3-2「派手に踊って聴かせてやろうじゃないか。地獄の底まで続く、復讐のレクイエムをさ」
満足げに頷く辺境伯が、祝杯代わりにエールを一口飲もうとした、まさにその時だった。
店の扉が、今にも壊れんばかりの勢いで蹴破られた。
「…シエラ!」
そこに転がり込んできたのは、血と泥に塗れた一人の女獣人だった。
その姿に、店内にいた客たちが息を呑む。
辺境伯の表情が険しく変わった。
シルクが悲鳴に近い声を上げた。
それは、彼女の数少ない同族の一人だった。シエラは、矢を数本背中に受け、もはや虫の息だった。
「シエラ! しっかりしろ! 何があったんだ!」
シルクが駆け寄りその身体を抱きかかえる。
アポロもすぐにカウンターから飛び出し、傷口を確認した。
「…(致命傷か。)よくここまで、矢が臓腑まで達してる。…長くはもたん (?逆にわざと持たせようとしたのか・・。)」
その場にいたオーウェル辺境伯が、低い声で店内の護衛兵に命じる。
「すぐに治癒師を呼べ! それと、店の外を固めろ。何者かの襲撃だ!」
「喋るなシエラ! 今、治癒師を…!」
シルクの言葉を遮り、シエラは最後の力を振り絞って喘いだ。
「…シルク…様…にげ…ろ…」
「何を言ってるんだ!」
「…人間の…騎士どもが…『アレリウス』…と名乗る…貴族に…率いられ…集落が殺られた…ティナが連れ去られ…みんな…」
シエラの言葉は、激しく血を吐き、そこで途切れた。
シルクの身体から、隠しようもない憤怒の気配がした。
アポロがシエラの首筋にそっと触れ、静かに首を振る。
「アレリウス、だと…?」
オーウェル辺境伯が、忌々しげにその名を呟いた。
「…王都の首席判事の手先か。近頃嗅ぎまわっているとは思っていたが、わしの領内でこれほどの蛮行を…!」
シルクは、亡骸となった同胞をゆっくりと床に横たえると、静かに立ち上がった。
彼女の琥珀色の瞳から光が消え、代わりに底なしの怒りが宿っていた。
ふさふさの尻尾は硬直して逆立ち、狐耳は怒りに震えている。
それは、もはや店の女主人ではなく、戦場を駆け抜けた獣の顔に戻っていた。
「…皆殺しにする」
地を這うような低い声。彼女は壁に立てかけてあった双剣を掴むと、ためらいなく店の外へ向かおうとした。
その腕を、アポロの鉄のような手が掴んだ。
「待て」
「離せ、アポロ! これはアタシの問題だ! あんたには関係ない!」
「関係なくない。お前の一族は、俺にとっても他人じゃない」
アポロはシルクの瞳を真っ直ぐに見据える。
「それに、その頭に血が上った状態。しかも一人で行って、どうするつもりだ。アレリウスとやらの思う壺だぞ」
「シルク殿、アポロ殿の言う通りだ」
オーウェル辺境伯が、重い口調で二人を制した。
「シエラ嬢が言った『アレリウス』が、わしの知る男爵本人だとすれば、相手は王都の貴族だ。下手に手を出せば、こちらが反逆者として断罪されかねん」
「だからって、黙って見てろってのかい!ティナが連れ去られたんだぞ」
シルクが牙を剥く。
「いや」辺境伯は首を振った。
「わしの領民が、それも獣人族とはいえ、か弱き者たちが虐殺されたのだ。領主として、これを見過ごすわけにはいかん。…アポロ臨時騎士、君に最初の任務を与える」
辺境伯の目が、アポロの隻眼を捉えた。
「わしの騎士団の一部を率い、シルク殿と共に、ただちにシエラ嬢の集落跡地へ向かえ。目的は『領内の治安を乱す賊の調査および鎮圧』だ。アレリウス男爵の名は出すな。だが、もしそこに『賊』がいれば…適切に「処置」をする、わかるな?」
「了解」
アポロは短く応じた。
「それでも!」シルクが食い下がる。
「アタシは…!」
「お前の怒りはわかる」アポロはシルクの肩を掴んだ。
「だが、オーウェル卿の言う通りだ。復讐を果たすにしても、大義名分がいる。それに…」
アポロの声が、わずかに和らぐ。
「今のままだとたった一人だけのスタンピードだ。それはバットエンドだ。わかっているだろ。俺も一緒に暴れてやる」
その不遜な言葉に、シルクの瞳から、涙が一筋こぼれた。
彼女はそれを乱暴に袖で拭うと、憎悪の炎の奥に、確かな覚悟の光を宿して強く頷いた。
「…ああ。派手に踊って聴かせてやろうじゃないか。地獄の底まで続く、復讐のレクイエムをさ」
アポロは静かに頷くと、店の奥の自室へと向かう。そこには、埃を被り始めていた彼のコートと、無骨な魔導銃「サンダーボルト」が置かれていた。
オーウェル辺境伯の迅速な手配により、アポロとシルクは、辺境伯騎士団の精鋭十数名と共に、月夜の荒野を駆けていった。




