ! 完璧な自己分析だ!
「よし、決めた!」
俺は荷物をごそごそとかき回し、とっておきの「ある物」を取り出した。それは、王都で作らせた、俺の勇者としての「ブロマイド」(戦闘シーン切り抜きバージョン・サイン入り)だ。
「リナ、これを手紙に同封する!」
「はあああ!? あんた、自分の写真なんか送ってどうすんのよ! キモい! セクハラよ!」
「違う! これは、聖なる護符だ!」
「はあ!?」
俺は、リナの非難の目にも屈せず、熱弁した。
「これがあれば、悪い虫が紬さんに寄ってきても、彼女が『勇者アルドの心の友』だとわかれば、迂闊なことはできないはずだ!」
「……」
「そうだろ? 勇者の顔に泥を塗るような真似は、王太子殿下だってできないはずだ。……完璧な護身符だ!」
俺は自分の完璧なアイデアに、一人でうんうんと頷いた。
リナは、心底どうでもいいという顔でため息をつき、セシルさんは「まあ、アルドさんたら」と苦笑している。ゴードンは(……護符。……俺も、欲しい)と、ちょっと羨ましそうにしている。
「よし! 待ってろよ、紬さん! この俺が、君の平和(と俺との友情)は、必ず守ってみせるからな!」
俺は、ブロマイドに「心の友・紬さんへ! 友情の証! 勇者アルドより」と熱いメッセージを書き加え、ピーマン報告書と共に、丁寧に封筒に入れた。
心の友よ、この聖なる護符、必ず受け取ってくれよな!
「アルドの将来がちょっと心配だわ…」
リナの呟きは誰も聞こえていなかったような。
ここまでお読みいただきありがとうございました!
アルドは、元々こういうキャラの予定ではなかったですが、勘違い系の天然嫉妬キャラになってしまいました(^^;;
ちなみに、本当はかっこいい勇者キャラでした笑




