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第6話 太陽の下の祈り

私はどうすればいいのだろう――

今までは簡単だった。


ネブラシス族の神を信じる異端者、教義を自分の都合で捻じ曲げた司祭、命令を無視して信仰をないがしろにする市民。

違反があれば、それを報告して、必要があれば処罰する。それだけだった。


でも――今回は違う。


この村の人たちは、本当に信仰を捨てたのだろうか?

神を忘れ、背信者となったと……本当に、言い切れるのだろうか?



静かな朝。

冷たい空気の中、畑のあぜ道を歩く自分の足音だけが響く。


(……ラーヤ司祭に相談? いや、それはダメ)


あの人がこの村の祈りに“共感”を示せば、その瞬間、彼女も背信者になる。

逆に否定すれば、私か彼女が手を下すだけ。

だったら、私が手を汚す方がいい。

彼女は、何も知らずにいてくれた方がいい。


――あと、三日。

それまでに、答えを出さなくては。



「ラーヤ司祭、ただいま戻りました」


教会の扉を開けると、ラーヤ司祭は一人、礼拝堂で祈っていた。


「おかえりなさいな、シスター。ほな、さっさと朝ごはん食べて掃除しましょか」


あいかわらず明るい声で、腰に手をあてて笑うラーヤ。

この人が“背信者”になるなんて、どうしても想像がつかない。



朝ごはんを食べたあと、私は子どもたちへの“読み書き指導”をすることになった。

石造りの礼拝堂の隅っこで、子どもたちがぎこちなく机代わりのベンチに座っていた。


三人。

母親と暮らす双子のルネとマリア、それから――レオ。

去年の冬、レオは両親を病で亡くしたらしい。

正直、最初は「落ち着きのない子たち」と思っていた。

でも、それは私の思い込みだった。


「“アウラの御名みなにおいて、いのる。”……うーん、“る”って、こうやっけ?」


下を向いたまま、紙に書き込むレオ。

不器用ながら、ノートを持つ手には力がこもっている。


(……小さな手)


私はそっとしゃがみ込み、手元を覗き込んだ。


「合ってるわ。少し小さいけど、ちゃんと“る”になってる」


「……ほんと?」


「ええ、本当に」


その瞬間、レオの顔がぱあっと明るくなった。

不思議だった。

私は子どもが苦手だ。何を考えてるかわからないし、予測不能な行動ばかりする。

それなのに――なぜ、今はこんなにも自然に接しているのだろう?


「先生、“暁を導きし”って、なに? どういう意味?」


祈りの文を指さしながら、マリアが首をかしげる。

どう説明しようか……私は黒板にチョークで書いた。


あかつき夜明よあけ》

《導く(みちびく)=案内あんないする》


「“暁を導きし光の母”っていうのは、アウラ様のことよ。夜の終わりに、朝を連れてきてくれる方」


「すごい! アウラ様って、朝の女神なんや!」


「じゃあ、夜に怖い夢を見たときも、助けてくれるん?」


……答えに詰まった。

神は、私を救ってくれなかった。何もしてくれなかった。

だけど、今目の前にいる小さな子どもに、そんなことは言えない。


「ええ。あなたがちゃんと祈れば、アウラ様は必ず見守ってくださるわ」


「じゃあ、毎晩祈る!」


マリアの元気な声に、思わず笑いそうになってしまった。

こんな子どもたちといる時間が、どうしてこんなにも心地いいのだろう?


黒板に並ぶ文字――


“願わくば、アウラの加護が遍く在らんことを”


……どうせ、誰も正しく書けないと思ってた。

でも今、私はひとりひとりの文字に目を通して、添削している。


「先生、“願わくば”が“がんばって”になっちゃった」


「惜しいわね。でも……あなたの“がんばって”の方が好きよ」


ぽかんとした顔に、また笑いがこぼれそうになる。



授業の終わり、子どもたちが駆け出していく。

その中のひとり、レオが私の前に立ち止まった。


「……これ、せんせいに」


「……なにこれ?」


「“せんせいありがとう”って、書いた」


「……書けるようになったのね」


私はその紙を受け取り、しばらくじっと見つめていた。


「……私の方こそ、ありがとう」


その日の太陽は、やけに眩しかった。



昼。


「シスター! あなた、教えるの上手やねぇ」


「そ、そうでしょうか?」


「ほんまに上手や。……ローデリカさんには、ずーっとここにいてもらいたいくらいやわ」


「……そんなふうに言ってもらえるなんて、光栄です」


ラーヤと一緒に昼食をとりながら、笑い合った。

その時間だけは、背負っているものを忘れられた。



考えていた。

この村の人々は、教会を否定しているわけじゃない。

むしろ、教会に頼れなかった時でも、神様への祈りを続けてきた。

足が悪くて、体が弱くて、教会に行けなくても――

彼らは、信じ続けた。

それだけだった。

祈りが、届いているかはわからない。


でも、あの黒板に書かれた“願わくば”の文字は――

子どもたちの手から、まっすぐ神様へと伸びている気がした。

……それって、間違いなんだろうか?


【Tips:ソラリス八英雄】

太陽の国ソラリスを築いた覇王アラヴと予言者エル・セフィアに仕え、影の国との戦争で活躍した八人の英雄。

その子孫たちが今のソラリス帝国の各地を治めている。


【Tips:ネブラシス族】

ガルガン州の東、通称“影の国”を根城にする遊牧民族。

一人ひとりの戦闘力は低いが、騎馬での機動力と集団戦術が脅威。

将軍曰く、「進軍速度と執念は常識を超える」。

弓騎兵を得意とし、奇襲と包囲に長けているため、ガルガン州では常に対策が研究されている。

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