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第13話 商人ギルドの若き支部長と非効率な笑顔

 領主、貴族、勇者、王太子、そして魔王。



 立て続けに国のトップ(と裏社会のトップ?)が訪れた『木漏れ日の宿』は、今や「この国で最も奇妙で、最も格式の高い(?)宿」として、その名を不動のものにしていた。



 当然、宿は大繁盛。おじさんの帳簿は見たこともない黒字を叩き出し、「ガハハ! これで引退後の蓄えもバッチリだ!」と上機嫌で笑う声が、毎日宿に響いている。



「紬ちゃん、今日も大入り満員だね!」



「本当ですね、アンナさん。忙しいけど、活気があって楽しいです!」



 フロントはひっきりなしに訪れるお客様で賑わい、私は私のスキル『ささやきヒアリング』を駆使して、効率よく、かつ的確にお客様のニーズに応えていく。



(ああ、長旅で足がむくんで辛い……)という商人さんには、こっそり足湯用の桶をお部屋に届け。



(宿のシチューが美味いって聞いたけど、頼む勇気が出ないなあ)と悩む内気な学生さんには、「本日のおすすめです!」と笑顔でシチューを差し出す。


 平穏。そう、これこそが私の求めていた平穏な宿屋ライフだ。



 そんな、忙しくも平和な午後のことだった。

 カラン、と扉のベルが鳴った。  



 入ってきたのは、これまでのVIPたちとは全く違う種類のオーラをまとった青年だった。アルフォンス様のような威厳でもなく、ライオネル様のような冷気でもない。エドワード様のような輝きもなく、ゼノン様のような闇でもない。  


 商人のような格好をした青年だった。


 歳は二十代前半だろうか。計算高そうに細められた銀縁眼鏡の奥で、鋭い翡翠色の瞳が宿の中を値踏みするように素早く動いている。その手には、高価そうな革の鞄と、カチカチと音を立てる奇妙な機械(そろばん?いや、もっと複雑な計算機?)が握られていた。



 彼はまっすぐカウンターに来ると、宿泊客の列に並ぶことなく、私の目の前に立った。



「君が、噂のフロント係、小鳥遊紬だな」


「は、はい、そうでございますが……」


 彼は尊大な態度で頷くと、一枚のギルドカードを私の目の前に突きつけた。そこには、天秤と金貨をあしらった商人ギルドの紋章が輝いている。


「私は、商人ギルド中央支部の支部長を拝命している、カイン・スターリングだ。本日より、この宿の経営実態を監査させてもらう」


「……はあ。監査、ですか?」



 おじさんが、帳簿から顔を上げて怪訝そうに尋ねる。



「監査だなんて、いきなり何を……。うちはギルドにもきちんと税を納めておりますが」



「もちろん、承知している」



 カインと名乗る青年は、眼鏡の位置をくい、と押し上げた。



「問題は、貴殿の宿の、その『異常な』利益率だ。この半年で、売上は昨対比500%を超えている。しかも、客単価も宿泊客満足度も、周辺のどの宿と比べても異常な数値を示している。これは、我々ギルドにとって、看過できない事態だ」



「はあ、それは、どうも……?」



 おじさんが褒められているのか貶されているのかわからず、困惑している。カイン氏は、カチカチと手元の計算機をいじりながら、冷たく言い放った。



「単刀直入に言おう。私は、この『木漏れ日の宿』が、何らかの違法な手段――例えば、客の心を操る類の『禁術魔法』などを用いて、不当に利益を上げているのではないかと疑っている」



「「禁術!?」」



 私とおじさんの声が、見事にハモった。  


 この人、私のスキルを、とんでもないものだと勘違いしている! 『ささやきヒアリング』は、そんな大層なものじゃない。ただの「なんとなく心が読める」スキルだ。



「よって、私が納得するまで、この宿に滞在し、その経営のカラクリを徹底的に暴かせてもらう。いいね?」



 一方的な宣言に、私は開いた口が塞がらなかった。


 しかし、私のスキルが拾った彼の心の声は、その尊大な態度とは、これまた正反対のものだった。



(……くそっ、なんだこの宿は。データは完璧に読み込んできた。この立地、この設備で、あの利益率はありえない。絶対に、何か裏があるはずだ)


(最年少で支部長に上り詰めた俺の分析が、初めて外れた……。それが、許せない。俺の理論は完璧なはずだ)


(そして、その中心にいるのが、このフロント係……小鳥遊紬。領主から魔王まで手玉に取るその手腕、この目で確かめてやる……)


(……それにしても、なんだ。さっきからやけに腹が鳴る。昨夜、データ分析で徹夜したから何も食ってないんだった……。あの厨房から漂う匂い……シチューか? くそ、非合理的だ。空腹ごときに、俺の思考が乱されるとは……)



 ……徹夜明けで、お腹が空いてるだけじゃないですか! しかも、「魔王まで手玉に取る」って、噂がどこまで飛躍してるんだ。私はお父さんのお悩み相談に乗っただけだ。


 どうやらこの人は、数字と理論が全ての「効率厨」で、自分の計算が合わないこの宿の現状が、プライド的に許せないらしい。

 


 なんだか、ちょっと面倒くさいけど、悪い人ではなさそうだ。



「かしこまりました。スターリング様ですね。一番良いお部屋をご用意いたします」



「……ふん。せいぜい、ボロが出ないように努めることだな」



 彼はそう言い放つと、私の案内で部屋へと上がっていった。こうして、領主、貴族、勇者、王太子、魔王に続き、今度は「ギルドの監査役(自称)」という、新たな面倒……いえ、新たなお客様が、宿に居座ることになったのだった。



