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3-1「お断りします。俺はもう傭兵じゃない。しがない酒場のコックですよ。見ての通り、包丁とフライパンが恋人だ」

砦都シルバラードでの日々は、血と硝煙から遠く離れた、穏やかなものだった。

アポロとシルクが根城とした元酒場は、いつしか「モフモフ亭」という、そのいかつい主人たちとは不釣り合いな名で呼ばれるようになっていた。

シルクの気っ風の良さと、アポロの作る無骨だが滋味深い料理が評判を呼び、店は傭兵や商人たちの憩いの場として、繁盛していた。


午後の日差しが差し込む店内。厨房から漂うスパイスの香りが、客たちの食欲をそそる。


「おい、隻眼! また眉間にシワ寄せて鍋なんか睨んでると、運気も客も寄り付かなくなるだろ!」


カウンターの向こうで、シルクが空になったエール樽を軽々と担ぎ上げながら怒鳴った。

彼女の狐耳が、呆れたようにぴくりと動く。


「お前の接客が荒いから、客が寄り付かないんだろうが。この店の看板は『モフモフ亭』だぞ」


アポロは、煮込み鍋の味見をしながら、表情一つ変えずに応じる。

その口元に、ごくわずかな笑みが浮かんでいることに、シルクだけが気づいていた。


「なんだと! アタシの愛想の良さは、このシルバラードじゃ右に出る者はいないって評判だぞ!」

「それは腕っぷしの評判と聞き間違えてるんじゃないのか? 『逆らうと樽ごと叩きつけられる酒場の女主人』ってな。色気より殺気だよ、シルクさん」

「上等だ、その減らず口…! 今すぐ縫い付けて、黙って鍋だけかき混ぜる機械人形にしてやろうか!」


シルクがカウンタークロスを握りしめ、身を乗り出したその時、店の扉が重々しく開いた。


「はっはっは、相変わらず仲睦まじいな、お二人さん。その活気こそが、この街の宝よ」

入ってきたのは、恰幅のいい壮年の男、この地を治めるオーウェル・シルバラード辺境伯その人だった。


「これは、辺境伯様。ようこそいらっしゃいました!」

シルクは一瞬で表情を取り繕い、淑女のように優雅にお辞儀をしてみせる。


「……どうも」

アポロは厨房から顔を出すと、軽く顎をしゃくる。


「うむ。今日はお主に用があってな、隻眼殿」

辺境伯はアポロに真っ直ぐ向き直る。


「君の噂はかねがね聞いている。かつては傭兵団『アイアンウルフ』を率いた凄腕で、たった一人で戦況を幾度も覆したとか。どうだ、このわしに、少しばかりその腕を貸してはくれんか?」


「お断りします。俺はもう傭兵じゃない。しがない酒場のコックですよ。見ての通り、包丁とフライパンが恋人だ」

「固いことを言うな。臨時でいい。騎士として迎えたい。最近、王都のきな臭い連中がこの辺りを嗅ぎ回っていてな。君のような男が一人、騎士団にいてくれると心強い」


「騎士なんて、柄じゃありませんね。それに、堅苦しい鎧を着て、上官殿にご挨拶なんて冗談でしょう。俺が忠誠を誓うのは、この店の気まぐれな女王様だけなんでね」


アポロの言葉に、シルクの頬がカッと赤く染まり、ふさふさの尻尾が大きく揺れた。

「な、なによ、急に…! バカじゃないのかい、あんた!」


辺境伯は、二人の様子を愉快そうに眺め、腹を抱えて笑った。

「はっはっは! こりゃ一本取られたわい! だが、報酬は弾むぞ? そうだな…この店の改築費用くらい、ぽんと出してやってもいい」


その言葉に、シルクの狐耳がぴんと立った。

「アポロ!」

彼女はカウンターを乗り越えると、アポロの腕を掴み、キラキラした瞳で訴えかけた。

「受けなよ! あんたの男気、このアタシと辺境伯様に見せてやれ! 厨房が狭いって、いつも文句言ってるだろ!」


「……はぁ」

アポロは盛大にため息をつくと、やれやれという顔で辺境伯に向き直った。

「わかりましたよ。ただし、あくまで臨時だ。それと、俺のやり方には口出ししないでもらいたい。俺のやり方で

踊らせてもらう」

「うむ! それでこそだ! 頼んだぞ、アポロ騎士殿!」


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