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01「…アポロ…。それが、俺の名か…」

茂みが揺れ、現れたのは武装した数人の人影。先頭に立つのは、長く尖った耳を持つ、精悍な顔つきの男。その瞳は鋭く、男を射抜いていた。


「何者っ。この禁域で、そのような姿で…」


言葉の意味は理解できた。だが、男は警戒を解かない。無意識に、腰の魔導銃のグリップに手が伸びる。その殺気にも似た気配を察し、尖った耳の男たちが一斉に剣を抜いた。一触即発の空気が、森の静寂を神経質に切り裂く。


「待ちなさい、エルロン」


その張り詰めた空気を打ち破ったのは、穏やかで、しかし芯の通った声だった。

茂みから現れたのは、白銀の髪と髭を豊かに蓄え、純白の法衣に身を包んだ初老の男性。しかし、その佇まいや雰囲気は壮年の頃の力強さや精悍さを失っていない。その深い瞳は、男の武装や殺気ではなく、その魂の奥にある疲弊と混乱を見透かしているようだった。


「…この者は、ずぶ濡れのただの遭難者だ。ひどい深手を負っている。 敵意はない」

「しかし、オリオン様! こいつが纏う気は尋常では…」

「だからこそ、だ。女神アルテアの教えを忘れたかね? 汝、傷つきし者を癒し、迷える者を導きたまえ、と」


オリオンと呼ばれた老人は、ゆっくりと男に歩み寄る。男は後ずさろうとしたが、全身の痛みに膝が折れ、地面に崩れ落ちた。意識が遠のいていく。薄れゆく視界の中で最後に見たのは、自分を覗き込む老人の、慈愛に満ちた瞳だった。


次に目覚めた時、男は清潔な寝台の上にいた。

室内の腰から上が木造でその下が石造りの簡素な部屋。窓から差し込む光は優しく、微かに香の匂いがする。左目の痛みは和らぎ、丁寧に包帯が巻かれていた。


「…目が覚めたかね」


声のした方を見ると、あの初老の男性が椅子に座り、静かにこちらを見ていた。


「…助けて、くれたのか…」

「女神アルテアの御心だ。ここは、女神の神殿。私はここの長を務めるオリオンという」


オリオンはそう言うと、傍らの水差しから杯に水を注ぎ、男に差し出した。男は震える手でそれを受け取り、一気に呷る。乾ききった喉を、命の水が潤していく心地がした。

「もう一杯必要だね」


ひと心地ついた男に

「君は、何者かね。名は?」

「…わからない」


男は、自嘲するように呟いた。

「何も、思い出せない。自分が誰なのか、どこから来たのか…。なぜ目を失ったのかすらも・・ここはどこだ?」

「そうか…」


オリオンは、同情とも憐憫とも違う、静かな眼差しで頷いた。

「君は異質の文化を持つ世界からの異邦人だね。着ているものが見たこともないものだった。記憶を失ったのだな。その体中の打撲と傷…おそらく、何か強大な力でこの地に『墜とされた』のだろう。その衝撃で、魂の器が揺らいでしまったのかもしれん。」


オリオンは立ち上がると、窓の外に広がる、光に満ちた中庭を見つめた。

「ならば、君に新しい名を授けよう。君が、君自身を取り戻すまでの、仮初めの名を」

「…名…?」

「光無き者には、光の名を。アポロ、というのはどうだろうか。古の言葉で、光を司る太陽神の名だ。君がいつか、己という光を取り戻せるように、との願いを込めて」


アポロ。

その響きは、記憶という星々が消え失せた男の心の夜空に、ぽつりと灯った最初の星だった。


「…アポロ…。それが、俺の名か…」


その日、男は「アポロ」になった。


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