 カイン・スターリング氏の監査は、その日から始まった。彼はフロントの隅にあるテーブルを陣取ると、一日中そこに座り、私がお客様とやり取りする様子を鋭い翡翠色の瞳でじっと観察し、手元の羊皮紙に何かを書き殴っている。



「……紬さん。あの人、すっごく見られてて、やりにくいわ……」



「アンナさん、気にしちゃダメです。お客様ですから」



 しかし、彼がただ見ているだけなら、まだ良かった。



「おい、そこのフロント係」



「はい、スターリング様。何か?」



「今のお客様への対応だが、非効率的すぎる。宿泊手続きに三分もかけるな。客の世間話に付き合う時間は無駄だ。マニュアル化して、一人一分以内で終わらせろ」



 彼が指摘したのは、常連の行商人のおじさんとの会話だった。私は彼が(娘に新しいリボンを買ってやりたい)と悩んでいるのを察知して、昔アンナさんにプレゼントして好評だった雑貨屋の新作情報を教えてあげていただけだ。



 またある時は、厨房から出てきたメアリさんに声をかけた。



「そこの料理人。今夜のディナーメニューだが、原価率が高すぎる。もっと安価な食材を使って、客単価を上げる努力をしろ。例えば、あの高級肉は廃止して、代わりに輸入物の固い肉を香辛料で誤魔化して出せばいい」



「なっ……! あんたねえ! うちの料理にケチつける気かい!?」



 メアリさんの美味しい料理にまで口出ししたせいで、厨房は一触即発のムードだ。カイン氏は、宿屋の「温かさ」や「おもてなし」といった数字に表れない部分を、徹底的に「非効率」、「無駄」と切り捨てていく。おじさんもアンナさんも、彼の高圧的な態度と冷たい言葉に我慢の限界に近づいていた。



 そんな日の夕方。



 彼がまたフロントで私の仕事ぶりを監視していると、彼自身の心の声が、私にだけ聞こえてきた。



(……くそ、今日も何の成果もなかった。あいつの接客は、確かに一見すると無駄話ばかりだ。だが、客は全員満足そうな顔で宿を出ていく。なぜだ?)



(俺の理論なら、効率こそが正義のはずだ。なのに、この宿の非効率な経営は、俺のギルドのどの店舗よりも高い利益を上げている……)



(……ああ、疲れた。頭を使いすぎた。甘いものが欲しい……。子供の頃、母さんがよく焼いてくれたジンジャーと蜂蜜がたっぷり入ったクッキーが食いたい……。なんて、非合理的な思考だ。すぐに打ち消せ)


 ……まただ。この人、表向きはツンツンしてるのに、心の中はすごく人間らしい。

 お母さんのクッキーが食べたい、か。


 しょうがないなあ。

 

 私はそっとフロントを離れ、厨房のメアリさんに耳打ちした。



「メアリさん、かくかくしかじか……」



「なによ、あのムカつく眼鏡男のために、私がクッキーを焼かなきゃいけないの!?」



「そこをなんとか! これで、少しは彼の態度も軟化するかもしれないですから!」



 メアリさんは「紬ちゃんのお願いだからね!」と渋々ながらも、すぐにオーブンの準備を始めてくれた。


 数十分後。私は、焼きたてのジンジャークッキーと、温かいハーブティーを乗せたトレイを持って、カイン氏のテーブルに向かった。


「スターリング様。監査でお疲れでしょう。よろしければ、お夜食です」



「……なんだこれは。私はこんなもの頼んでいないぞ」



 彼は、目の前に置かれたクッキーを、怪訝そうに見つめている。


「当宿からの、ささやかなサービスでございます。ジンジャーと蜂蜜を、たっぷり使ってみました」


「なっ……!?」


 私の言葉に、カイン氏は眼鏡の奥の目を見開いた。  彼の心の中は、今までにないほど激しく動揺していた。


(な、なぜだ!? なぜ、俺が今、一番食べたかったものを、ドンピシャで……!? ジンジャーと蜂蜜のクッキー……これは、母さんが作ってくれたレシピそのものじゃないか……!)


(まさか、本当に心を……? いや、偶然だ。偶然に決まっている。だが、この香りは……)


 彼は、戸惑いながらもクッキーを一枚、おそるおそる口に運んだ。



(……うまい。……なんだこれ。涙が……)



 彼は慌てて顔を伏せ、眼鏡の位置を直して、咳払いをした。



「……ま、まあ、悪くない采配だ。効率的な経営のためには、従業員のコンディション管理も重要だからな。君の、その『おせっかい』とも言える行動が、どのような経営データに繋がるのか……」



「はい?」



「……と、とにかく! 私は、この宿の経営の秘密を暴くまで、テコでも動かんからな! 明日もビシビシ監査させてもらう!」



 彼はそう高圧的に言い放つと、クッキーをもう一枚、今度は少しだけ嬉しそうに口に運んだ。



 こうして、私の働く『木漏れ日の宿』に、新たに「ジンジャークッキーに弱い、ツンデレ監査役」が仲間入り(?)したのだった。






ここまでお読みいただきありがとうございました!

新たな仲間?ができました笑

このあと、結構カインの登場シーンが多いのですが、キャラ的にあまり好まれない人が多いのかなと続き書いてて思いました(^^;;

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― 新着の感想 ―
魔王様って、もしや結構面が割れてたりしてるのか?笑
 新たな登場人物も現れましたね。皆が「紡が大好きだ」という気持ちを隠さない中に異色のキャラクターが入って来て、鰻のひつまぶしにワサビを加えた時のように、また一段と素晴らしくなる予感がします。次回以降、…
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