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00:異邦人、墜ちる  「俺は…誰だ…?」

記憶を失い、この世界に墜ちた異邦人、アポロ。

彼が信じるのは、隻眼に映る戦場と、孤独な魂だけだった。


血煙舞う戦場で、彼が出会ったのは一人の女戦士。

炎のように激しく、気高い獣人族のシルク。


水と油のように反発し、惹かれ合う二つの魂。

背中合わせの戦いは、やがて互いのすべてを預け合う、危険で甘美な「アブラッソ(抱擁)」へと変わる。

それは、二人の魂が奏でるタンゴの始まりだった。


これは、隻眼の狼と気高き狐獣人が、

誰にも明かせぬ「罪」を分かち合い、何よりも強い「絆」を結ぶことになる、

すべての始まりを描く、哀しくも美しい序曲である。



森の奥深く木々の葉が風に揺れて擦れ合う音や葉から滴り落ちる雫の音が、意識の深い沼に沈んでいた男の耳朶を打った。

葉先に溜まった水滴が落ち葉や苔に落ちたときに響く微かなその音は、この世の全ての苦悩とは無縁であるかのように、あまりにも平和だった。次に感じたのは、湿った土と腐葉土の匂い。そして、瞼越しに差し込む、木々の葉に砕かれた柔らかな木漏れ日。


(…ここは…どこだ…?)


思考が形を結ぶより先に、全身を灼くような激痛が男を襲った。呻き声すら上げられず、喉がひきつる。特に左の眼球があったであろう場所は、抉り取られたかのような熱と痛みで脈打っていた。


「ぐ…っ…ぁ…」


ようやく絞り出した声は、ひどく掠れていた。男はゆっくりと、億劫な身体を動かし、震える左手で顔に触れる。左目の周りは、乾いた血と泥でごわごわに固まっていた。恐る恐る瞼を開こうとするが、そこにあるのは虚無だけ。視界の左半分は、閉ざされていた。


残された右目が捉えたのは、見知らぬ深い森の光景だった。天を突くような巨木の葉は魔力を浴びて七色に輝く光沢を放ち、空を覆い尽くすステンドグラスのようだった。この樹木は非常に硬く、並大抵の刃では傷一つつけられないが今の異邦人には知る由もなかった。見たこともない色鮮やかな苔、足元を覆うシダの群生。全てが男の知る世界の理から外れていた。


「俺は…誰だ…?」


喉から絞り出された問いは虚しく木霊する。思考は砕けた鏡のようで、過去を映す破片(ピース)はどこにも見当たらなかった。己という存在の輪郭が、記憶の霧に溶けて消えていた。


唯一、身体に染みついていたのは、闘争の感覚。そして腰に提げられた、己の腕ほどもある無骨な大口径の魔導銃。冷たい金属の感触だけが、妙に手に馴染じみ心が落ち着いた。


『・・生きろ・・起き上がれ・・』


誰の声でもない。魂の奥底から響く、渇望にも似た命令だった。その容赦のない命令だけを道標に、男はふらつく足で立ち上がった。その時、森の奥から複数の気配が近づいてくるのを、理屈ではなく本能が察知した。


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