第43話 滅びの予言
レオンと踊った、あの夜。
私は宿の部屋に戻るなり、ベッドにバタンと倒れこんだ。
――はあ……幸せすぎて、息ができない。
レオンと手を取り、音楽の中を舞った時間は、まるで夢みたいだった。できるなら、あの瞬間にずっといたかった。
でも、もう仮面祭には行けない。三日目の今日、仮面を捨ててこの瞳を晒すなんて――危なすぎる。
私は、レオンに「巡礼の証」を預けてきた。きっと、彼を守ってくれる。巡礼で出会ったすべてが、私たちを繋いでくれると信じてる。
仮面をそっと机の上に置いて、私は窓の外を見た。夜のリステラはまだ煌々と輝いている。
「……今日も、いい日だった」
私はもう一度ベッドに身を投げ、毛布にくるまった。
明日からまた、現実が戻ってくる。異端審問官としての、あの日々が。
でも、もう同じには見えない。旅をして、私の中は変わった。――きっと、強くなった。
この夜の記憶は、胸の奥に大切にしまっておこう。
◇
深く、深く落ちていく。
白い光の渦の中、私は夢の底へ引きずられていた。
次々と現れる“かもしれない未来”の断片たち。輝きながら生まれては、すぐに消えていく。
(これは……“未来視”?)
ふいに、声が聞こえた。
「なんなんだよ……これ!? 俺たちが……簒奪者の……末裔……?」
その声は、レオンだった。
映像が収束していく。渦巻く光は一本の線となり、夢の奥底へと沈んでいく。
現れたのは、石造りの薄暗い部屋と古びた本棚。
「“聖地”って、中央アルメティア大陸そのもの……?じゃあ、ネブラシス族は……帰りたかっただけ……?」
未来の光たちは消え、最後に残った一本の運命の線が続いていく。
「俺たちは……なんのために戦ってるんだ……?英雄って……なんなんだ……?」
その先に現れたのは──金色の瞳と、黒い瞳。
ザラド・ロメロ……!
彼は静かに、しかし確かな圧でレオンに語りかけていた。
「君に問おう。人を裁くというのは、そんなに簡単なことなのだろうか?」
「私も見たよ、メテウスの禁書架を。教会は、神を利用していた。……許されざる行為だ。君も、そう思うだろう?」
「……俺は……」
「君は英雄になりたいんだろう?なら、なればいい。“教会”ではなく、“人々”の英雄に」
やめて……やめて、レオン!
それ以上聞いちゃダメ!!
叫ぼうとする。でも、声は届かない。身体も動かない。ただ、夢の中で彼を見つめることしかできなかった。
「レオン、この国を、正しい形に戻すべきじゃないか?」
「未来の英雄として、どう思う?」
しばらくの沈黙。
そして──
「……教会は……間違っていた、と……思います……」
その瞬間。
視界が黒く塗りつぶされた。
線だった運命は、まっすぐに“滅び”へと落ちていく。
──燃えるリステラの街。崩れ落ちるソル・アルカ大教会。
──レオンが、ヒリンス様を……!
──帝国中を蹂躙するネブラシス族。
──そしてそれを見つめ、満足げに笑うザラド。
やだ……やだっ……!
私は、ただ落ちることしかできなかった。夢の底、滅びの未来へ。
一本の未来の線は、やがて細くなり――最後には、レオンが自らに短剣を突き立てる場面で、ぷつんと切れた。
その後。
私は、見てしまった。
長い銀髪の女が、闇の中で膝を抱えて座っていた。泣きはらした月の瞳。その子と目が合った。
でも――私は止まれなかった。落ち続ける私に、その子は手を伸ばしてきた。けれど届かない。触れられない。私はただ、虚無の中をひとりで、落ちていった。
◇
「……ぅ……ん」
鳥のさえずりが聞こえる。
私はゆっくり目を開けた。宿の天井。夢……だった?
でも、頭の中は妙にクリアだった。混乱も迷いもない。代わりに、涙があふれてきた。
自分でも驚くほど静かに、泣いていた。
涙を拭っても、拭っても止まらない。
喉を震わせて、深呼吸をひとつ。
目を閉じながら、私は思った。
……そう、あれが――“滅びの予言”。
レオンが、禁書架で真実を知った。それが引き金。
そして、あの男――ザラド・ロメロ!
彼が、レオンを……!
燃える教会、押し寄せるネブラシス族……そして。
私は立ち上がった。拳をぎゅっと握りしめる。
――レオン、あなたには、そんな未来は歩ませない!
ぜったいに!
私は目元をこすり、涙をぬぐった。
もう、大丈夫。もう泣かない。
レオンを救うために。あの未来を、変えるために。
私がここにいる――この“月の瞳”と共に。
【Tips:月の瞳】
ごくまれにソラリス帝国に生まれる、蒼く輝く瞳。
未来を夢で視る“未来視”の力を持つが、その記録は封印されている。
髪は銀色、瞳は月色。
予言者エル・セフィアも、この瞳の持ち主だったという――。




