第1話 異世界転生と地味スキル
連載版スタートです!
第一話と第二話あたりは、ほぼ短編と変更はないので、短編を読んでいただいた方は飛ばしても大丈夫かなと思います!
よろしくお願いします!
「えーっと、つまり……私は死んだ、と?」
「端的に言えば、そういうことになりますね」
目の前に広がるのは、どこまでも真っ白な空間。そして、目の前には「女神」と書かれた札を首から下げた、やけにカジュアルな金髪美女。
私、小鳥遊紬は、どうやら平凡な人生に幕を下ろしたらしい。原因は……確か、道を渡ろうとしたおばあちゃんを助けようとして、トラックに……。うわ、テンプレだ。
「心優しきあなたには、プレゼントがあります! 異世界への転生です!」
「わーい……って、やっぱりテンプレ!」
私のツッコミはガン無視され、女神様はパンパンと手を叩く。
「つきましては、急な転生のお詫びと応援の気持ちを込めて、一つだけ特別なスキルを授けましょう。何がいいですか? 大魔法が使える『賢者』? それとも一騎当千の『剣聖』?」
「え、えっと……」
いきなりのことに戸惑う私を見て、女神様は「あ、もう時間が!」と焦りだした。
「もう! 選べないなら、私チョイスで! あなた、人の顔色を窺ってばかりだったみたいだから……これなら役立つかも! えい!」
女神様が指を鳴らすと、私の体がふわりと光に包まれる。
《スキル『ささやきヒアリング』を獲得しました》
脳内に響いたその言葉に、私は首を傾げた。ささやき? ヒアリング?
《対象の心の声が、なんとなく聞こえるようになります》
……え? なんとなく?
大魔法は? 聖剣は!? 私の異世界無双ライフは!?
「では、良きセカンドライフを!」
「ちょ、ちょっと待ったぁぁぁ!」
私の絶叫も虚しく、足元が抜け、意識は真っ逆さまに落ちていった。
―・―・―
気がつくと、私は石畳の道の上に立っていた。周りにはレンガ造りの建物、行き交う人々はまるで映画のセットのようだ。馬車が普通に走ってるし、獣の耳を生やした人もいる。
ここが、異世界……。
呆然と立ち尽くす私に与えられたスキルは、『ささやきヒアリング』。
試しに意識を集中させてみると、すれ違う人たちの心の声が、本当に「なんとなく」聞こえてくる。
(今日の晩ごはん、何にしようかなぁ)
(あー、仕事疲れたー。一杯飲んで帰りたい)
(この前の新作ドレス、可愛かったな……)
聞こえるのは、本当にどうでもいい日常のささやきばかり。プライバシーの侵害では?というか、これどうやって生きていけって言うの?
途方に暮れてお腹を押さえたその時。
「お嬢ちゃん、大丈夫かい? 顔色が悪いようだが」
声をかけてくれたのは、恰幅のいいおじさんだった。手にはパンが入った紙袋を持っている。
「あ、いえ……その、お腹が空いて……」
「そうかそうか。うちの宿屋で何か食べるといい。こっちだよ」
おじさんは「ガハハ」と人の良さそうな笑い声をあげ、私を近くの建物に招き入れてくれた。
そこは『木漏れ日の宿』という、温かい雰囲気の宿屋だった。おじさんはここの主人さんらしい。
私は事情(異世界から来ました、とは言えず、記憶喪失で無一文ということにしておいた)を話し、美味しいシチューをご馳走になった。
「そうかいそうかい、大変だったな。……よし! 行き場がないなら、うちで働いていかないか?」
「え、いいんですか!?」
「おうよ! 実は今、フロント係が腰を痛めちまってな。ちょうど人手が足りなかったんだ。部屋と食事は保証する。どうだい?」
渡りに船とはこのことだ。私は何度も頭を下げて、この『木漏れ日の宿』で働くことになった。
こうして、私の異世界ライフは宿屋のフロント係として幕を開けたのだった。戦闘能力ゼロ、あるのは心の声がなんとなく聞こえるスキルだけ。……本当に、大丈夫かな?
―・―・―
フロント係の仕事は、思ったより大変だった。宿泊の手続き、料金の計算、お客さんの要望への対応。でも、主人であるおじさんや他の従業員たちが親切に教えてくれたおかげで、なんとかこなせるようになってきた。
そして、働き始めて数日後。私のスキルが思わぬ形で役立ち始めた。
「一部屋、頼む」
カウンターにやってきたのは、いかつい顔の商人風の男性。口下手なのか、ぶっきらぼうな口調だ。
「はい、かしこまりました。通常のお部屋でよろしいですか?」
「……ああ」
そう答えながらも、彼の心からはこんな声が聞こえてくる。
(本当は、一番いい部屋に泊まってみたいんだが……。長旅で疲れたし、たまには贅沢したい。でも、こんなガラの悪い俺がそんなこと言ったら、変に思われるだろうか……)
見た目とのギャップ! 意外と気にしいな人だったんだ。
私はにっこり笑って、一枚の鍵を取り出した。
「お客様、もしよろしければ、最上階の角部屋はいかがですか? 今日はちょうど空いておりまして。街の広場が一望できて、とても気持ちがいいんですよ。長旅のお疲れも癒せるかと思います」
「なっ……!?」
商人の男性は、目を見開いて驚いている。
(な、なぜ俺が望んでいることを……!?まさか心読んでるのか!?)
はい、そうです。とは言えないので、私はあくまで自然に続けた。
「もちろん、無理におすすめするわけではございません。ただ、とても良いお部屋ですので、つい」
「……そ、その部屋にしよう」
彼は少し照れたようにそう言うと、通常より高い宿泊料を払ってくれた。そして翌朝、チェックアウトする時には、すがすがしい顔で「最高の部屋だった。また来る」と言ってくれたのだ。
またある時は、若い女の子が泣きそうな顔で宿に駆け込んできた。
「一晩、泊めてください……」
「はい、どうぞ。……何か、お困りごとですか?」
彼女からは、悲痛な心の声が聞こえてくる。
(彼のバカ! 私の気持ちも知らないで! ……でも、あんな言い方しなきゃよかった。会いたい……寂しい……)
痴話喧嘩で家出してきた、って感じかな。
私は彼女を一番暖かい暖炉のそばの部屋に案内し、厨房から温かいハーブティーを持っていった。
「これを飲んで、少し落ち着いてください。もしよろしければ、お話、聞きますよ」
「……お姉さん……」
彼女はぽろぽろと涙をこぼし、恋人との喧嘩の経緯を話してくれた。私はただ相槌を打って話を聞くだけ。でも、それだけで彼女の心は少し軽くなったようだった。
「ありがとう……。なんだか、あなたが私の気持ちを全部わかってくれてるみたいで、すごく安心した」
翌日、彼女は「ちゃんと彼と話してみる」と笑顔で宿を後にして、後日、仲直りした彼氏さんと二人でお礼に来てくれた。
こんなことが続くと、いつしか街ではこんな噂が広まっていた。
「『木漏れ日の宿』の新しいフロント係は、すごい!」
「客が本当に求めていることを、何も言わなくても察してくれる」
「まるで心を読む魔法使いのようだ」
噂は尾ひれをつけて広まり、『木漏れ日の宿』は連日大盛況。私はただ、聞こえてくる心の声に、ちょっとだけおせっかいを焼いているだけなのに。
でも、誰かの役に立てるのは、素直に嬉しかった。
地味だと思っていたこの力は、もしかしたら、どんな魔法よりも温かい奇跡を起こせるのかもしれない。
ここまでお読みいただきありがとうございました!




