最終話 そして、月は太陽と出会った
それからの日々、私は“普通の生活”に戻っていった。
異端審問官として村や街へ赴き、聞き取りをして、報告をまとめる毎日。
でも、レオンの夢だけは――毎晩のように、見ていた。
彼が困難に直面して、必死に立ち向かっていく姿を、私は夢の中で何度も見守っていた。
だけど、ただ夢を見ているだけじゃなかった。
私は待っていたのだ――彼が、“メテウスの禁書架”に辿り着く、その時を。
それは、すべての旅の「終わりの始まり」。
──半年後。
場所は、メテウス州の都、ソフィアリス。
目の前にそびえるメテウス大図書館が、茜色の夕陽に染まっていた。
私の肩にとまっていた、紫に光るフクロウ――賢者メテウスが静かに問いかける。
「……ライラ君。今ならまだ密告できる。レオン君を止められるぞ。それでも、やるのかい?」
「……はい。それが、私なりのけじめなんです」
「……そうか。わかった。あとでまた話そう」
そう言うと、メテウスは光の粒となって、静かに空へと消えていった。
夕方六時。閉館の鐘が鳴る。
もうすぐ……彼らが出てくる。
私は深く息を吸って、ベールを取った。
銀色の髪が夕風に揺れ、蒼い月の瞳があらわになる。
私の旅のすべては、この瞬間のためにあった。
彼の未来を、変えるために。
図書館の扉が開いた。
教会の制服、胸の獅子と旗の紋章。
燃えるような赤い髪と、金色に輝く瞳――
レオン。
私の夢。何度も憧れたあの姿が、今ここにいる。
その隣には、マルタさんとカイルさん。
レオンの友人であり、ずっと彼を支えてきた仲間たち。
けれど彼らの目は、私を警戒する色で満ちていた。
レオンが通り過ぎようとした、そのとき。私は声をかけた。
「ねえ、あの時の髪飾り……まだ、持ってる?」
その言葉に、彼は立ち止まる。
「……っ、やっぱり……あの時の……!」
「お願い。これ以上、進んではダメ。……もう、戻れなくなる」
私の声は震えていた。だけど、目は逸らさなかった。
夢で見た“あの結末”だけは、どうしても避けたかった。
「……え?」
「あなたは、何が知りたいの? 知って、それで……何がしたいの?」
レオンが、あの日、禁書架で“真実”を知ってしまった未来――
そして、自ら命を絶った未来が、脳裏にフラッシュバックする。
「そこで手に入るのは、“真実”なんかじゃない。ただの……“終わり”よ」
私は、祈るように目を閉じた。どうか……届いて。
レオンは静かに目を伏せ、長い沈黙が流れた。
そして――
「……ごめん。でも俺は、自分が“信じてきたもの”の正体を、知りたいんだ」
――。
「……そう」
夕陽が図書館を染める。私は、顔を上げた。
「……レオンくん、行こ?」
「……ああ」
そうして、彼らは歩き出した。
夢で何度も見た、その背中。
私は、唇を噛みしめた。
(わかってた……レオンは、そういう人だって……)
目に涙がにじんでくる。
ダメだ……ここで泣いたら、止まらなくなる。
「……っ、ふ……くっ……」
止まれ。泣くな。泣いたら、終わる。
わかってるのに……。
それでも、涙は勝手にあふれてきた。
そのとき、ふわりと私の肩にメテウス様が舞い降りてきた。
優しく、羽で私の頭をなでる。
何も言わずに、ただ……寄り添ってくれていた。
――太陽が沈んでいく。
茜色の街に夜の帳が下りていく。
そうして、「太陽の国」に、夜が訪れた。
◆
その後――
ソル・リブレリア州教会の地下で、“メテウスの禁書架”が正式に発見された。
発見者は、ライラ=ロ=ノクタリカ。
教会においては“赦されざる者”でありながら、現教皇ヒリンスによって特例的に恩赦を受け、異端審問官として神に仕えることを許された、異例の存在。
発見の経緯を尋ねられたライラは、ただ一言だけ、こう答えた。
「……夢で見ました」
月の瞳は夢を見る。
ゆらりと揺れる運命の糸。滅びへと向かう大きな流れのなかに、小さく、でも確かな希望の光が瞬く。
それは、彼女が歩いた巡礼の道に――たしかに咲いていた。
――『月の瞳は夢を見る。異端のシスター巡礼記』 完
あとがき
ここまで『月の瞳は夢を見る。異端のシスター巡礼記』をお読みいただき、本当にありがとうございました。
巡礼の旅に出た少女ライラ。
信じてきた「正義」が揺らぎ、祈りの意味さえも疑いながら、
それでも――彼女は、自分の足で未来を選び取ろうとしました。
この物語は、ここで一度の幕を閉じます。
けれど、すべてが終わったわけではありません。
あの夕暮れの図書館で、“禁書架”へと足を踏み入れようとした少年。
彼の名は――レオン=ル=アストラード。
太陽の瞳を持ち、“未来の英雄”と呼ばれた彼が、
この世界の秘密と、自らの運命にどう向き合うのか。
それは、彼自身の物語――
『太陽の瞳が燃えるとき。――神に選ばれた俺は、まず君を笑わせたい。』にて描かれます。
月と太陽が交わるとき、
彼と彼女の選んだ道は、交錯し、重なり、やがて――。
ぜひ、レオンの物語も、彼自身の「答え」も、
最後まで見届けていただけたら幸いです。
それではまた、次の物語でお会いしましょう。
――佐倉美羽より




