4-3最も強く執着する者
「さあ、シルクとやら選ぶがいい!」アレリウス男爵の声が響き渡る。
「A:何もせず、妹が完全に獣と化し、すべてを憎みながら死ぬのを見ているか」
「B:あるいは、愛する妹も貴様も獣に堕ち、そこにいる『隻眼』を喰らい殺すか!」
「グルルル…! ガァッ!」 ティナが苦しみに咆哮し、鎖を引きちぎらんと暴れる。
シルクは絶望に顔を歪めた。どう転んでも、地獄しかない。
その時、彼女の目に、アレリウスが先程指差した古文書の、別の記述が飛び込んできた。
『…呪いは、より強く、より高潔なる魂を求め、器を乗り換える…』
『…呪いが伝播する相手は、最も強く執着する者…』
(…高潔なる魂…? 違う…!) シルクは悟った。
アレリウスは、古文書の最も重要な部分を読み違えているか、あるいは意図的に隠していた。
呪いが道連れにするのは、シルクではない。 この場で、シルクが最も執着している、愛している相手──
(アポロ…!)
シルクの顔から血の気が引いた。
このままティナが獣と化し、その呪いが完成すれば、ティナの(あるいはシルクの)憎しみに関係なく、呪いの本質が、シルクの魂が最も焦がれる相手であるアポロを、自動的に「次の器」として選んでしまう。
アレリウスの狙いは、シルクではなく、アポロだったのだ。
オーウェル辺境伯の懐刀である「ネームド『隻眼』」を、社会的に、そして魂ごと抹殺すること。
「…アポロ」 シルクは、アポロにだけ聞こえるように囁いた。
「…好きだよ・・」
「何を今さら」 アポロはアレリウスから目を離さずに答える。
「ああ。お前は俺の、最高のパートナーだ」
「…そうかい」 シルクは、ふっと笑った。それは、あまりにも悲壮で、美しい笑みだった。
「…アンタだけは、守る」
次の瞬間、シルクはアポロの制止を振り切り、獣化したティナに向かって突進した。
「シルク!?」
「やめろ! 愚かな! 自ら獣の餌食となるか!」 アレリウスが驚愕の声を上げた。
シルクは妹の苦しむ顔に手を伸ばし、絶叫するティナの顔から、『魂喰らいの仮面』を力ずくで引き剥がした。
「グギャアアアアアッッ!」
ティナが甲高い悲鳴を上げる。 だが、呪いから解放されたティナは、糸が切れた人形のように崩れ落ち、その場で動かなくなった。 仮面は、その呪詛の対象を失い、シルクの傍らで不気味に脈動している。
「ティナ…? ティナ!」 シルクが妹の身体を激しく揺すり抱きしめる。だが、その瞳が開くことはなかった。
仮面の呪詛に耐えきれず、その優しい魂はすでに砕け散っていた。
そのことをティナと繋がっていたシルクは察してはいたが妹との歳月があの優しさが失われるのは理解できなかったのだ。そして一縷の望みが永遠に消え失せたことを知った。




